第三章 六月その8

10分ほど待ったが、中々リューリさんは現れない。


トマトジュースだけで10分以上持たせるのはさすがに無理と思い、そろそろ帰ろうか、と考える。


ひょっとして僕に対する嫌がらせではなかろうか。


そんな考えが頭をよぎった頃、リューリさんが姿を見せた。


途端に席を立ち、その場を立ち去ろうとする、僕。


「待たせたのは悪かったわ。だから座りなさいよ」


「…トマトジュース一缶ぶん遅いよ」


「なによそれ?」


以前に読んだハードボイルド小説風に返してみたが、通じなかったようだ。


「手の込んだ嫌がらせかと思ったよ」


「身に覚えがあるから、そんなひねくれた考えになるんだわ」


そこまで言って彼女はぶんぶんと頭を振る。


「違うのよ。今日はケンカしたいわけではないの。話がしたかっただけなの。なんであなたと話すと、いつもこうなるの?」


「それは君がいつも変な事を言い出すから…」


「いつも突っ掛かってくるのはあなただわ」


「今日もいつも通りケンカする?」


彼女は、はっとしてまた頭をぶんぶんと振る。


少しからかうとすぐに乗ってくる。


…面白い。


「落ち着きましょう」


「…お互いに、ね」


「…私も何か買ってくるわ」


「ここの自動販売機はcoldで売ってる“あたたかーい甘酒”がお勧めだよ」


「なら奢ってあげるから飲んでみなさいよ」


そして彼女は本当に自分用の紅茶と、冷えきった“あたたかーい甘酒”を買ってきたのだった。


「はい。お勧めの品。もちろん感想は聞かせ欲しいわ」


「…」


僕は自棄になって甘酒を一気に飲み干す。


「…感想は?」


「…う…美味い?」


「私に聞かれても困るわ」


しばしの沈黙。


「それで、今日の会談の目的は?」


「まずは自己紹介ね」


「リューリさん…でしょ?」


「…今さら“さん”付けも気持ち悪いわ」


「それじゃあ…リューリちゃん」


「もっと嫌」


「リューリ先輩…?」


「あなたの先輩になった覚えはないわ」


「リューリ…」


「…仕方ないわね」


…どうやら呼び捨てにする栄誉を与えられたらしい。


機屋ハタヤリューリ。覚えてね」


森島和平もりしまかずひら。覚えなくてもいい…」


「皆からは、わへいと呼ばれていたわ」


「あれはあだ名…」


「これからはわへいと呼ぶわ」


彼女は一方的に言い放ったのだった。

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