第四章 七月その3

土曜日。


午後3時まで庭園でアルバイトをした僕は黒崎と別れた後にカーリング場へと向かう。


その日はリューリとミックスダブルスの練習をすることになっていた。


少し早めに着いた僕は2階のラウンジに向かう。


そこで自動販売機でお気に入りのトマトジュースを購入する。


この自動販売機は今どき“当たり”付きなのだが結果が出るのが遅い。


つまり念のため当たったか外れたか少し待たなければならなかった。


『当たり付き(当たるとは言ってない)』


というのは野山先輩の言葉だ。


隣で人の気配。


「へぇ、この時期にまだお汁粉が売ってるのか。さすが軽井沢だな」


三十代くらいだろうか。


中年と呼んだら失礼だろうけど僕から見たらやはり中年の男性。


彼が購入しようとしているのは…。


「あ、それcoldですよ?」


言ったが遅かった。


「え!?」


ガッチャン。


果たして初見殺しの冷えきった“あたたかーいお汁粉”が出てくる。


介護施設でもそうだが、これは罠にしか思えない。


「あちゃー本当だ。冷たいお汁粉ってとんだ罠だね」


あははは、と浅黒い顔で笑う。


「あ、当たりましたよ?」


彼が購入した後、デジタル表示の数字が揃っていた。


「お、これはラッキー。今度は無難にコーヒーだな」


言いながらブラックコーヒーを買う。


なんでそもそも甘いお汁粉を選んだのだろう。


「これは、君にあげよう。温めて飲んでくれ」


いらない、と言う暇もなく冷たいお汁粉を押し付けられる。


僕はカーリングホールが見下ろせる席でトマトジュースを飲み始める。


すると先程の男性が隣に座りコーヒーを飲み始めた。


「君はカーリングやる人?」


「ええ、一応」


「僕からは初めてでね。あの円の中で真ん中が一番得点高いの?」


「いえ、違います。中心でも一点は一点です」


「はぁなるほどねぇ…」


言いながら首から下げた一眼レフカメラのシャッターを押す。


「カーリングは分からないけど、皆、投げる姿が綺麗だね」


「そう思います。上手な人はフォームも綺麗ですね」


「知り合いの子がやってるんだが恥ずかしながら見たことなくてね」


「そうですか」


言いながら、僕は背中に何か嫌な汗をかく。


どこかで見た気がするという思いと、様々な閃き。


「あら、リョージさん、来てたの?」


そこにリューリが現れたことで、僕は今の状況を理解した。

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