第五章 八月その5

とんっとんっとんっ。


軽やかに階段を駆け上がる音が聞こえてくる。


『…本当に行ったのか!?』


慌てて僕も追いかける。


二階に上がるとすでに僕の部屋の扉は開いていた。


彼女は鍵を持って行ったが出かける際に自分の部屋の鍵など掛けていくわけもなく。


僕の部屋の扉はあっさり突破されてしまったのだった。


部屋に入るとリューリは僕の部屋をしげしげと見回していた。


「鍵、かかってなかったわ。部屋入っていいかしら?」


「…もう入ってるじゃないか。鍵は…誰かが来るっていう前提をしていないからね」


僕の部屋は引っ越してから半年近く経つがまだ、段ボールに入ったままの荷物も多い。


それに誰かを、例えば友人を招くということも考えていないため、ひどく殺風景だった。


「二段ベッドなのね」


「…下は荷物置きになってるけどね」


この部屋は二人部屋で、作り付けの二段ベッドがあった。


僕が普段寝ているのは上のベッドだった。


「上のベッド登っていいかしら?」


案の定、ベッド横の梯子を登りながらリューリが言う。


「もう登ってるじゃないか…って突っ込んだほうがいいのかな」


登ってベッドから足を出してぷらぷらさせている。


「男の子の匂いがするわ」


ひやり。


「汗の匂い…かな。嫌いじゃないけど」


「今度からは女の子が部屋にいつ入っても良いように、消臭しておくよ」


「あら、私以外の女の子が来る予定あるのかしら」


彼女特有の凄絶に意地の悪い笑顔。


「予定は未定」


「それはハナかしら?」


「…なんで野山先輩?」


「…あなた達仲がいいから。羨ましいわ」


「うん、まぁ悪くはないかな?」


「彼女とはどういう関係?もしかして…付き合ってる?」


「…前にも言ったけど、ゲーム仲間」


僕は以前に野山先輩が答えたのと同じ返事をする。


「…ハナには黒崎クンがいるかしら?」


「黒崎を知ってるの?」


「私もハナも、黒崎クンも。同じ中学校。聞いてないの?」


「全く聞いてない。リューリって何年生…?」


ふぅっと、ため息をつく、リューリ。


「高等部の二年生。ハナと同い年。あなたより年上だわ」


「…」


「でも今さら敬語とか止めてよね。呼び捨ては私からの希望だし」


「わかった。そういえば…ほとんど君のこと、知らない」


「前に色々話そうとしたけど。あなた、全く聞こうとしなかったわ」


言いながら、またしても彼女は凄絶に意地悪な顔で微笑んだ。

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