第五章 八月その16

「フリンとか、止めを差すとか兄貴達、物騒な会話してるな」


いつの間にか、隣に黒崎の妹達の二人が来ていた。


「してるなー」


中学生の妹さんと、一年生の妹さんがくりくりした瞳で見ている。


「聞いてたか。アッコはともかくユッコは覚えなくていいよ」


「なんで私はいいのさ」


「お前はみたいのを耳年増というのだ」


「友達みんなそういう話してるよ。誰と誰が付き合ってるとか。兄貴はすぐ子供扱いする」


「あつかいするー」


ユッコと呼ばれた一年生の妹さんがわざわざ復唱するのがとても可愛い。


「どこからどうみたって子供だろ。中学生で付き合ってる子とかいるのか?」


「いるよー。私だって告られたことくらいあるよ」


「告白されたのか」


「…好みじゃないなら断ったけど」


「最近の中学生は…」


黒崎が呆れる。


その心配している姿は、兄と言うか、保護者のようだった。


そんな話をしていると。


「…あの黒崎さん」


おずおずと声をかけてくる女の子。


いつぞやリューリと一緒に練習していた私立学園の中学生だった。


その後ろにはやはり一緒にいた男の子。


『このシチュエーションはひょっとして…』


「…あの」


顔を真っ赤にして必死に何かを伝えようとしている。


…他人事ながら、頑張れ、と応援したくなる。


後ろにいる男の子は…付き添いだろうか。


「私、私、黒崎さんのこと好きで…その、付き合って頂けませんか」


ずっとずっと考えていた言葉だったのだろう。


今日言おうと、決めていたのだろう。


その言葉を一気に言い終えた。


言い終わると、女の子はほぅ…と息を吐く。


彼女はどれだけ悩んだのだろう。


きっと“その日”を考えて、眠れない夜を過ごしたに違いない。


周りに人がいても、覚悟を決めて勇気を振り絞って。


僕には無い勇気に、僕は感動すら覚えた。


黒崎は?


女の子は気持ちを伝えた。


黒崎はどうなのだろう?


そこにいる全員が黒崎を見る。


ユッコちゃんは興味津々といった風で。


アッコちゃんは…とても、とても複雑な表情で。


「悪いけど。僕、年下に興味ないから。それに気になる子いるから。付き合えない」


きっぱり、はっきり断る。


女の子は一瞬戸惑い、少しして状況を理解したのだろう。


走り去ってしまった。


男の子が一人取り残される。


黒崎が走り去った女の子を指差す。


それを見て、男の子ははっとし、追いかけた。


ふぅっと僕も溜め息をついてしまう。


「兄貴、最低さいてー


アッコちゃんが黒崎に喰ってかかる。


「もっと女の子の気持ち考えなよ。振るのは仕方ないけど、もっと。あるでしょう?」


「変に期待させる方が残酷だよ」


黒崎は冷たく言い放つ。


「…知り合いなのか?あの子」


僕は名前も知らないが黒崎は二人とも知っているようだった。


「よく、知ってる子だよ。ジュニアで一緒だった。カーリングも上手で。将来はきっと有名な選手になる。僕とは違って」


黒崎は少し寂しそうに呟いた。


「大丈夫。すぐに忘れられる。近くに君を想っている存在にも気付く。また、走っていける」

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