第29話
「龍騎様。
私、何時までも待っています。
ですから、何の心配もせず、思う存分戦ってきてください。
いえ、もし何かあれば、私、欧州まで助太刀に参ります」
何とも勇ましい御嬢様だ。
男爵閣下も一族の方々も苦笑いされておられる。
あんなに幼かった御嬢様が、いつの間にかこれほど大きくなられていたのだな。
いや、恋心を押さえ込むために、無理矢理幼いと思い込んでいたのだろう。
だが、婚約者となった今こうしてみると、可憐としか言いようがない。
婚約が決まって、精一杯流行りのおしゃれをしてくださったのだろう。
男爵家の令嬢らしくないと言われるかもしれないが、さっき言われたように、いざとなれば欧州までで駆けつけるという覚悟が、このおしゃれには込められているのかもしれない。
髪を米国で流行しているというフィンガーウェーブにバッサリと切り、その頭にぴったりフィットする釣り鐘型の帽子をかぶる。
大きめのゆったりとしたワンピースを着て、スカートではなくひざ下の丈長めのをパンタロン穿く。
いや、パンタロンでもない。
いざという時にそのまま馬に乗って逃げられるようにした、キュロットスカートと言った方がいいだろう。
全てがいつでも欧州に駆け付けて、白人の中で内助の功をすると意思表示だと思うと、心から愛しさがこみあげてくる。
だがそれに甘えていては、日本男児の名が廃る。
会津士族の名誉にかけて、御嬢様に無理をさせる訳にはいかん。
「ありがとうございます。、御嬢様。
ですが、御嬢様を欧州に来させるようでは漢が立ちません。
どうか何があっても私を信じて待っていてください。
必ず軍務を果たして帰って参ります」
「龍騎様!
私達はもう婚約したのです。
何時までも御嬢様と呼ばれるのは嫌でございます。
ちゃんと麗と呼び捨てにしてくださいませ!」
いや、そんな事を言われても、男爵閣下をはじめ、一族一門錚々たる方々に加えて、新聞社から野次馬までズラリと集まっているのだ。
呼び捨てなどできるはずがないではないか!
「龍騎。
いや、我が息子よ。
遠慮なく呼び捨てにするがいい。
いや、呼び捨てにしてやってくれ。
これから二年三年と、龍騎の扶持を毎日祈り待つ生活になるのだ」
確かにその通りだ。
欧州は列強が角突き合わせる紛争地帯だ。
火薬庫と呼ばれるバルカン半島で何時何が起こるか分からない。
戦争に巻き込まれたら、有色人種差別に巻き込まれ、殺される可能性もある。
何かあった時に、御嬢様の結婚に差し障りがないように、結婚を望む御嬢様を説得して婚約に留めたのだ。
死ぬ前に一度くらい呼び捨てにさせてもらってもばちは当たらないだろう。
「麗。
何があっても私を信じ、日本で待っていてくれ。
絶対に欧州にいてはいけないよ。
分かったね、麗」
大正浪漫:騎兵将校と男爵令嬢の恋 克全 @dokatu
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