鬼カラムーチョ at雪まつり

 「すっごー・・・・・・。」


 目の前の雪像を見るなり、渡辺さんの口がポカンと半開きになった。


 「あ、あれってあのアニメのキャラじゃない?クオリティやば!」


 と、人混みをかき分け、二つ向こうの雪像の前へと小走りで向かった。


 「マジだったんだー・・・・・・こんなにでかい雪像を作ってるんだ。」


 雪像をみつめる彼女の大きな瞳が、普段よりも一層大きく見開かれている。

 

 後ろからのカメラのシャッター音を聞いてか、彼女がハッとした顔を浮かべたかと思うと、バッグから慌ててスマホを取り出してシャッターを鳴らした。


 「すっごすっご!え、この先もずっとこんななの?マジ?」


 「う、うん。結構長いよね。」


 「そ、そうッスね。」


 「ヤバ、興奮してきたし。」


 そして彼女は携帯を上着のポケットに押し入れ「次いこーし!」と、私たちの手を引っ張った。


 「にしてもさ、今朝急なラインしてごめんねー?雪まつりやってるって聞いてさ、いても経ってもいられなくてさ。」


 「あ、うん。大丈夫だよ。」


 「は、はいッス。それに、久しぶりに雪まつりに来れて楽しいッス。」


 「あ、そっか。さくさくと上原っちはずっとこっちなんだっけー?写真とか撮らんの?」


 「あ、えっと・・・・・・もっと奥に一番大きい雪像があるから、それを取る予定ッス。」


 「えっ!もっとデカいの!?どんなのそれ?」


 「確か・・・・・・自衛隊の人が作るやつだよね?」


 「え、ヤバ。メッチャ楽しみだし!」


 なんて事を話していたら、彼女の足が突然止まった。


 「ねえねえ、あの雪像ってさ。」


 彼女の目線の方を見ると、他の雪像と比べ、小さな子供たちが多く集まっていた。


 あ、雪像の上が滑り台になってるんだ。


 「あれ、滑りたい。」


 「えっ!?」


 「あ・・・・・・時間ヤバめ?一人で滑ってくるからさ!」


 「い、いや・・・・・・時間は大丈夫だけど・・・・・・。」


 「は、はい。先輩と待ってるッス。」


 「あり!んじゃ行ってくる!」


 と、彼女が小さい子達の列に小走りで加わった。


 ただでさえ高い身長の彼女が、あそこに並んでいるとまるで小人の世界に迷い込んだ人間みたい。


 他の子達は上下スキーウェアなのに対して、彼女はモコモコのジャンパーというのも、それに拍車が掛かっている。


 「あ、あの・・・・・・失礼かもなんですが、ガリバーみたいッスね。」


 「・・・・・・見えるね。」


 

 ピロピロピロリン


 「今日はあたしの番だねー。」


 「うん。ありがとう。」


 「ゴチになるッス。」


 傍にあったカゴを一つ手に取り、持ち手を腕に通した。


 「いや、マジですごかったし。いや凄かった。」


 「そ、そうッスね。」


 「う、うん。」


 さっきから渡辺さん、凄いとマジとヤバいで会話してる。


 「あれって夜にライトアップされるんでしょー?どうしよ、また来ようかな。」


 「確かあれって、暗くなってからみたいッスし、あと2時間くらいじゃないッスか?」


 「それマ?二人さ、今日この後時間大丈夫?」


 「ん。門限は7時だから私は大丈夫だよ。」


 「私も、大丈夫ッス。」


 「っし!ありー!と、なれば・・・・・・。」


 と、彼女が足を速めたかとと思うと、パッと一つの商品を手に取った。


 「これで体あっためるってどお?」


 「か、辛そうッスね。」


 彼女が手に取ったのは、カラムーチョというスナック菓子だった。

 赤い袋と火のエフェクト、更には『鬼』、『辛さ5倍』と金色で書かれている。

 

 そもそものカラムーチョの辛さを知らない私が、5倍なんて辛さに体が耐えられるのだろうか。


 ゴクリ、と生唾を飲み込んでハッとした。

 いつもより、唾が多かった。


 つまり、私はこれを食べたいと、頭では思っているという事なのだろうか。

 

 よし、なら・・・・・・。


 「二人ともこれいける?」


 「うん。挑戦してみる。」


 「あ、はい。食べたいッス。」


 そして、彼女はそのままそれを持ってレジへと向かった。


 

 寒い外から階段を降りて地下へ行き、目に付いたベンチに渡辺さんを真ん中に座った。


 そして、渡辺さんが袋の口を開け、膝の上に置いてくれた。


 ん・・・・・・?思いの他、辛そうな匂いはしないなぁ。


 「んじゃ、食べよっか。」


 その言葉に頷き、


 「「「いただきます。」」」


 二人の手が去った後に、袋の中に手を入れ一枚を手に取った。


 んん?匂いだけかとおもったら、見た目も普通のポテトチップスみたい。


 黒い粉は・・・・・・黒コショウかな。


 あ、指に粉が付いてる。


 ・・・・・・辛さ五倍か。


 って、警戒し過ぎだよね。これだけで辛いわけないか。


 「んむ。」


 ほら、舐めただけじゃなんとも・・・・・・。


 痛っ!舌の先っぽがピリピリする!


 あ、すごい。顔が濡れてきた。


 体が危険だと信号を送ってくれて、唾液が沢山湧いてきてくれたから助かった。


 これ一枚を食べちゃったら、舌が壊れちゃうかもしれない。


 でも、この大きさを二口に分けちゃったら、ぽろぽろと崩れちゃうだろうな。


 すぅ、はぁ。


 ・・・・・・よ、よし。いこうかな。


 「ん、む。」


 あ、チップスの方はさっきと比べるとほんのり甘く感じる。


 ジャガイモって、こんなに甘かったんだ。知らなかった。


 でもやっぱり辛い。噛んで飲み込んだ後は舌全体がヒリヒリと火傷してる。


 それでも、このくらいなら・・・・・・よし、2枚目。


 どれを食べよう。

 あ、赤みがかったのがある。


 ・・・・・・一枚目よりも、すごいのかな。

 辛くて、美味しいのかな。


 ハッ、何を考えてるの私。体を酷使するような選択をするなんて。


 で、でも・・・・・・。


 あっ、手に取ってしまった。


 一度手に取ったものはちゃんと食べないと、マナーが悪いよね。


 よ、よし。いくぞ・・・・・・。


 大丈夫、1枚目よりは面積は小さい。


 「んむ。」


 あ、風味がすご・・・・・・うわわわわ、唐辛子!すっごい唐辛子! 


 すごく辛い、熱い!


 でも、口の中に火をつけたのは紛れもない私自身。


 なんてことをしてしまったの私。自分の体に火を放つなんて。


 でも・・・・・・一口齧ったときの風味、美味しかったな。


 なんでだろう。苦手なのに、また次の一枚をもう掴んじゃったよ。


 「これ辛いし、ヤバいね、これ。」


 「う、うん。舌が火傷しそう。」


 「あ、さっき自販機でオレンジジュース買ってきたッスけど、飲みますか?」


 「マジ?一口いい?」


 「あ、私もいい?」


 そうして、最後の一枚を渡辺さんが口に運んだので、顔に書いた汗を腕で拭った。


 「「「ごちそうさま。」」」


 「時間までなにするー?」


 「あっ、じゃあ近くに図書館があるからそこ行く?」


 「お、いーじゃんいーじゃん。上原っち、普段どんな本読んでるか気になるし。」


 「あ、あの図書館ッスね?私も気になってたッス。」


 「んじゃ、そこ行こっか!」 

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