第四章 七月その2
ミックスダブルスの練習が終わるとその日はそのまま解散となった。
当然、僕も当然帰ろうとする。
その前に立ち塞がるリューリ。
「ミーティングするわ」
二階のラウンジを顎で指す。
「帰って諸々やらなきゃいけないんだけどな」
「時間は取らせないわ」
「野山先輩をお送りするという使命もあるんだが?」
「そっちの
リューリの視線の先には野山先輩と黒崎。
二人はミックスダブルスで同じチームだった。
「そういうことでしたら慎んでお受け致します。姫様」
野山先輩に向かって、敬々しくお辞儀してみせる黒崎。
「サル、草履を持てぃ」
それに対して何故か織田信長風に答える野山先輩。
…そこはお姫様風に受けるところでは?と心の中で突っ込む。
「わへいを借りるわね」
「私の所有物じゃないけどね(`ω´)」
…本人の意思を確認して欲しいものだ。
野山先輩はキャスケットを深々と被り、黒崎とカーリングホールを後にした。
野山先輩と黒崎を見送り、僕達は二階のラウンジへと向かう。
そこには僕達と同じように、練習上がりの高校生達がいた。
時間は夜七時半を過ぎているが外はだいぶ明るくなってきており、練習後の息抜きをしているのだろう。
皆、軽食を取ったりゲームしたり、中には勉強をしている者もいる。
今まで気付かなかったが…男女のペアが何組かいる。
付き合っているカップルだろうか。
羨ましいことに、そういう二人は雰囲気で分かる。
リューリが通りかかると男子達がちらちらと見ている。
改めて、見た目は良いんだなと思う。
…見た目は。
「今日は痴話喧嘩する気はないぞ」
「私だってないわ」
「それじゃあいつもの憎まれ口?」
「なんでいつもそうなるのよ?」
「じゃあ僕と君で何を話すというのだ」
「痴話喧嘩と憎まれ口以外のことよ。ミックスダブルスの練習について。聞きたいでしょう?」
「…それなら確かに。また厄介な話をされるかと思ったよ」
「“彼”のこと?」
ぴくっと反応してしまう、僕。
リューリが目を細くして上目遣いで僕を見る。
僕に負い目はないはずなのに、僕から目を逸らしてしまう。
「時間がないのは本当なんだ。その…今日は魚を焼かなくちゃならない」
「?」
リューリの頭の上にクエスチョンマークが見えたので簡単に説明する。
「夕飯の仕度があるってこと」
リューリが口の形だけで“あら”と呟く。
そして僕からはそれ以上事情を話す気はなく、彼女からも聞いては来なかった。
「なら手短に。練習を追加しない?今の週一のペースでは厳しいわ」
敢えて“僕の実力”とは言わないが、僕とリューリの実力差は僕が一番分かっていた。
大会が始まるのは八月下旬。
このペースではあと数回しか二人で練習する機会がない。
「何曜日なら空いてる?」
「僕は土曜日と日曜日バイト入れてるから…土曜日の夕方なら」
「いいわ。なら土曜日夕方で。連絡先教えて?」
「いいの?」
「何がよ?」
「いや、ほら…彼氏いる女の子の連絡先聞くのって悪い気がする」
「“彼”に気を遣ってるの?ばかね。あなたはカーリングのチームメイト。何も気にすることないわ」
「そうか。そうだな」
お互い連絡先を交換する。
「不思議ね。あなたと連絡先交換するなんて、思ってもみなかった」
「僕も。こんなに長い時間ケンカしないで話せるとは、思ってもみなかったよ」
「なによそれ?皮肉?」
「事実。…さて」
僕は席を立つ。
「…今日は魚を焼いて味噌汁を作らないと」
「味噌汁が追加になったのね。良いと思うわ」
手をひらひらさせてラウンジを立ち去る。
『僕はカーリングのチームメイト。気にすることは、ないさ』
彼女が言った言葉を頭の中で繰り返しながら。
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