第28話
俺のドイツ派遣が決定した。
オリンピックでメダルを勝ち取るために、真剣に欧州馬の購入を考えて、長期休暇を願い出ようかと悩んでいたが、今上陛下の大御心で、独国在勤帝国大使館附陸軍武官補として長期派遣して頂けることになった。
長州閥の策謀があるという噂も耳にしたが、そんな事はどうでもいい。
陸軍騎兵監部駐在官として、欧州中を自由に動き回り、優秀な競技馬を見て回って購入する権限までいただけた。
それだけではなく、欧州中の競技会に参加する事まで可能なのだ。
罠だとか危険だとか言っている場合ではない。
罠なら食い破るだけの事だ。
だが、問題もあった。
これが、その、まあ、なんとも、はや。
「櫻井中尉。
嫌ならば断わってくれて構わん。
ただ、娘は貴君の事をずっと慕っていたのだ。
長州の人攫いから救ってもらった幼い頃から、ただ一途に貴君の事を慕っていた。
貴君に好きな相手がいないのなら、娘をもらってやってくれないか?」
困った。
本当に困った。
俺だとて朴念仁ではない。
御嬢様が俺の事を想ってくれている事には気がついていた。
だが、身分差がある事も重々承知していた。
華族の派閥争いで、涼華男爵家は薩州閥と縁を結ぶべきだとも耳にしていた。
だからこんな話を男爵閣下から伺うとは思ってもいなかった。
万が一御嬢様に告白されたら、どうお断りすべきかばかり考えていた。
これはあまりに想定外すぎる。
まだまだ考えが甘かった。
「しかし、男爵閣下。
余りに身分差が大き過ぎます。
それに御嬢様はまだ学生で、自分も欧州に長期派遣される身です」
「娘とは何度も何度も話し合っている。
一族一門とも何度も話し合った。
その上で貴君に話しているのだ。
貴君が娘の事を嫌っているのなら、正直にそう言ってくれ。
その方が娘も諦めがつく」
これは、まるで拷問だ!
御嬢様を前にして、嫌いだなどと嘘はつけない。
しかし、御嬢様と男爵閣下を前にして「愛しています」といえというのか⁈
だが、言わねば御嬢様を傷つけてしまう。
「自分は、御嬢様を愛しております。
心から、愛しております。
ですが、愛しているからこそ、御嬢様にはちゃんと女学校を卒業して頂きたいと願っております。
幼い頃に学校に行けなくなった御嬢様が、どれほど学校に行きたいと思っておられたか、御側で見てきました。
それに、黄色人種蔑視の欧州に御嬢様を御連れして、どのような迫害を受けるか分かりません。
そのような場所に御嬢様を御連れするわけには参りません」
「よく言ってくれた、櫻井中尉。
ならばこうしないか?」
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