君は炬燵
清野勝寛
本文
君は炬燵
肩を竦めたまま歩く後ろ姿が見えたので、いたずらしてやろうと思った。私は路傍に山と積まれている白い塊を、手袋をした手で少し砕き、握りしめる。
気付かれないようにそうっと、そうっと。
ターゲットの足音に合わせて、息をひそめて。
悲鳴でもあげるだろうか。飛び上がるだろうか。
数秒先の未来を想像すると、笑いが込み上げてくる。
白い塊のない反対の手で自分の脇腹をつねりながら、なんとか堪える。年末にオジサン芸人たちがやっているあの番組みたいだと思った。笑ったらアウト、笑ったらアウト……そう念じれば念じるほど、声を上げて笑いたい衝動は大きく強くなっていく。
あと三歩進んだら、彼のもこもこマフラーのすき間から、首筋にこの白い塊をおみまいしてやる。彼がこちらに気付いていないかどうか、それだけに注意しながら、一歩で距離を詰める。
あと二歩進んだら、彼におみまいする。ただでさえ冷たい風が少し強く吹き付けてきて、彼の首は更に短くなる。こんな寒い地方に住んでいるのに、寒いのが苦手とは、可哀想だと思う。大人になったら、もっと暖かいところに住むといい。辛い思いをしてまでこの町で生きる理由もないだろう。
あと一歩進んだら、おみまいする。でも、それってつまり、私のいないどこか遠くに彼が行ってしまうということだ。それはちょっと嫌だった。……よく考えたらちょっとどころじゃなかった。やだ、寂しい。彼をからかって遊んだり、いたずらして反応を楽しんだり出来ないなんて、考えられない。
とうとう私は、立ち止まってしまった。足音が少しずつ遠くなる。途端に気温が五度くらい下がった。彼は寒いのを嫌うけれど、彼自身はとても暖かいのだ。炬燵に入ったら出られなくなるあれと同じ。私は彼の傍から離れられないのだ。
「わー!」
そして私はどうしたかというと、手に持っていた白い塊なんてそこらに捨てて、彼の背中に突撃する。ぶつかる直前に叫ぶと、彼は体をビク!っと大きく痙攣させた。想定と違うけれど、どうやら驚いてはくれたらしい。ちょっと満足。
「……なんだお前か。どうした」
「別にっ! 一緒にかえろって思っただけ!」
振り返って私を確認した彼は鬱陶しそうにそう言って、手袋越しに手を繋いでくれる。あぁ、やっぱり彼は炬燵だ。間違いない。
彼の手をブンブンと振り回しながら真っ白な道を歩いていく。彼は面倒くさいという顔を隠そうともせず、私の手を振り払おうともせず、私に付いてきた。
外でやりそこねたから、家でやろう。そう思って家に帰ったあと、テレビを見ていた彼の背中に氷を入れたら、どこかの鳥みたいな声を出して飛び上がっていた。
あーたのし。
君は炬燵 清野勝寛 @seino_katsuhiro
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