第三章 六月その9

彼女の言う自己紹介が終わった後。


「一度、ゆっくりわへいと話がしてみたかったの」


リューリは言った。


「…僕と?なぜ?」


「同年代の男友達がいないのよ、私」


つまり僕と話したいわけではなく、僕は同年代の代表としてたまたまいただけ、という訳だ。


「皆、君とは話したがるんじゃないか?困った顔をしてれば皆から聞いてくるだろ?」


「…話しかけてはくるけど…子供に見えてしまうわ」


「…そういう捉え方。君も子供ってことだと思うよ。きっと本当に大人なら相手を子供と認めて接してくれる」


「…」


リューリは一瞬黙り、くすくす笑い出す。


「そう、それ。あなた私に気兼ねなさすぎるわ。周りの男の子は距離がありすぎる…近付かれても困るけどね」


確かにそれは分かる気がする。


彼女は近寄り難い雰囲気がある。


そしてまた沈黙。


憎まれ口ならぽんぽん出てくるのだが、彼女と普通に話すというのは予想以上に難しかった。


「…何か聞きたいことはないの?少しは私に興味ないわけ?」


「いや、特に」


「…本当にドライね。普通皆聞きたがるわ。私の、その容姿のこととか。名前のこととか。あなたは“彼”についても知っている。聞きたくはないの?」


「アルバイト中にお客様が誰と一緒でも関係ないさ。あの時は君はただのお客様だった」


リューリは呆れた顔をして、でも次には挑戦的に上目遣いで睨んできた。


その目力に僕は気圧される。


…ぞっとするほどに、綺麗だった。


「なら今度はきちんと教えてあげるわ。あの人は…」


「ストップ!別に僕は聞きたくない」


「私が話したいのよ」


「僕を巻き込むなよ。厄介な話だろ?」


「私があなたを巻き込みたいの。あなたは私に何でも言えるわ」


「買い被りすぎだ。例え聞いたところで僕には何も言えない。恋愛ごとなんか分かるもんか」


「でもあなたは、あの人と同じ男だわ。同じ男なら何をしたら喜ぶか分かるでしょ?教えてよ」


「君が側にいれば大抵の男は喜ぶよ。後は本人か経験豊富な女友達にでも聞いてくれ」


リューリが目力をふっと弱める。


聞いてしまったら、きっと今後もいろいろと面倒な話を聞くことになる。


僕は、庭園でリューリと歩いていた男性について思い出す。


しっかりとは見ていないが、だいぶ歳上で、自律した大人に見えた。


同時にその雰囲気からとても独り身とは思えなかった。


最悪、恐らく結婚はしていると思えた。


ならその先は…考えたくはない。


彼女はもっと光のある場所にいるべきだった。

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