第27話

 陸軍士官学校を卒業した我々は原隊に戻った。

 俺は懐かしい近衛騎兵連隊に戻り、厳しくも温かい訓練に励んだ。

 連隊長閣下が、涼華男爵閣下から御舎弟の厳輝様に変わられたが、特に何の変化もなく、近衛騎兵連隊独特の温かい家族的な雰囲気のままであった。


 もちろん訓練は温かい雰囲気に関係なくとても厳しい。

 常に今上陛下を側を護る御役目なのだから、一般師団とは比較にならない厳しさがあるのだ。

 だがそれが、俺の馬術を格段に向上させた。

 大恩ある今上陛下の御側近くを警護するから、何時陛下の眼にふれるか分からないのだ。

 未熟な姿を御見せする訳にはいかないから、一分一秒でも早く技術を向上させようと、寝る間も惜しんで訓練に励んだ。


 それが徐々に実を結び、愛馬達の協力もあり、近衛騎兵連隊内の競技会で常に優勝できるようになった。

 恐れ多い事だが、連隊長閣下や大隊長殿達にも勝てるようになった。

 遂には旅団内競技会にも、旅団対抗競技会にも連戦連勝できるようになった。


 俺はそれだけで十分だったのだが、涼華男爵閣下の御嬢様が、オリンピック参加を口にされたのが、問題を大きくしてしまった。

 確かにオリンピックの馬術は、軍人が参加する協議ではある。

 だが俺はそんな事よりも、今上陛下の警護を優先したかった。


 しかし新聞社が、大々的にオリンピックで入賞出来る等と無責任に掲載した事で、今上陛下の警備から外れなければならなくなった。

 最初は陸軍騎兵実施学校になど行きたくなかった。

 今上陛下警護を続けたかった。


 だが、今上陛下がオリンピック入賞を期待する言葉を漏らされたと聞けば、話は違ってくる。

 死力を尽くしてオリンピックの入賞を目指さなければならない。

 いや、万難を排してメダルを勝ち取らねばならなん。

 俺は覚悟を決めて、陸軍騎兵実施学校に乙種学生(馬術学生)として入学した。


 今迄から楽をした事など一度もないが、今回は自分自身や長州っぽのような小者が相手ではない。

 欧米列強の軍人、しかも選び抜かれた騎兵将校を相手にして、オリンピックでメダルを勝取らねばならないのだ。

 それこそ、血反吐を吐き、血尿が出るほど訓練に励んだ。


 陛下から貸与されている愛馬を乗り潰す訳にはいかないから、自分を鍛える訓練を増やした。

 事を煽った新聞社に頼るのは嫌だったが、オリンピックでメダルを勝ち取るためには、欧米の良血馬が必要だというのは、訓練を重ねるほど実感した。

 日本人の体格に合わせて改良された軍馬では、どうしても競技で見劣りしてしまうのだ。

 それでは、白人至上主義と黄色人種蔑視が平気でまかり通るオリンピックで、俺がメダルを勝ち取るのは難しい。

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