第四章 七月その8

僕とリューリは受付にシートの空きを確認し、そのままシートを押さえた。


幸いまだシートは空いており僕らはすんなりと練習に入ることが出来た。


隣のシートでは黒崎と野山先輩が練習していた。


「わへいもまた練習かい?」


黒崎が尋ねてくる。


「そう。姫様ともう一回したくて、ね」


「言い方が卑猥だぞ」


すかさず野山先輩が突っ込む。


「わへいが私としたいと言うから仕方ないわね」


「…もうお前達に突っ込むの疲れたのだが」


終いには呆れられてしまった。


「で、わへいはどうしてくれるの?」


「僕がハウスにいるからとりあえず何投かデリバリーしてくれないかな?」


「いいわよ」


僕は反対側のハウスに立ち、リューリにデリバリーをしてもらう。


通常、カーリングではストーンをリリースする際に回転をかける。


回転カールさせるからカーリング、というのだ。とは野山先輩の言葉だ。


右利きであれば時計回インターン反時計回アウトターンという具合。


時計回インターンでは十時方向に持ったままハックを蹴り、リリースする瞬間は十二時で離す。これでストーンは時計回りに回転をしていく。


反時計回アウトターンなら二時方向から十二時で離す、という具合だ。


リューリに時計回インターン反時計回アウトターンを投げ分けてもらう。


そして一つ、彼女の癖を発見する。


反時計回アウトターンでリリースする際に僕が指示したブラシの位置より内側ナローになることが多い。


「君、利き目は左目?」


「どうかしら?意識したことはないけど…言われてみればそうかもしれないわ。それが?」


反時計回アウトターンで首を傾げてるんだ。ブラシを利き目で見ようとしてるからだと、思う」


「…」


リューリは驚いたように僕を見ている。


「だから視線がずれて…内側ナロー気味になる…んだと思う。ただ、それを矯正していいか、僕には分からない」


「驚いたわ。正解だわ」


リューリが剣を構える王様のようにブラシを両手で持ち、仁王立ちする。


これも彼女の癖だろう。


「利き目かどうかは分からないけど。首を傾げる癖は言われるの。ただし、見る人が見れば分かるレベル。気付いたのは凄いけど目新しさはないのが残念だわ」


『…先に言われていたか。当然といえば当然。僕みたいな素人でも分かるくらいだものな』


「あ、でもコーチに言われただけよ?チームメイトでは初めてだわ」


リューリが気を遣ってくれていることは分かった。


「疲れてくるとでちゃうのよね。楽をして投げるなってコーチに言われるわ」


「実はリューリって体力というか、持久力足りてない?」


「…それも正解。試合後半に疲れてフォームが崩れる傾向にあるわね」


「今日はもう止めるかい?」


「いいえ。もっと…」


リューリは照れもせずにきっぱり言い切った。


「もっとあなたに見てもらいたいわ」


僕は真っ直ぐに言われて照れたのだった。

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