第五章 八月その9 ※R-15要素あり。※この回に限り少しですがR-15要素があります。 そういった表現に嫌悪感がある方は読み飛ばして下さい。

抽選会が終わり、各々が帰宅する。


帰りは買い物をするから、のような理由をつけて僕は一人で帰宅した。


時間が経てば経つほどリューリの顔は見られなくなっていた。


その日はいつも通りに就寝した、と思う。


練習した疲れもあり、意外にも寝付きはよかった。


ただ、明け方、浅い眠りを繰り返し。


少し覚醒しているときに同じことを考えては、同じ結論に至るという嫌なサイクルが続いた。




怒る、落ち込む、気が滅入る…嫉妬する。


そういった負の感情は時として人を魅力する。


人は辛いことは続けられない。


続けられるのはそこに何らかの快楽を感じてしまうから。


一度剣道というスポーツに挫折した時に僕はその事を知った。


僕は今、落ち込み、悲劇に浸りたいだけなのだ。


暗い感情の奥底に自分を沈めたくなる。


『止めるんだ。考えても、良いことは、ない』


自分に言い聞かせて違うことを考える。


そして浅く眠る。




案の定、僕は夢を見た。


夢の中でも、夢だと僕には分かっていた。




二匹の軟体動物が絡みあっている。


それが人の形を成すまでそれほど時間は掛からなかった。


白い裸体のリューリ。


浅黒い肌のリョージさん。


僕はそれを遠くとも、近くともわからない距離で眺めていた。


リューリの身体の形がひどく現実的なのは、マッサージで彼女の身体を触っていたせいだろうか。


彼女の身体は“そういう本やDVD”で見る女性特有の丸さより、しなやかな筋肉のある、美しい身体だった。


僕に背中を向けているせいか、うなじから背中、お尻から太ももに至る筋肉が特に美しく、目立った。


二人は時に恋人特有の距離で見つめあい、囁きあい、笑いあい、愛しあっていた。


ふと、彼女がこちらに気付く。


それまでの上気した、媚びた表情が、困惑に変わる。


気付いて欲しいと、僕が願ったのだろうか。


困惑して欲しいと、願ったのだろうか。


それでも二人の行為は続いている。


それを見ている内に僕自身、血の充血を感じる。


くらい劣情が、ふつふつと沸き上がる。


リューリが、リョージさんから離れ、裸体のまま僕に向かってくる。


暗い背景に、彼女の白い肌は際立って美しく、明るく浮かび上がっていた。


濡れた唇が粘着質のある音を立てながら開き、言葉を紡ぐ。


「分かっていたでしょう?女になるってこういうことだわ」


「…」


「あなたは、遅すぎた」


「…遅すぎた…何が?」


「…自分の気持ちに気付くのが」


「僕の気持ち?気付いているさ。僕はただのお節介。チームメイトの恋愛にとやかく言うお節介野郎」


「違うわ」


ぴしゃりと言い放つリューリ。


「あなたのその感情は、嫉妬よ」




そこで僕は目を覚ます。


生々しい夢からようやく解放される。


「嫉妬…か」


夢の中でリューリが言ったことを呟く。


まったく、人間という生き物は生きている間にどれだけの後悔を積み重ねるのだろう。

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