第四章 七月その4

「今日は練習だって聞いてたから。カーリング見たことなかったし、来させてもらったよ」


リョージと呼ばれた男性はリューリに近付く。


気のせいではなく、二人の距離は近い。


以前に庭園で見掛けたときは、男性は注視していなかったから、ほとんど印象に残っていなかった。


リューリと親しくしている“彼”なのだろう。


その左手の薬指には指輪が見える。


「練習はどれくらいで終わるのかな?その後は空いてる?」


彼に誘われてリューリがちらりと僕を見る。


「先に行ってるよ」


僕はなんだか居づらさを感じて席を立つ。


「練習の後は…ダメだわ。色々ミーティングしたいのよ。彼と」


二人で僕を見る。


「チームメイトなの」


「…チームメイトです」


ぺこりと頭を下げる僕。


…名乗る必要は…ないよな?


「僕、今日はうどんを茹でなきゃいけないんだ。父さんの食欲落ちてきてるから冷たいうどんをね。それに朝、洗濯出来なかったから洗濯しなきゃ。リューリ“さん”は彼と好きにするといいですよ」


言いながら二人の脇を過ぎ、階段を降りて受付でお金を支払いカーリングホールに向かう。


遅れてリューリもカーリングホールに来る。


「何むくれてるのよ?」


「文句ならあの自動販売機に言って欲しい。この三ヶ月来る度に買っていても僕には一度も当たりなんて出さなかった。なのにあの“彼”には当たったんだ。不公平と思わないか?」


「…なんだ。そんなことでむくれてるの?ばかみたい」


「そう、そんなこと。おうし座生まれの僕は、そんなことでも頭に血がのぼってしまうんだ。モォ~ってね」


指で頭の上につのを作って見せる。


リューリは肩をすくめて準備運動に入る。


“ばかみたい”と思われたに違いない。


「おうどん茹でるのにそんなに、時間かからないでしょう?彼、途中で帰るっていうから練習の後ミーティング付き合いなさいな」


「洗濯もある…」


「おうどん茹でてる間に出来るわ。前にも言ったけどカーリングは協調性のスポーツなのよ?一緒に過ごす時間は必要だわ」


「…チームメイトとしてね」


僕は、僕自身に説明のつかない感情を抱きながらアイスを滑るのだった。

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