第三章 六月その4
六月の日曜日。
朝からどんよりとした空模様だった。
とにかく洗濯物は乾かない。
そもそも外に干せず部屋干しになるのだが。
洗剤やら柔軟剤に消臭の物を使い騙し騙し干していた。
洗濯物を干し終わり、いつものように朝ごはんを整えると
「行ってくるよ」
2階にいる父に向かって叫び家を出る。
外は霧が出ていた。
東京のように蒸し暑くはないが、梅雨冷えという言葉を僕は初めて知った。
時にはこの時期でも一桁まで気温が下がる。
なかなかこたつは片付けられなかった。
マウンテンバイクで霧の中を20分程走り、目的地に到着する。
「今日もじめじめだな」
黒崎が先に到着していた。
僕は五月の末から黒崎とともにアルバイトを始めていた。
そこは別荘地の中にある、湖に浮かぶ庭園。
様々な宿根草…(僕からみたらみんなただの草花だが)や薔薇が咲くのだと言う。
そして、軽井沢では六月末から七月にかけて薔薇が咲くのだと、黒崎が教えてくれた。
庭園の施設長に挨拶をして、着替えをしてから庭園に入る。
僕らの仕事は主に肥料や土、ウッドチップを運んだり、細かな草むしりをしたりと力仕事や地道な作業が多い。
地道な作業なのだが、僕はこの土にまみれて働くことが意外にも好きだということに気付いた。
…たまに蛇やらスズメバチやらが出てくるのには閉口したが。
「母なる大地の~懐に~♪」
自然と“大地讃頌”を口ずさんでしまう。
僕はアルトのパートしか歌えないが。
「大地ぃ↑~を愛せよーっと♪」
口ずさんでいたがそろそろお客様が入ってくる時間。
僕は黙々と作業することにする。
予想通り何組かお客様が入ってくる。
霧のもやの中を見覚えのある人が歩いて来る。
黒く長い髪。印象的な吊り上がった目尻。
リューリさんだった。
…だったのだが、横に男性がいる。
腕を組んでいるように、見えた。
じろじろ見るわけにも行かず、僕は作業に戻る。
一瞬、ほんの一瞬リューリさんと目が合う。
リューリさんがはっとした表情をした。
恐らくは、僕も。
男性の年齢は僕らと同じには見えなかった。
だいぶ年上に見えた。
父親だろう、と勝手に僕は思うことにする。
仲の良い親子なら腕を組んでもおかしくはない。
それで解決。僕はアルバイトでリューリさんの父親に会った。
それだけのことだ。
だが…。
普段のリューリさんからは想像も出来ないような、甘ったるい声が聞こえる。
これが父親なら彼女は間違いなく相当なファザーコンプレックスだろう。
男性はリューリさんの写真を撮ったり植物の写真を撮ったりしている。
『…早く行ってくれ…』
僕は心からそう願う。
「足が痛くなっちゃった。私はベンチで休んでるから、リョージさんは薔薇の写真撮ってきたら?」
「大丈夫かい?」
「これくらい平気だわ。少しこの幻想的な景色も見ていたいし」
「それじゃお言葉に甘えて」
男性は薔薇が咲いている敷地へと向かう。
そして僕の側のベンチに彼女が腰を下ろした。
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