第三章 六月その5

ベンチに座った、彼女。


その側で作業をする、僕。


僕は文字通り土にまみれ汗もかいていた。


僕は気まずくなって、黙々と作業に打ち込む。


『見られている…だと?』


気にしすぎだろうか。


見られている気がする。


意を決して、彼女の方を見る。


今度はしっかりと目が合う。


僕はしゃがんでいるので彼女が見下ろす形となる。


面白い生き物を見つけたときの子供っぽい目。


興味津々といった感じだった。


彼女はカシミヤのようなハイネックの白いワンピース、組んでいるすらりとした足は黒いタイツで覆われていた。


「やっとこっち向いてくれたわ」


「…僕は仕事アルバイトをしているだけ。君はお客様。そういうことで」


「ちょっと待ちなさいよ」


立ち去ろうとする僕をリューリさんが引き留める。


「本当にドライだわ。あなた」


「ドライで結構。ついでに天気も僕みたいにドライになれば洗濯物も乾くさ」


「そういうの、所帯じみてるというのよ」


「実際所帯じみてるからね。世間知らずよりマシさ」


「本当に変わってるわ。あなた」


「君も、ね」


「聞かないの?あの人のコト」


「他人の事には深く関わらないようにしてる。僕から見たら仲の良い親子だねって、それで自分を納得させるだけ」


「写真家なのよ、彼。もちろんパパじゃないわよ。私の写真も撮ってくれるわ」


「君は写真映りも良いだろうからね」


「ありがと。お世辞は言えるのね」


「お世辞じゃ、ないけどね」


「彼、植物のことなんか何も知らないの。ねぇあの花はなんという花?」


リューリさんが指差した所にはクリスマスローズが咲いていた。


「あれはクリスマスローズだよ」


僕がそう言うと彼女は小首を傾げる。


「クリスマスローズが六月に咲くわけないでしょ?ばかね」


からかわれたと思ったのだろう。すっとベンチを立つと“写真家の彼”の元へ歩いて行ってしまった。


僕は訂正することも出来ずに佇んだ。

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