第五章 八月その12

おそらく目の前にいるのが黒崎の妹なのだろう。


小学生一年生には見えないから、中学生の妹か。


ポニーテールで髪をまとめている。


精一杯胸を張って腰に手を当てている姿は、


なるほどいかにも、生意気そうだった。


「なんだアッコ来たのか」


「…おばあちゃんのお使い。ついでに様子見てこいって」


「バイトが長引いたんだ。ごめんな」


「ケータイに連絡したよ?」


「バイト中は持ち歩いてないんだよなぁ」


「急な事があったらどうするの!?反省しなさい」


「はい。反省するよ」


僕は完全に蚊帳の外で二人のやり取りを見ていた。


僕にも弟か妹がいたらこんなだろうか。


「あ、ごめん。わへい。妹の亜子あこ


黒崎の妹は紹介されるとポニーテールが前に垂れ下がるほど勢いよく、ぴょこん、とお辞儀をする。


「友達のわへい」


「よろしくです」


すでに誰も僕を本名で呼んでくれないが、僕は黙っていた。


「兄貴がお世話になっております」


「もう一人は祖母の家にいるんだ。それじゃ、帰るか」


「兄貴、あっせ臭い」


「悪い。着替えたんだけどな」


二人で並んで自転車で帰っていった。


二人のやり取りを見ていても黒崎がいかに面倒見が良いかが分かる。


本当に嫌われていたら、きっと口も聞いてもらえないだろう。


二人が去ると嵐が去った後のように静かになった。


僕は自宅に向かわず、学校に向かった。




部室には案の定先客がいた。


「何してるんですか。野山先輩」


「アルバイト上がり。君と同じ」


「お邪魔します」


「はいどーぞ」


野山先輩は黙々とタブレットPCをいじっている。


「久しぶりにやるか?」


「お願いします」


野山先輩と対戦をする。


「キャラデッキか?」


「先輩はガチ環境ですか」


「勝ち抜くためには致し方ない」


あっという間に敗北する。


「最近サボってるだろう?ログイン日数でわかるぞ」


「カーリングで忙しくて」


「本業を忘れてはいかんぞ」


「いや、僕カーリング部ですが」


しばらく画面をタップする音が響く。


「野山先輩は…リューリ…さんと中学校一緒だったんですか」


「同じだよ。同じ中学でカーリング部だった。黒崎も、な」


「リューリ…さんは高校から私立に進学したんですね」


「そう」


野山先輩は深いため息をついた。


「重症だ」


「ゲームでそこまで言いますか」


「いや、君がだよ」


キャスケットを被り直しながら先輩が呟く。


「だから最初に関わるなって言ったんだ」

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