第五章 八月その4

「前に…」


「うん?」


「前に所帯染みてるって言ったこと、悪かったわ」


「まぁ見ての通り実際所帯染みてるから」


食事を食べ終えカフェオレを飲みながらリューリが言う。


「…美味しい」


「…コーヒー牛乳と言えばそれまでだけど」


「私が気に入ったの。ケチつけないでくれる?」


「深煎りを気に入ってくれて、良かった。そのままだと苦くて。僕は牛乳入れないと飲めないんだ」


「私も、そうね。…彼はよくブラックで飲んでるわ」


言ってちらりと僕を見る。


…僕の反応を見てるんだろうか。


「父さんもよくブラックで飲んでるね。時間が経てば僕もそうなるのかな」


リューリのトレーを下げ、そのままシンクで洗い物を始める。


蛇口から出る水が冷たくて気持ちいい。


「私も手伝おうかしら?」


「いや、お客さんは座っていてよ」


抽選会は十九時から。まだ一時間ほど時間があった。


「これは、何の水槽?」


「ああ、それね」


リューリがカウンターの隅にある水槽に気付く。


そこには熱帯魚など…は泳いでいない。


「…何、コレ?」


海鼠なまこ


「…なまこ?」


「そ。なまこ」


「…食用?」


「まさか。観賞用さ」


「動くのコレ?」


「たまに。もぞもぞと」


リューリは水槽の底に沈んでいる二匹のなまこをしげしげと見つめる。


「結構…かわいいのね」


「わかってくれて嬉しい。なまこも君みたいな美人に好かれてさぞ嬉しいだろう」


かちゃかちゃと食器を洗う音が響く。


「受付に鍵があるのね」


「ペンションの名残だね」


「あなたの部屋の鍵は?何号室」


「202号室…って何言わす」


「鍵借りるわね」


リューリは止める間もなく鍵を受付から出すと二階に上がってしまった。

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