好きになった人はゾンビだった件

三上 真一

第1話 彼氏はゾンビだった

「警察官さん、赤いセーターを着たゾンビ、知りませんか?」

汚くて制服もぼろぼろ、スカートも色褪せて全体が黒ずんでいる女子高生がひとり、青村の前にそういって現れた。

「なに?赤いゾンビ?」

青村は、目の前に現れた女子高生が何を言っているか、いきなりでわからなかったので、聞き返した。

「そうです。赤いセーター」

女子高生は言葉を省略した。

「で、なんでそんなこと知ってる?」

青村は、警官らしく、落ち着いて女子高生に問いかけた。

「何が?」

「この地区にゾンビが発生していることだよ!」

「ああ・・別にいいじゃん。知ってるんだから」

「・・・・・・・・」

よくわからない強気で、青村は女子高生に来られたので、それ以上何も言えなくなっていた。

「で、名前は?」

「ああ・・赤いヨニクロのセーターで、商品名まではよくわかんないけど・・」

「ちげぇよ!」

青村はつっこんだ。

「あんたの名前は?」

「えっ?」

JKは、一歩、青村から下がっていた。

「身元を知りたいんでね。」

「ちょ・・ナンパですか?この状況で・・・」

「違うって言ってるだろ!俺は警官だっつーの!」

JKは警官の言っていることは信用できなかった。

「証拠は?」

「ホラ、警察手帳」

ポケットから手帳を取り出して、青村はみせた。

「ああ・・・ホンモノ?よくできてますね?」

「最近は、ロンキ・ホーテで偽物が出回ってる・・って違う!ホンモノ!」

青村は、自分が漫才のボケ役に徹しているのが、とてもイヤだった。

「冬香ですけど?・・そんなことより、赤いセーター着たゾンビ見ませんでしたか?」

自分を冬香と名乗ったJKは、話を元に戻した。

「・・・見てないけど、どうして探しているんだ?」

さりげなく、JKの名前を聞き出した青村は少し口元を緩めた。

「いいから」

どうやらこれ以上、冬香は話したくないらしい。

「冬香、ダメだよ。ここら辺一体は封鎖だ。警察が封鎖手続きしているから、これ以上は探せないな」

「なんで?」

タメ口を聞いても、青村はおこらなかった。

「人間がゾンビに襲われている。ゾンビに噛まれてゾンビ化している人間もいるらしい。そんな状況を警察が見過ごせるかよ?」

「どうしても見つけたいの!」

どうしても譲らない冬香。どうしてそこまで赤いセーターのゾンビに固執しているのか、青村はちょっと気になった。

「まだ・・封鎖が始まったばかりだから・・・封鎖が完了するまでなら・・・何とか誤魔化せないことも・・ないな」

曖昧にかつ抽象的に、法の抜け穴を示唆することもない警官の青村は、ちょっと冬香と距離を詰めたいという願望がないわけではなかった。

「マジで!?」

冬香は、ぱっと顔が明るくなった。

「マジマジ。でもすぐ戻らなきゃ」

どんな処分が下るかわからない。

「大丈夫。見つけたらすぐ帰る」

「本当だな?わかった」

青村は、携帯する無線で同僚の梶に封鎖状況を確認しながら、冬香と危険区域(エリア)に入っていった。

「あんた・・ついてくんの?」

冬香は、まだ青村に警戒を解いていなかった。

「当たり前。警官だぞ?斎藤さんだぞ?」

「!?」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「何・・・いまの?」

突然のギャクに気まずくなるふたり。

「忘れていい・・」

「忘れられるかよ」

さらに気まずくなる二人。こんなことで気まずくなる意味が、わからなかった。

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

長い沈黙がやけに続くのは、ふたりの歩いている音しか聞こえないからだ。

「・・・・・・・・」

青村は、沈黙の歩行の中で、このJKがゾンビから本当赤いセーターを取り戻したいだけなのかと思った。でも、その疑問を口にし、JKの機嫌が悪くなって逃げられたら、それこそ警察官としても男としても大失敗になる。

「バイオって知ってる?」

二人の間に流れるわけのわからない気まずい沈黙を打ち消すように、青村が話す。

「ゲームっしょ?」

「そうそう。やったことある?」

「5くらいかな。他は知らない」

「俺は、1、2、3コンプ。5は飽き始めてたころでさ」

「そうなんだ。1からやったことない」

「面白いよ・・」

「・・・・そう・・・なんだ・・」

「ははっ・・ってまあ・・ゲームがリアルに現実で起こってるんだけどさ・・」

青村は、気まずい雰囲気をかき消すために振った自分が何を言っているのか、よくわからなくなっていた。

「なんか、確か最新作だと、ゾンビになった人間を元に戻せるらしいぜ?」

「なんで?無理っしょ?」

冬香は、青村に『こいつ何言ってんの?』といった顔を向けた。

「病院でウィルスを注射したり・・俺もよく知らないけど、登場人物がそうなるらしいぜ?」

「ふーん」

冬香は、そんなにゲームはやらないタイプのようだった。つまんなそうに、青村の話に適当に相槌をうっている。

「・・・ここからは、危険区域だ」

青村が突然、冬香の動きを制す。二度と戻れないデッドラインまで、ふたりはいつのまにかたどり着いた。

「本当に行くのか・・・?って・・・おい!」

青村が最後の確認をする前に、立ち入り禁止の黄色のテープをひょいと自分の足で乗り越えた冬香。慎重な大人をすぐに追い抜いていく理屈も何にもない子供。しがらみの鎖など彼女には関係がなかった。彼女の目的は、ブレなかった。

「行くよ?」

冬香は、何か?といったドヤ顔で、青村を見た。法律や規則を今までヒョイと破ってきたような顔で。

「・・・ああ・・」

先にマウントをとられちょっとくやしい青村は、自分が公務員として今、とんでもないことをしていると自覚しながら、引き返せない一線を、今、冬香と越えた。

「わからないんだぞ?ゾンビに噛まれて感染するかもしれないんだぞ?」

「いいもん。JKゾンビ、やばくない?」

彼女を止めるすべは、もうないのに、無駄な説得をし続ける青村。赤いセーターのゾンビがなんなんだ?青村は深まる謎を、自分の目で確かめたくてしょうがなかったのだ。

「ったくよ」

文句や愚痴を言いたい口を塞いで、携帯している銃の弾の数を確認する青村は、六発入っているのを改めて確認していた。

「あっ、いたわ」

「へっ?」

あっさり見つかるのは、物語的にどうかと思った。でも時代は働き方改革なのだ。なんでも時短なのだ。

「ちょ、待てよ!」

青村は、某男性アイドルの真似をしたかったわけではない。でも、冬香が急にかけだしたのだ。時をかけるよりも早く、藍よりも青く。

ダダダダダッ!

ゾンビは、確かに赤いセーターを羽織りながら、ゆっくり右前方を歩いていた。でも、動きは遅い。あんなJKの足でも余裕で追いつけるほど、子供のように遅い。

「・・・・・・・」

まっすぐゾンビを射程圏内に納める冬香。青村は、そんなゾンビにまっすぐに向かう冬香を追いかけ、そして足をおもむろに止めた。

「・・・・・・」

別に冬香に追いつく必要はない。青村の意識が、急に冷静に冷え切っていた。そして自分の今、やるべきことを、すぐに判断した。

「・・・ゾンビを・・・倒すんだ・・・」

腰につけていた拳銃の安全テープをはがし、そして安全装置をマニュアル通りに解除する。手順は間違えていない。そして弾を確認したことをさっき確認し、ゆっくりと拳銃を目の照準の高さまで持って行く。拳銃の先に、冬香とゾンビが見える。それが重なる前にすべてを終わらせる。青村は、ゆっくりと口の中の唾を音もなく飲み込んだ。拳銃のトリガーに指をかける。そして、そのときを待った。

「・・・・・・・・」

冬香が、ゾンビとの至近距離(パーソナル・スペース)に入る。

「今だ!」

「彼氏、会いたかった!」

「へ?」

冬香のそんな言葉に、トリガーを引き損なった青村は、誤って空中に拳銃の弾を、一発、発射した。

パン!

「!?」

その音に、二人が反応した。

「ちょっと!びっくりするじゃん!」

腐っている彼氏に抱きついた冬香が、青村を睨みつける。

「なにが・・・彼氏じゃ!」

青村が、冬香とゾンビを引きはがそうと駆け寄った。

「ちょ・・・なにする・・・やめれ」

ゾンビが着ている赤いセーターが邪魔で、よくできない。

「お前・・・噛まれたらお前もゾンビに・・・」

「やっと見つけたの・・・離れたくない!」

冬香は、赤いセーターを着た(ように見える)ゾンビの背中に飛びうつったまま、離れようとはしない。

「お前・・・赤いセーターのゾンビを見つける理由がそれか!」

「そう」

簡単に言った。

「何で彼氏なんだ?第一、まともに話せんだろ?」

青村は、冬香の目を見た。

「別に。だって冬香を前に助けてくれたし。だから彼氏のために赤いセーター買って着せてあげたの。似合うっしょ?」

「バカ。ゾンビがお前のこと助ける訳ないだろ?」

「助けたもん。彼、無口だけど、かばってくれたんだよ」

妄想(二次元)と現実の区別がつかない最近の若者が多いと青村は誰かに聞いたことがあるような気がしたが、ほんとだと、今日、思った。

「彼氏はね、はずかしがりやだから・・・何も喋んないの・・」

「当たり前だ!ゾンビじゃないか」

「でも、気持ちは通じてるの。いいじゃん」

冬香は、口をアヒル口にしてアピールしてきた。青村はこんな時でも映えることを気にしているこいつは、新人類だとようやく認識できた。

「早く離れろ!時期にここにも軍隊が入ってくる!戦場になるぞ!」

「いいの。死んでも。ここで二人でいたいの!」

自分が死んだり、ゾンビになることよりも、彼氏と一緒にいることを望む冬香の気持ちなど、青村はまったく理解できなかった。おそらく一生理解できないと思う。

「早く、攻撃されるぞ!」

「大丈夫。みなよ」

「へ?」

いつの間にか、冬香がゾンビの背中から降りて、青村の前に立っていた。

「・・・・・・・」

何も変わらない風景。バイオや映画で見たようなシュチエーションになることもなく、目の前の赤いセーターは、青村に襲ってはこなかった。

「ねっ?人間を襲ってこないっしょ?」

青村は拳銃を持ったまま、銃口が途方に暮れていた。目の前の赤いゾンビは、青村を襲うどころか背中を向けて、ゆっくりと離れていくようだった。まるで、青村に怯えているように。

「・・・・・・ダーリン、どこへいくのよ?」

冬香は、そんなゾンビを追いかけて、いつのまにか手をつないでいた。

「・・・・・・・・」

青村は彼氏ゾンビと冬香を交互に見た。恋人同士・・・に見えなくもないが、今は、そんなことよりも、冬香の安全を確保しなければならないと青村は二人の背中を追いかけた。

「ダーリンってば・・」

「冬香・・早く目を覚ませ!」

会話が噛み合ってない二人と赤いセーターのゾンビは、いつの間にか自分たちが知らない建物の中に入っていることに気がつかず、そしてそんな場所へよくわからないまま、そこへたどり着いた。

「・・・ん・・・・?」

「ここ・・・どこ?」

「・・・・・・・・」

大量の医療器具と、大量のベット。そして書類の山とデータ保存用のUSBなどが散乱したそこは、病院の一室のように見えた。

「・・・気持ち悪い・・・早くでようよ・・・」

「・・・・・・」

ゾンビは、部屋中を円を描くように歩き回っていた。青村は、ゾンビは鳩と同じようにつねに歩き回っていないといけないようになっているのではないかと思った。

「・・・・・・・・ダーリン?」

冬香は、青村よりも彼氏ゾンビのことが気になっているようだった。

「・・・ビンゴ・・・」

青村は、そんな二人を無視して、部屋の隅で声を小さく上げた。それは冬香の耳には届いていないこえだった。

「冬香。ここのデータ、全部持っていけるか?」

青村は、よくわからない文字が載っている書類や機器を目を通しながらいった。

「はぁ?なに言ってるの?」

「お前の彼氏は、俺が事前に聞いていたゾンビとはだいぶ違うってことさ」

「はぁ?そんなの当たり前じゃん。優しいんだよ。他のゾンビと違って。そこが好きになったの」

冬香は、彼氏ゾンビを追いかけて、手をつなぎながら、同じように部屋の周りをグルグル回っていた。

「・・・なにやってんだか・・あほか」

青村は、冬香が戦力にならないことを知って、自分で何とかするしかないと考えてた。が、もう遅かった。

ドン!

「!?」

身体を下から突き上げる轟音に、青村はイヤな予感がして、病室を出て窓の外を眺めた。

「!?・・しまった」

よく訓練された黒い影が、右から左へ素早く動いているのが見える。それは警察よりも早く、ゾンビよりも遙かに驚異だった。

「軍だ!」

思ったよりも早く、軍隊が危険区域に進入している。ゾンビを駆逐するために。誰よりも、早く、誰よりも駆逐するために。

「冬香、逃げるぞ!」

「でも、データはどうするの?」

「とりあえず、逃げるぞ!」

彼氏と冬香をつれて、病室を出た青村は、なるべく窓の外に自分たちの影が見えないように、慎重に走り出した。

パパパン!

「!?」

ついに、戦争が始まったような音に、青村の全神経が悲鳴を上げる。緊迫感は、一気に身体を駆け上がり、手に汗が滲んでいくのがわかった。

「どうしたの?」

「わからん」

冬香もどうやら本能の中に危機感知能力は、少しは備わっているようだった。

「ここにいたら撃たれるぞ。殺されても文句はいえん」

「どうして?味方ぢゃないの?」

「味方だよ。でも流れ弾を撃ってくるだよ。こっちを撃たなくても流れ弾に撃たれて死んだら、文句もいえんだろ?」

「そっか」

「へぇ、頭いいな。わかるのか?」

「えへ。でもバカにした?」

「少し」

「学校、進学校なんだよ」

「よく通えたな?」

「親が何とかしてくれた」

「・・・・・・・」

青村はまた聞いちゃいけないことを聞いたような気がしたが、

「何勘違いしてんの?自分で勉強したし。お金のことよ」

「ああ」

でも、お金ときいて、さらに青村は妄想が膨らむが、証拠はない。

「俺が守ってやんよ」

そして、こんな時に、さりげなく青村は冬香に優しさを向けた。

「彼氏も守ってくれる?」

即、冬香が返事をする。

「ああ・・いいよ・・彼氏ごと守ってやんよ!」

久しぶりの異性とお近づきなりたい青村と、冬香は手をつないで、走り出す。ゾンビと一緒に。

「ドアの鍵、あかないよ!」

「待ってろ!離れてろ」

拳銃を取り出し、ドアの鍵の部分にロックする。

バン、バン!

カギそのものを拳銃で破壊し、また走り出す。銃声は、遠くに聞こえていた。青村は冬香と手をつなぎながらも、いろんなことを考えていた。このゾンビをどうしよう。無事に脱出できても、なんていいわけしよう。

「青村巡査、聞こえるか!?どうぞ」

突然、青村の思考を遮って、無線が鳴り響く。上司の声だ。

「西村警部補!聞こえますどうぞ」

無線が届く安全区域まで、自分が近づいた証拠だった。

「お前どこにいる!勝手に持ち場を離れて!減給ものだぞ!」

減給だけですめばいいけど、と思いながら、青村は無線機に口を当てる。

「すいません。危険区域で少女を見かけたので、危険を省みず保護しました。今から帰還します。どうぞ」

「危険区域にいるのか!?」

「ええ。さっきから変な音が聞こえますが、アレはなんですか?」

「我々もわからん。情報が入っていない。軍の特殊部隊が、先ほど到着したらしいという情報のみだ。どうぞ」

「・・・・・・・」

やはり。と思いながら、後ろにいた冬香たちを見る。

「これから帰還します」

「ああ・・・なにかあったら、すぐに連絡しろよ。どうぞ」

「わかりました。」

「今、どこら辺にいる?」

「・・・病院らしき建物の中です。名前は西B病院の東館1階です、どうぞ」

青村は、廊下に書かれていた文字を読んだ。

「わかった。もしかしたら、誰かそっちに行くかもしれない。味方だから、安心するように。動くなよ」

「わかりました。」

青村は、西村とのやりとりを終えたあと、冬香たちに振り返って

「軍の特殊部隊が来ているらしい。ここを動くなよ。もうすぐ味方の警官たちがやってくるから」

「でも、味方に撃たれるかもしれないよ」

「バカ。軍隊じゃなくて、警官だよ。そんなことはない」

「でもさっき・・」

そういってると、奥の方の扉が鈍く開く音がした。

「青村巡査、いるか?」

聞いた声が聞こえる。青村はうれしくなって、声を上げた

「梶巡査!ここだ!」

暗闇の中で青村が叫ぶ。

「・・ったく・・なにやってんだよ・・お前・・・」

安堵した声が、徐々に近づいてくる。これで、みんな助かった。青村は、冬香たちを見つめ、そして、ゾンビを見つめる。

「・・・・・・・・」

怯えた表情をしているゾンビ。瞬間的に、青村がひらめく。

『しまった!』

「青村、それ・・・」

梶が、指を指す。そして、ゆっくりと腰に巻いていた拳銃に手をかける動作が、目に入った。

「梶、違うんだ!」

「問答無用!」

梶は、青村を抜けて、冬香の横にいたゾンビに拳銃の銃口を向けた。そして、やはり弾を発射した。ドラマやマンガのワンシーンのように。

パン!

「やめろ!」

パン!パン!

青村は拳銃を二発発射し、梶の放った弾丸を打ち落とそうとしたが、すでに間に合わなかった。青村の頬をすりぬけ、ゆっくりと梶の弾丸は、ゾンビにまっすぐ向かっていった。

「ダメぇ!」

「!?」

青村が、その悲鳴を聞いたときには、すでに終わったあとだった。

「!?」

血を吹きだし、倒れる影が一つ。その影を認識したときは、青村は信じられないほどの衝撃を受けた。

「なんで!?」

現実は残酷だ。予想していたことは起きず、代わりに冬香の身体が、梶の放った弾丸を全身で受け止めて、血を吹き出して冷たい地面に崩れ落ちる。ゾンビの前に冬香が立ちはだかり、彼のために弾丸を受け止めたのだときづいたのは、青村の思考の3秒後のことだった。

「冬香ぁ!」

「俺じゃない!こいつがゾンビの前に・・・」

「梶!貴様!」

青村の腕の中には、息も絶え絶えの冬香の身体がある。血が吹きだし、冬香の命の灯火が、消えようとしている。味方の弾で今、冬香が撃たれたのは事実だ。紛れもない事実は、ここにいる数人の運命を、一瞬で変えてしまったのだ。

「彼氏は・・無事・・?」

今にも死にそうな冬香が、青村の腕の中で、つぶやく。

「ああ・・元気にくるくる回ってるよ」

本当は、そばで冬香を見守っているが、青村はフェイクを言った。

「・・・そうなんだ・・・ヤバいね・・」

「ああ・・・激ヤバだ・・・バズること間違いなしだ」

涙を流しながら、青村が答える。

「・・・青村・・・今、救急車を呼んだ。もうすぐ来る・・」

気休めのように梶が言ったが、もう、そんな時間は冬香に残されていないような気がした。

「・・・・・・・・」

青村は、そんな梶の言葉に返事をしなかった。それよりも、どうしたら今すぐに、冬香の命を救えるのか、頭を回転させて考えていた。

「・・・だめだよ・・・救急車じゃ間に合わない・・・今すぐ何とかしないと・・・」

「いいの・・・青村・・・彼氏を救うために・・・私が犠牲になっただけ・・・」

「冬香・・・」

「・・・・彼氏を助けて・・・ね・・・私の分まで・・・」

「冬香・・・口を動かすな・・・」

青村は、必死に腕の中で、冬香の傷をおさえたが、いつまでもいつまでも、血が傷口から吹き出した。

「梶、早く何とかしろよ!お前が撃ったんだろ!」

「・・・青村・・・・だって・・」

青くなった梶は、何も言えず黙って下を向いたまま、動かなかった。

「・・・・・・・・・・・・ちくしょう!」

青村が最後の言葉をはいたとき、ふと目の前に立っている彼氏ゾンビの姿を見て、何かがひらめいた。

「!?あっ!」

その発想は、確かにとんでもない閃きだった。その閃きとさっき見た書類の中から、見た文字とすべてが一致した。

「・・・・・・・・・・・・」

だが、それは究極の選択だった。本当にできるか、もちろん青村は試したことはない。もしかしたらうまくいかないかもしれない。でも

「・・・・・・・・・・・・」

青村は、目の前の冬香が、どんどん血の気が引いてくのを見てしまう。もしかしたら、もう、間に合わないかもしれない。

「・・・・冬香・・・・聞こえるか・・・?」

青村は、ゆっくりと、冬香に話しかける。

「なに・・・?」

冬香が、息も絶え絶えで、答える。

「よく聞けよ・・・お前を救う方法が一つだけあるかもしれない・・・」

「・・・マジ・・・?」

「大マジさ・・・でも・・・もしかしたら・・・失敗するかもしれない・・・」

「・・・・どゆこと・・・?」

「・・・・それでもいいか・・・?これは・・・最後の賭(かけ)だ・・・」

青村の言葉に冬香は、青村の手を握った。

「・・・・死んでもいいけど・・・まだ・・・少し生きたいの・・・」

「ああ・・・俺も・・・お前に生きていてほしい・・・それに・・・」

「彼氏も守って言ったろ?」

「・・・その約束・・・守ってね・・・」

青村は笑顔になると、彼氏ゾンビの口元に、冬香を持って行った。

「・・・ちょっ・・・おま・・・何を・・・・?」

梶は、無線で連絡しながら、青村が訳の分からない行動をとっていることにきがつく。

「・・・・つまり・・・・」

「えっ?」

「・・・こういうことだ!」

彼氏ゾンビは、今にも死にそうな、冬香の首に思いっきり噛みついた。

「・・・・えっ・・・・・ええええ!」

「少しの辛抱だ!冬香!」

青村は、そう言って、冬香の運命を、彼氏ゾンビに預けたのだった。そして救急車がきたのは、その、直後だった。


エピローグ


あのあと、危険区域を出た俺は上司に状況を報告して、自宅謹慎と減給を食らった。あの日から一歩も外にでないで、俺はテレビを見ながら、スマホをいじる日々が続いた。

「・・・・・・・・」

テレビではあの事件を一切、伝えていない。危険区域のことも、ゾンビのことも、冬香のことも。なにもかもテレビキャスターは伝えていない。まるで何もなかったかのように。

「・・・・・・・・」

青村は、こたつに入りながら、自分のやったことを思い出す。瀕死の状態だった冬香の顔を思い浮かべながら、自分の選択は今も正しかったか、胸に問いかける。

『・・・・・・・ありがとう・・』

冬香が、あの日、最後に自分に言った言葉は、どういう意味だったのか。青村はいつも思い出しては、ひとりで悶絶する日々だった。

「・・・・好きになってたのかな・・・俺は・・・あいつのこと・・」

10代の女子高生に何をやってんだかと思いながら、彼氏ゾンビに嫉妬していた自分も、たしかにあそこに、いた。

「・・・・生き残れよ・・・冬香・・・ゾンビになっても・・・彼氏と仲良くな・・・」

ピンポーン!

「!?」

青村の部屋のマンションに、誰かが来る音がした。

「梶かな?」

青村は、妄想を打ち消して、しぶしぶまだ寒いままの体を起こして玄関に向かう。

「はいはい。梶か?」

ドアを開ける。

「!?・・・おまっ・・・」

ドアの向こうでは、青村の知らない未来が、確かに彼を待っていたのだった。


おわり

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好きになった人はゾンビだった件 三上 真一 @ark2982

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