第五章 八月その11

自転車置き場に行くと、いつも通りにハクセキレイの“親方”がいた。


「たまに猫も出るから気をつけるんだよ?親方」


すると親方はこちらを見て尾羽をぴょこぴょこ上下させる。


そして胸を反らせ上目遣いでこちらを見る。


まるで、お前の心配など必要ない。とでも言うように。


「悪かったよ。親方。今日も警備頼むね」


親方はさらに胸を反らせる。


お前に言われるまでもないわ。


そんな声が聞こえそうだ。


「行ってくるよ」


親方は尾羽をぴょこぴょこさせてととととと、と歩いてついてくる。


いや、先導をする。


「大丈夫。落ち込んだりはしないよ?」


僕は親方を抜いて思い切り加速する。




そして今日も僕は土と汗にまみれてアルバイトをする。


朝はまだ良いのだが、昼はさすがに暑い。


そんな時は木陰で少し休憩する。


すると、不思議と山の稜線から冷たい風が吹き下ろしてくる。


すーっと上昇していた体温が下がるのを感じる。




夕方になるとヒグラシが涼しげな音で合唱を始めた。


蝉なんて東京にいるときはうるさいだけの存在だったが、こちらでは不思議と懐かしい気持ちを思い出させてくれた。


「湖に咲いているあの花の名前なーんだ」


「スイレン」


「お、成長したな」


いつの間にか黒崎が隣に来ていた。


湖にはボートが出ていて船頭さんが船を漕いでいた。


「ボートなんてでるんだな」


「この時期は出てるらしい。涼しそうだな」


「二人ともちょっと手伝いいいかな?」


ガーデナーさんから声が掛かる。


「三十分くらい残業出来る?力仕事頼みたいんだ」


「僕は大丈夫ですよ」


「…僕は妹の迎えがあるんですが…三十分なら」


二人とも引き受けることにする。


「悪いね!バイト代は当然出るから」




いつもより結局三十分以上遅くなってタイムカードを切る。


「そういえば夏休みは妹さんどうしてるんだ?」


「僕がバイトの時は児童館行ったり、祖母の家に行ったりかな。今日は祖母の家に朝送ってきた」


「そういえば黒崎の妹さんて何年生だ?」


「小学校五年生と一年。生意気だぞ。五年生になると。そして反抗期で大変だ」


「…なんだかお前が親御さんみたいだな」


二人して着替えを終えて庭園を出る。


「兄貴、遅い」


そこには自転車を押した女の子。


「生意気で悪かったわね」


『あっ…察し』


僕は心の中で呟いた。

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