第6話 さくらんぼの実るコロ

 カランカラン……。


 『丘の上のティールーム水晶亭』の扉を開けると、甘くて香ばしい香りがオレの鼻をくすぐった。


 〜〜さく〜らんぼぅの実るコロ……

 フンフンフンフンフンフン……〜〜


 どこかで聞いたことのある歌が聞こえる。

 カウンターの奥のサラエさんが、鼻歌を歌っているようだ。


「いらっしゃいませ」

 なんと今日は佳奈さんがカウンターから顔をのぞかせた。


「ハルカちゃんがいなくなって、人手不足ですか?」

 オレはいい年をした百戦錬磨の刑事だが、初恋の人のお孫さんである佳奈さんには、いまだに緊張してしまう。


 佳奈さんは軽くうなづくと、とびきりの笑顔をオレに向けた。

「良かった!

 ちょうどメールでお誘いしようと思っていたんです。

 もうすぐ、さくらんぼのクラフティが焼きあがるので……」

「さくらんぼのクラ……?」


 〜〜さく〜らんぼぅの実るコロ……

 フンフンフンフンフンフン……〜〜


 サラエさんは、さっきから同じフレーズを繰り返している。

 フンフンフン……で、その先は?


「市民病院の山根先生から、さくらんぼをたくさんいただいたので、サラエさんが美味しく作ってくれているんですよ」

「さくらんぼのクラ……」


「クラフティでございまあす!」

 サラエさんは、鼻歌を中断して親切に教えてくれた。


 そしてまた歌いだした。


 〜〜さく〜らんぼぅの実るコロ……

 フンフンフンフンフンフン……〜〜


「こんな贅沢なお菓子は一年に一度きりですもの。

 みなさんにお知らせしたんですよ」

 佳奈さんは注文はとらずに、たくさんのティーカップを出してお茶の準備を始めた。


 〜〜さく〜らんぼぅの実るコロ……

 フンフンフンフンフンフン……〜〜


「さくらんぼの実る頃に、いったい何があったんだろうね」

 オレが言うと佳奈さんも苦笑している。


「さっき大宮弁護士が立ち寄られた時にお誘いしたら、かならず午後に来るからと言って帰り際に、あの歌ワンフレーズだけ歌ってお帰りになったんです。

 あんまり楽しそうだったから、サラエさんは真似して歌っているのね」


 そうか、それでずっとリフレインなんだ。これはオムが来るまでさくらんぼの実る頃に何があったのかわからないな。


 〜〜さく〜らんぼぅの実るコロ……

 フンフンフンフンフンフン……〜〜


 わからないとなると、ますますその先が気になってくる。


「あの……すごいと思いませんか」

 いつのまにか、佳奈さんがオレにお茶を用意して、話しかけていた。

「え?」


「ヘルパーさんたちの個性です。

 AIの個性と言ってもいいわ」

「ああ、ここのコたちはみんな個性的だよね」


「最近、全員に涙が出る機能をプラスしたんです。

 それと笑う表情筋のようなものも。

 もちろん、本人たちの感情らしきものが、きっかけになって作用するようにしてみたんです」

「それは、すごいなあ」


 佳奈さんは、いつになく話したいモードになっているようだ。

 オレは一足先にさくらんぼのクラ……お菓子を少しいただいて、彼女の話に耳を傾けた。


「もともとある、彼女たちの感情らしきものを涙や笑顔で可視化するわけです」

「本当にすごいね」

 オレは、バカみたいに同じリアクションを繰り返していたが、本当にすごいとしか言いようがなかったし、それに何より佳奈さんの熱に圧倒されていた。


「それで、個性があるのがいよいよわかります。

 同じ機能を施していても、ケイちゃんやタツコ姫はあまり笑わない。

 ほら、ね。これって個性なんですよね!」

 佳奈さんは目をキラキラさせて続ける。

 彼女からは、AIやアンドロイドに対する深い愛情を感じる。


 オレは、今オレが抱えている案件ーー放火と行方不明者とAIの黒焦げ死体の連続事件ーーで、唯一手に入ったAIの欠片の復旧を佳奈さんに頼めないだろうか……と、ぼんやり考えていた。

 あちこちの専門家がさじを投げたヤツだが……彼女はなんと言っても天才浦島博士の血縁なのだ。


「人間以外のものの人格を認める文化は、この国の特徴とも言えるのではないかしら」

 佳奈さんの話にはいよいよ熱が入ってきた。


 オレはお菓子をひと口やって、あんまり美味くて感激していたんだが、それを伝える隙がない。


「物や動物が心を持って……昔から付喪神(ツクモガミ)とか……猫又なんていうのもありますし」

 佳奈さんは真剣そのものだ。


「たとえば……そう、そのボールペン」

 オレの胸ポケットのボールペンを指差す。

「大切にされて……。

 このコに表現する能力があったら、きっと<茂木刑事のお役に立ちたい>と言いますね」


 そう、たしかにこいつには愛着があって大切にしているが……。

「おまえ、年取ったなあって言われそうだなあ」

 佳奈さんが笑ったところで、


 カランカラン……。

 次々にお客たちが集まってきた。


 時刻はもうすぐ午後3時。

 イケメンが現れて、いつもの出窓に陣取る。


 山根先生はミキちゃんと一緒に。


 この前まで浦島パートナーズのヘルパーさんだったハルカは、車椅子の大切なお母さまと。

 オレを見つけると会釈しながら嬉しくてたまらないというように笑ってくれた。


 〜〜さく〜らんぼぅの実るコロ……

 フンフンフンフンフンフン……〜〜


 仲良しのワコちゃんがやって来るまで、サラエさんの鼻歌は続いた。


 そうして、最後にオムが入ってきた。

 さくらんぼのクラ……お菓子に目を輝かすオムの前に、まずサラダが運ばれてきたことは言うまでもない。


 オレのリクエストで、オムはさくらんぼの実る頃にどうしたか歌ってくれた。



 〜〜さくらんぼの実る頃

 鳥たちは浮かれて歌うよ……


 それは長い歌だった


 さくらんぼの実る頃の恋を懐かしく歌っているようだった。


 だがオム先生によると、圧政に抵抗した市民の歴史の中で散っていった清らかな少女を追悼する歌詞なんだそうだ。

 虐殺と抵抗と熱い思い……???


 難しいことはわからないが、最後の歌詞は妙にオレの心に残った。


 〜〜どんなに時が過ぎても

 あの日の恋を忘れない


 〜〜さくらんぼの実る頃

 フンフンフンフン……。



     (了)


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ティータイムのあとに のーロイド @noritama888

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