スパイシーチャイラテ at髪型とドライヤー
「ねーねー、二人はさ。」
「ん、何?」
「あ、はい。渡辺先輩。」
パソコンの画面から目を離し彼女の方を見ると、少し離れた場所にある回る椅子に座りくるくると回っている。
で、この文字はペー・・・・・・ペー・・・・・・なんだっけ。ここにある文章をそっくりそのままこっちに移すのって何て言うんだっけ。
あれっ、文字が青くなっちゃってる!なんでこうなっちゃったの?
「あ、それ。クリックが逆ッス。」
戸惑っていると、横に立っている佐久間さんがマウスに手を添えてくれて教えてくれた。
左のボタンだったんだ・・・・・・うぅん、まだ慣れない。
「お風呂から上がったらドライヤー使うー?」
「え、ドライヤーッスか?私は・・・・・・タオルで済ませちゃってますッス。」
で、ここにキーボードで打ち込んで・・・・・・よし、
「あっ。」
どうしよう。全部の文字消えちゃった。なんで・・・・・・。
「先輩それ、バックスペースッス。」
えっ、バックスペース?
・・・・・・宇宙?
「その・・・・・・良かったら私が戻しておくッスよ。」
「う、うん。ありがと。」
ここじゃ、いつも佐久間さんに迷惑を掛けてばかりな気がする・・・・・・。
彼女に席を譲るなり、すぐにカタカタとキーボードを叩く音が聞こえてきた。
まるでパソコンの画面もノリノリになったかのように、文字が凄い速さで生成されていく。
「で、上原っちはお風呂上りドライヤーはどうしてんのー?」
「え?あ、えっと・・・・・・使ってるよ、ドライヤー。」
「どんくらい時間かかってるー?あたしさ、30分くらいかかる時もあってさー。」
と、長い金髪をクシャクシャと掻いている。
「もっといい感じに早く乾かせるドライヤーとか、知らないかなーって。」
「ドライヤーかぁ・・・・・・。」
あんなに長かったら、そのくらい時間もかかっちゃうよね、きっと。
でも、高い鼻や瞳の色を見ると長髪でサラサラな金髪が似合ってるし・・・・・・それに、今の渡辺さんの髪型を見慣れちゃったから、短い髪の彼女は想像できない。
「思い切ってショートとかにしよっかな。そっちの方が楽だし。」
「えっ・・・・・・き、切っちゃうの?」
「上原っちはどう思うー?」
「ど、どうって・・・・・・。」
うぅん。短い方が乾かす時間は少なくて済むし、髪のケアも楽にはなりそう。そもそも彼女の髪だから、私がとやかく言うのもおかしいし・・・・・・。
「てか、この髪型って似合ってる?かわいい?」
「う、うんっ!すごくかわいいと思う!」
あっ、声が裏返っちゃった。恥ずかしい・・・・・・。
「えー?そう?んじゃ、この髪型のままでいよっかなー?」
と、彼女がニカッと口の端を上げ、いつもの八重歯を見せた。
ピロピロピロリン
「今日は私の番ッスね。」
「ゴチになんねー。」
「ん。ありがとう。」
佐久間さんが傍にあったカゴを一つ取り、持ち手を腕に通した。
・・・・・・パソコン教室での作業の後だと、申し訳なくて彼女の事を真っ直ぐ見れない。
「そうそう。ちょいドライヤーについて調べてみたんだけどさー。」
と、渡辺さんがスマホを見せてきた。
そこには『おすすめドライヤー 10選』という内容のページが映っている。
「2万とかのだったらさ、いい感じに乾いたりすんのかなー、なんて。」
ドライヤーってこんなに種類があったんだ・・・・・・。一目見てドライヤーだって言われなきゃ分からないような形のものもある。
「あ、これ風がすごく強いみたいッスね。」
「その上のは海外対応してるやつみたいだね。」
「んー・・・・・・やっぱ高いし。こういうおすすめって。」
と、深いため息を吐き、画面の上を人差し指でくるくるとなぞっている。
「これどうッスか?なんか響きがかわいくて。」
気が付くと、佐久間さんが飲み物の置いてある棚から一つの商品を手に取っていた。
「わかるし。色もカフェっぽい色でかわいくない?」
彼女の手の中には、チャイの文字が見えた。
チャイかぁ。インドの紅茶だよね。
確か、普通の茶葉を使うのが紅茶で、【ダスト】と呼ばれる小さくて細かい・・・・・・言葉を選ばずに言うと、型落ちの茶葉を使うのがチャイなんだっけ。
その特徴から、紅茶はお湯を沸かす、茶葉を淹れて数分蒸らす、カップに注ぐ。という手順に対してチャイは、茶葉ごと水に入れてお湯を沸かす、カップに注ぐ、という手順で作られるから、紅茶よりも味が濃いのだとか。
なんでそんな型落ちの茶葉を使うのかと言うと、19世紀頃、インドはイギリスの植民地だったから、いい茶葉は全部イギリスに行っちゃって、残ったのが茶葉には使えないような、質の悪い物だった。
そこから少しでも茶葉の味を引き出そうと直接水から作ったのだけどそれだととても苦みが強くて、そこから牛乳と砂糖で薄めて、香辛料で味付けするのが定着していったのだっけ。
紅茶は普段から飲んでいるのに、チャイって初めてだな。
どんな味がするんだろう。
「いいね。それにしよっか。」
そして、佐久間さんはさらに二つ同じのをカゴに入れ、レジへと歩いていった。
「「「いただきます。」」」
ストローを引きはがして、次に・・・・・・。
あ、蓋に切り込みがある。ここに刺すのかな。
ん?文字が・・・・・・よく振ってお飲みください、かぁ。
どのくらいかな。とりあえず、いち、に・・・・・・10回も振れば大丈夫かな。
で、ストローを刺して、と。
大丈夫かな。振る回数、足りてたのかな。
チャイのポテンシャルを引き出せなかったらどうしよう。
って、もう刺しちゃったから今更振れないよね。
今こうしている間にも、振ったことで程よく混ざった中身がどんどんと元に戻っていっているかもしれない。
よし、いこうかな。
「んむ。」
あ、紅茶と全然違う。ただのミルクティーじゃなくて、色々な味がする。
砂糖の甘い味と牛乳のまろやかな甘みは予想してたけどそれだけじゃない。これは・・・・・・花や果物みたいな香りと甘さがする。
これがもしかして、香辛料の旨みって事なのかな。
「んむ。」
さっきは一気に吸い込んじゃったから、今度はちょっと控え目な一口で・・・・・・。
こうして舌で転がすと・・・・・・あっ、さっきは見えなかった味が見つかったかも。
おいしい。
色々な味がするから、一気に飲むのが勿体なく感じちゃうな。
「そーいえば、そろそろバレンタインだねー。」
「あ、そういえばそうッスね。」
「二人は誰かにあげんのー?」
「え?うーん・・・・・・特には決まってないかな。」
「ちなみにあたしはいるし!」
「えっ!マジッスか?」
「わ、渡辺さん。好きな人とかが・・・・・・?」
「いるよ~。友チョコを二個、さくさくと上原っちに!」
「あ、そういう事ッスか・・・・・・。」
なんだ、そういう事かぁ・・・・・・。
気が付いたらもう中身が空になっていたので、ストローをそのまま押し込んで深呼吸した。
その時、いつものアナウンスが鳴った。
「それじゃあ帰りましょう、先輩方。」
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