冬休み

おでん at初めてのスキー

 「あっ。」


 家の前で待っていると、遠くに青色の車が見えた。


 あれかな・・・・・・佐久間さんのお母さんの車。


 あ、徐々に速度が遅くなって・・・・・・。


 エンジンが止まった。


 それからウィーン、という音を立てながら、車窓が空いた。


 「おはよー、上原っち。」


 「おはよう、渡辺さん。」


 先に乗ってたんだ、渡辺さん。


 後部座席の扉を開き、中へと乗り込んだ。


 そして車が再びエンジン音をさせ始め、それから小さく揺れて窓の景色が後ろへ動き始めた。


 「おはようございます、先輩。」


 「うん、おはよう。」


 後部座席には、私と反対側に渡辺さんが、そして挟まれる形で佐久間さんが座っていた。


 そして運転席と助手席には、


 「おはよう、上原ちゃん。」


 「おはようございます、佐久間さんのお母さん。」


 「ふふ。渡辺ちゃんみたいにおばさん、で良いわよ。」


 と、カチカチをウィンカーを鳴らす佐久間さんの・・・・・・いや、おばさんと。


 「亮。あんた酔いやすいんだから、あんまり後ろは振り向かないの。」


 佐久間さんにそう言われ、眉をしかめて不機嫌そうに前に向き直る、助手席の亮君。


 「そーいえば、亮君って小学何年生なのー?教えてー?」


 と、渡辺さんの質問に対し、亮君はこっちを向いたかと思うと、口をゴニョゴニョと動かしている。


 「そ、その。小5ッス。」


 「マ?結構背高いし!かっこいいじゃん。」


 と、八重歯を見せて笑っている。


 ・・・・・・亮君、こっちに振り向かなくなった。


 「亮、迷惑掛けちゃだけだからね?」


 と、佐久間さんが口にすると、亮君の首がガクガクと上下に何度も動いた。


 「亮、どうしたの?いつもそんなだとお母さんも嬉しいわ。」


 と、おばさんがクスクスと笑っている。


 バックミラーには、亮君が俯いて手をモジモジとさせているのが映った。


 

 「先輩方、ロープウェイは・・・・・・お母さんと亮、先に乗ってくれる?」


 佐久間さんのその言葉に、おばさんと亮君がスノーボードを器用に扱って前に進んでいった。


 そして、先におばさんが更に前に移動して・・・・・・少し膝を曲げている。


 すると、そのままケーブル沿って上がっていった。


 続いて、亮君も同じように膝を曲げ、後ろから来た椅子に身を任せ、上がっていった。


 「な、なんか怖いし。痛くない?」


 「大丈夫ッス。あ、一緒に来る棒に捕まると怖くないッスよ。」


 「あ、うん。あれね?」


 渡辺さんの口から怖い痛い、なんて言葉が出るなんて。

 

 そして次に、佐久間さんが前へスノーボードを滑らせ、膝を少し曲げた。


 「こうして掴んでくださいッス。」


 と、こちらを向いたまま慣れた手つきでその棒を掴み、


 「膝は曲げると安心ッスよ。」


 と言いながら上がっていった。


 「じゃ、じゃあ・・・・・・次あたしいくね?」


 「う、うん。」


 と、彼女がスキーのストックを杖代わりにして前に滑っていき、定位置についた。


 それからほどなくして、彼女の足とスキー板が雪から離れた。


 「たっか!こわ・・・・・・。」


 という声が耳に届いたけど、最後まで聞き取れなかった。


 えっと・・・・・・膝を曲げて、棒を・・・・・・こうかな?


 で、座る。


 あ・・・・・・確かにちょっと怖いかも。


 ・・・・・・わぁ。


 真っ白な一面に、雪の笠を被った木々。


 そして、下で颯爽と滑っていくスキーやスノーボードの人。


 その時に雪しぶきが舞い上がって、キラキラと輝いている。


 そういえば・・・・・・今日はあまり風もないかも。


 寒いけど、暖かい。


 あ、あそこが下りる場所かな。


 わ、渡辺さん・・・・・・良かった、無事に降りられたみたい。


 んしょ、っと。


 こんな感じなんだ、ロープウェイって。


 慣れると楽しくなりそう。


 ・・・・・・渡辺さん、腰が引けてる。


 ん・・・・・・上級者と初心者コース?


 その看板から、左右にが斜面になっている。


 「じゃあ私は先輩方と滑るから、お母さんと亮は上級者コースを。」


 「はぁい。行きましょ、亮。」


 と、おばさんがスノーボードの先を上級者コースの方に向けると、


 「ぼ、僕、初心者コースがいい。」


 亮君が呟くような声量でそう言った。


 「そう?茜、頼める?」


 「えー?ちゃんと言う事聞く?」


 という佐久間さんの言葉に、亮君が首をガクガクと縦に振った。


 「じゃあ私、下で待ってるわねー?」


 と言いながら、そのまま上級者コースの方へ滑っていった。


 そして、佐久間さんがため息を吐き、


 「亮、離れないでよ?」


 亮君がコクリ、と頷いた。


 「すっごいいい子じゃん、亮君!」


 と、渡辺さんがズリッズリッ、とストックを使って亮くんの方に近づいたかと思うと、手袋をした手でその頭に手を置いた。


 「先輩、先輩。」


 と、佐久間さんが耳打ちしてきた。


 「あいつが変な事したら、遠慮なく注意して欲しいッス。」


 「変な事って?」


 「と、とにかくお願いしますッス!」


 「わ、わかった。」


 

 「あー!あーっ!」


 ズリズリズリ、と渡辺さんが斜面に沿って滑っていく。


 「先輩!もっとスキー板の角度を付けてくださいッス!はの字ッス!」


 「どっち!?ひらがな?カタカナ?」


 「カタカナじゃないかな。」


 意外だった。


 普段スポーツ万能な彼女が、苦戦している。


 一方の私は、ハの字で曲がったり、直角のままで曲がったりと、私としてはすんなりと飲み込んでモノにできたんじゃないか、なんて思う。


 普段はあんなにかっこいい彼女が、2枚の板に振り回されているのは・・・・・・その、彼女には悪いけど・・・・・・ふふっ。


 「あーっ!ダメダメダメ!行っちゃう!前に行っちゃう!」


 と、ズリズリと滑っていく。


 両足がプルプル震えてるように見える。


 「もっと足を広げて、前を狭めてくださいッス!」


 というアドバイスが上手く伝わっていないのか、再び同じ速度でスキー板に下へ引っ張られていく。


 「あ、あの、先輩。渡辺先輩を後ろから支えて貰ってもいいッスか?」


 「え?うん。分かった。」


 シャッ、シャッ、と滑って彼女の後ろに回り、その胴に手を回した。


 身長のせいか、彼女の胴が細く感じる。


 「上原先輩、ハの字をお願いしまッス。」


 あ、なるほど。それで渡辺さんに直に教える、って事か。


 「こうだよ、渡辺さん。」


 と、先端を狭めて後ろを広げる。


 「お、おおおっ!止まったし!」


 と、いつもの調子で彼女が叫ぶような音量で口にした。


 「危ないと思ったら、下で教えた通りに転んでくださいッス。」


 「りょ!」


 「分かった。」


 「じゃあ・・・・・・亮、先輩方の後ろから滑って。」


 彼女の言葉に、亮君は頷いた。


 「あたしが転んじゃったりしたら、助けてほしーし。」


 と、渡辺さんが亮君に八重歯を見せて笑った。


 ・・・・・・亮君、すごい速さでそっぽを向いた。


 渡辺さんの事が嫌いなのかな。


 「じゃあ、私先導するッス。後ろをマメに見ながら滑りますんで。」


 

 「いやー、楽しかったし!」


 車のエンジン音と、不規則に揺れる車内。


 外はすっかり暗くなっていた。


 「亮君、何度もありがと。助かったし!」


 と、彼女が助手席に笑いかけると、そこから亮君が顔を覗かせて、コクン、と頷いた。


 「そういえば・・・・・・どうする?3人とも、コンビニに寄る?」


 「え?コンビニ・・・・・・ですか?」


 「あれ?いつも帰りに寄ってるんじゃないの?」


 「ちょ、ちょっとお母さん!」


 と、彼女にしては大声でその場を制した。


 おばさんが、うふふ、と小さく笑いウィンカーを鳴らしたかと思うと、前の交差点を右へと曲がった。


 「あれ、コンビニじゃない?」


 渡辺さんの指さす方を見ると・・・・・・すごく明るいお店がそこにあった。


 それと、大きくて光る看板。


 「寄る?どうしよっか?」


 「あ、えっと・・・・・・したいッス。」


 「ん。そうしよっか。」


 「ふふ。分かった。」


 

 ピロピロピロリン


 「おでんにしない?」


 入店してすぐ、彼女がそう放った。


 ・・・・・・おでんかぁ。


 さっきまで雪山にいたし、スキーウェアのお陰で暖かかったけど、いつもより手が冷たいかもしれない。


 「賛成ッス。」


 「ん、分かった。」


 そしてそのままレジへと向かい、


 「先にあたしいい?」


 「わかったよ。」


 と、彼女がレジの前へと立ち、


 「おでんくださーい!」


 その言葉を聞いた店員さんは、おでんの蓋を開き、


 「お・・・・・・んじゃ、つくね2つと、がんもで!」


 それからからしをつけるかの店員さんの言葉に、


 「じゃあ・・・・・・2ついいです?」


 と、財布から小銭を取り出して清算を終えてカップ麺みたいな容器を受け取り、そこから横にはけた。


 「あ、じゃあ・・・・・・先輩、どうぞッス。」


 「え、いいの?」


 その言葉に甘えて一歩前に出て・・・・・・。


 おお、色々ある。


 王道の卵に、大根に、しらたきに・・・・・・ソーセージ?変わったのも入ってる。


 ん?餅巾着?


 そういえば、食べたことないかも。


 よし、決めた。


 「しらたきと、だいこんと、餅巾着をください。」


 そして、容器にそれら3つが入り、お出汁が注がれて・・・・・・。


 「あ、からしはいらないです。」


 それから清算を済ませ、横にはけた。


 「卵と、ロールキャベツと、豆腐くださいッス。」



 「あ、お帰り。もういいの?」


 「うん。ありがとお母さん。」


 「ありがとおばさん!」


 「ありがとうございます。」


 ふと気が付くと、いつもの席順・・・・・・私が真ん中になっていた。


 「んじゃ、食べよっか!」


 「ん、そうだね。」


 「了解ッス。」


 そして3人で頷き、


 「「「いただきます。」」」

 

 水滴の付いたプラスティックの蓋を開けると、むわん、とおでんの匂いが漂ってきた。


 そして、中にはお出汁に完全に浸ったしらたきと半分だけ漬かっている薄茶色の大根と、上の紐の部分がちょこんとはみ出た餅巾着。


 はぁ・・・・・・いい匂い。お出汁の元はなんなのだろう。


 さてと、どうしよう。


 最初はどれから・・・・・・うぅん。迷う。


 最初に口当たりが軽そうなものを食べて、徐々に食べ応えのあるものにしていこうかな。


 それとも、最初に大きいのをいって、そこから徐々に減速していこうかな。


 ・・・・・・よし、最初の方にしよう。


 となると、最初は・・・・・・うん、しらたきかな。


 一度、おでんの容器に蓋を嵌めて膝に置き、貰った割りばしの袋を破って中身を出して右手に構える。


 そして、ほんのり暖かい容器をまた持って、蓋を開ける。


 出汁から持ち上げると、ヒタヒタ、とそれから出汁が垂れていく。


 ・・・・・・汚さないようにしなきゃ。 


 もっと容器は手前に・・・・・・よし、大丈夫かな。


 よし、いこうかな。


 「んむ。」

 

 お・・・・・・おおっ・・・・・・口の中で一本一本がクニクニと歯を押し返してくる。


 なによりも、お出汁がものすごくしらたきに絡んでる。


 うっかりしたら口の端からこぼれちゃいそう。


 一口じゃ無理、と思って二口で食べきる計画を立てておいてよかった。


 よし、残りも・・・・・・。


 「んむ。」


 ん・・・・・・沁み沁み。


 よし、次は・・・・・・どうしよう。


 餅巾着と大根だったら、どっちが口触り軽いのかな。


 シンプルに考えたら大根の方だけど・・・・・・でも、白滝であんなに沁みてたもの。大根はきっと・・・・・・。


 ・・・・・・よし、ここは大根のポテンシャルを信じて、餅巾着にしよう。


 ジャボッ、と出汁から引き上げる。


 わ、ズッシリ。重さが箸に伝わってくる。


 お餅の重さかな・・・・・・?


 よし、いこうかな。


 「んむ。」


 もちゅっ、としたお餅の歯ごたえとジュルっとお出汁の染み出す感じ。


 衣・・・・・・油揚げか。すごく沁みてる。


 それに一口齧ると、衣から沁み出したお出汁がお餅との間にジュワっと沁み出して、まるで湖のようになっている。


 「んむ、んむ。」


 あっ・・・・・・食べちゃった・・・・・・。


 で、でも。まだ大根が残ってる。


 よし、最後。真打、いっちゃおう。


 持ち上げて、程よくお出汁を垂らせてから・・・・・・。


 「んむ。」


 柔らか・・・・・・歯で噛むのが勿体ないくらい柔らかい。


 わ・・・・・・ジュル、ってお出汁が鳴った。


 すごくお出汁が、見た目よりも何倍もしみ込んでる。


 そりゃそうか。白い大根が薄茶色に鳴るほどだもんね。


 ふふ、最後に残して大正解。


 「つくね食べる?亮君とおばさん。」


 「あらいいの?うふふ、ありがと。」


 「あ・・・・・・あ、ありがと。」


 と、前の二人に一本のつくねを差し出した。


 「亮君、もう一本食べたい?」


 「い、いやっ、だ、大丈夫、です。」


 「えー、そう?今日はお世話になっちゃったし!」


 と、もう一本を亮君に手渡した。


 「ありがと。」


 と、消え入りそうな声でその口から聞こえた。


 「んむ、んむ。」


 残りのお出汁をグビグビと飲んでしまい、ついに中身が空になってしまった。


 「「「ごちそうさま。」」」


 「それじゃ車、発進するわね。」


 そうしてエンジン音が鳴り始め、車が動き始めた。

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