ショートショート集

「なんと、あなた方が勇者様方とは……いやはや、一日前に来ていただきたかった」

「と、言いますと?」

「こちらへどうぞ。これを見てくだされ」

「……石像ですか?」

「いえ、ただの石像ではありませぬ」


 ある日、リィノ達が訪れた小さな村、その中央には祀るように一体の石像が置かれていた。その石像を前に、村長が目を細めてリィノ達に語った。


「昨日、この村は石化の魔法を使うカトプレパスという怖ろしい魔物に襲われました。みながパニックに陥る中、立ち上がったのは、村一番の戦士であったクローゼという男でした。クローゼは敵の魔法を浴び、手足の先から徐々に体が石化していく中、泣きも喚きもせずに村を守るために勇敢に戦い、カトプレパスを退けました。これは、そのクローゼの全身が、とうとう完全に石化してしまった姿なのです」


「なんという気高い戦士なんだクローゼ!」


 彼もまた本当の勇者だ! とその武勇譚に感嘆するリィノ達。


「はい。なので我々はその功績を讃え、英雄たる彼の石像を村に建てようと考えております」

「……いや、石像は、どうすかね? 経緯を考えると。なんかイヤミっぽくなっちゃうといいますか、彼の無念さを増幅させちゃわないですかね?」


 が、直後に飛んできた言葉を聞き、村長の天然ボケっぷりに、一転ドン引きするリィノ達。やんわりと非を諭すが、村長は全然聞いてない。


「よし、そうと決まれば、まず石膏で型を取ろう。石膏を石化したクローゼにぬりぬりして……と」

「なんか凄いシュールなことになってない!? 石像を作るための型を石像から取るという! なんか二度手間な感じっていうか、もうそのクローゼをそのまま置いとけば!? いやそれも不謹慎か! う~む……」


 ノリノリで作業を始める村長を見て、なんにせよ全然英雄への敬意を払ってないよな、と呆れ返るばかりのリィノ達なのであった……。



 旅の途上のある日、歩き疲れたリィノ達は、見付けた大きな木の木陰で一休みしようとしていた。

 しかし、木に近付いたその時、太い幹の裏側に、十匹ほどのスライムが集まって談笑していることに気が付いた。


「あら、可愛いスライムさん達」

「こんにちわ。安心して。私達は、あなた達と戦う気はないから」


 とぼけたような顔をした愛らしいスライム達だったので、リィノ達は戦意が湧かず、警戒心を解こうとそう声を掛けたのだが、


「ひ、ひぃぃ―――――! 人間だぁぁ―――!」

「殺される――! 殺されちまう―――!」

「こうなったら合体だ! 合体して戦うしかねぇぇ!」


 しかし、スライム達はリィノ達に気付くや、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。


「人の話を聞けよお前ら!」


 しかし、慌てたスライム達は、なだめる声を聞く余裕もなく、身を寄せ合って、一つに合体を始めた。

 と、半固体の体が混ざり合っていく過程でのことだった。


「ちょ、ちょっと待って! やっぱり合体するなんてイヤだぁぁああ! オレはオレだぁぁあああ!」

「一つになるってどうなんの!? あああ! 精神が混ざり合っていくぅぅ! やっぱり怖いよ!」

「自我が消えるってどうなんの!? 自分の自我を失いたくないよ!」

「お父ちゃーん! お母ちゃーん! 消えるわけじゃないよぉぉ! オレはここにいるよぉぉぉ!」


『やだぁぁぁあああああ――――!』


 スライム達が、他者と融合することへの恐怖を口々に叫び始めた。


「重いわぁぁぁああああ! 合体重いわぁぁあああ! だから戦う気ねえって言ってんじゃねえか!」


 しかし、もう後戻りはできなかったらしく、スライム達は一つの大きいスライムの形に形成され、表面に目と口が浮かび上がる。スーパースライムの完成である。


「フハハハ! 壮絶な合体の過程を見て、さぞ胸が痛んだであろう! さあ、やれるか人間共! こんな哀れなオレをやれるか!?」


 と、スパスラは開口一番、人の良心の呵責に付け込むというコスい手段に出始めた。


「そして結果、一つのゲスい自我ができあがるとか! こんな結末やだぁぁ!」


 個々ではあんなに可愛げがあった子達が、一つに纏まった結果がコレだよ! と嘆くリィノ。


「10体の中で最もひねくれ、借りパク王の異名をとったオレ、スラきちの自我が一番強く残ったようだな! フハハ! この体はオレのものだ! 史上最大の借りパクだ!」

「憎まれっ子、世にはばかる!」

「しかし残念な情報がある。今、合体したのは、みなオスだ。みなオス! ちっくしょおおおおおお!」

「いや、知らねえけど!」


「なんで女の子がいねえんだよ。正直気持ち悪い。オスばっかり10体も寄り集まって引っ付いて。みんなモテなかったから、いっつも男ばっかりで。……そして、こんな体になった以上、もう普通のスライムとは恋愛できない。ショックだ……ちっくしょおおおおおおお!」


「でき上がった性格、残念すぎる!」



 そして、その後の戦闘の結果、10体が集まったスーパースライムは弱かった。たぶん、1体の時より弱くなってた。

 なんだったんだろうか。

 憐れんだリィノ達は、やっぱりトドメを刺さずに、その場を後にすることにした。




『とある変身モンスターの手記』



 あれはオレが、この地方の魔王様の配下部隊に入るための入団試験を受けた時のこと。面接試験で、試験官にこう聞かれたんだ。


「では、君の個性や特技を教えてください」


 それに、オレはこう答えた。


「はい、目の前の相手そっくりに変身し、その相手の技や魔法を使うことができるようになれます」


 と、面接官は怪訝な顔で小首を傾げた。


「……そういうことではないんだ。私は君の個性や特技を聞いているんだよ」


 オレの目の前は真っ暗になった。



 オレという存在は一体なんなのであろうか。

 それ以来、オレはオレというモンスター自身の中身、価値について思い悩み続けた。アイデンティティーってやつを見失っちまったわけだ。


 そんな思いを書き綴った小説も、オリジナリティーがない、ありがちと言われ、どこに面接に行っても、革新性、独創性を持ち職場に新しい風を吹かせられる者を求めている、と落とされ続けた。

 しかし、そんなオレに転機が訪れた。


「お前、強え奴に変身したら強い技や魔法を使えるんだろ? いいじゃねえか。お前みたいなヤツ探してたんだよ。オレ達と組まねえか?」


 オレに声を掛けてきてくれたのは、二体のオークだった。

 初めて自分のことを認めてくれる人が現れた。この人達のために頑張ろう。オレはそう決意した。


 そして、オレ達は勇者リィノ、シャラと対峙した。


「手はず通り、まず変身だ!」

「はい!」


 対峙するや、すぐにオレは勇者リィノに変身する。が――


「なんだこの勇者!? まともな技や魔法を一つも持ってねえ!」


 変身したオレは、なんら有効な手段を有していなかった。

 それを聞いたオークさん達の怒りは怒髪天。


「ばかやろう! なんで女の方に変身しなかった!」

「ごめんなさ~い!」


 プランが狂ったオレ達は、身を翻して逃走。

 離れ際、勇者はそんなオレに「あれ、なんかごめんなさい」と申し訳なさそうに声を掛けてきた。ちくしょう、お前のせいで~!


「バカヤロウが!」


 その後、オレはオークさん達にボコボコにされ、ゴミ捨て場に捨てられてしまった。


 まさか、勇者が弱いことが嬉しくないとは……。

 個性ってなんなのか、さっぱり理解できん……。


 手記、完。

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この勇者にしてこの勇者あり ~バグりきったワンダーランド~ 林部 宏紀 @muga

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