お泊り会
本格的なカレー atお泊り前半
ゴトン、と列車が停車し、それから程無くしてプシュウ、と開く扉。
出口付近で立っていた人が数人出て行って、外から何人かの人が入ってくる。
その中に頭一つ抜けた、見慣れた金髪が見えた。
そしてこちらを見て、
「お、おはよー上原っち。」
と、横の席に座ってきた。
渡辺さんもこの列車に乗ったんだ。
いつもとは逆方向の列車。
月曜日とはいえ祝日だからか、それに加えて昼過ぎということもあってか、人の数はまばらで列車に乗ったときは心でつい小さくガッツポーズをしてしまった。
彼女はゴソゴソ、と鞄からスマホを取り出してLINEを起動させて「今乗った!上原っちも一緒!」という文章とカピパラが汗を掻きながら足をシャカシャカと動かしているスタンプを送信した。
それからすぐに、「了解です!」とアニメキャラが敬礼しているスタンプが送られてきた。
「さくさくの家かぁ。」
そう呟き、鞄の中を覗き込んでいるかと思えば、
「上原っちはパジャマどんなの持ってきた?あたしはねー・・・・・・。」
と、鞄の中をゴソゴソとさせてその中身をコチラに見えるように向けてきた。
「このストライプ柄のにしたんだし!」
彼女がシシ、と八重歯を見せる。
「でも寝れるかなー。あたし、枕変わるとダメなんだし。」
「そ、そうなの?」
「そうなの。ホテルとか旅館とか、なかなか寝れない派だし。」
そ、そうなんだ。
彼女からの誘いだから、てっきりそういうのは彼女大丈夫なのかと勝手の思ってしまっていた。
「渡辺さんにも繊細な所があるんだ。」
「ちょっ、失礼だしっ!意外とあたしアレだし!」
そう言われ、私の二の腕に彼女の手が伸びてきて・・・・・・親指と人差し指で摘ままれた。
くりくりと執拗に攻めてこられ、絶妙なむず痒さが広がってくる。
「ご、ごめん。」
その言葉で彼女のその攻撃は止んだ。
「次は両腕で行っちゃうし。」
と、両手の親指と人差し指の腹を目の前で何度も付けたり離したりを繰り返された。
両方で来られたら、笑い声を抑えられる自信がない・・・・・・。
その時、もうそろそろ列車が駅に着くとのアナウンスが流れた。
「ここだっけ?降りるとこ。」
「うん。そうだよ。」
「ここが私の家ッス。」
「お、一軒家なんだ。うらやまー。」
お洒落なレンガ模様の黒の壁に、一部ガラス張りの窓。
2階にはベランダがあり、そこからは男性用の下着・・・・・・って、見たらマナー悪いよね。いけない。
そして佐久間さんがガチャ、と玄関への扉を開く。
「さ、どうぞ。」
彼女の後からその中へとお邪魔する。
「お、お邪魔します。」
「こんちわー。」
ん・・・・・・柑橘系?オレンジみたいな匂いがする。
あ、これかな?液体の入った小さい瓶に何本か竹串が刺さっている。
そしてスタスタ、と誰かが歩いてくる音。
「いらっしゃい。」
エプロン姿の女性・・・・・・佐久間さんのお母さんが微笑んでくれた。
佐久間さん、お母さんの目元と髪形を受け継いだのかぁ。
「お母さん、亮は?」
「亮なら自分の部屋で・・・・・・ゲームかしら?なんの物音しないし。」
「そっか。ご飯もうすぐだよね?」
「あと・・・・・・一時間くらいね。伝えてくれる?」
そして私たちの方を見て、
「カレー、二人とも大丈夫?」
「お、あたし好きッス!」
「あ、ありがとうございます。」
するとさっきよりも嬉しそうに微笑んでくれて、
「うふふ、ありがと。」
と軽やかな足どりで美味しそうな匂いのする方向へ消えていった。
佐久間さんも笑ったら、あんな笑顔になるのかな。
「私の部屋は2階ッス。」
靴を脱いで揃え・・・・・・む、気になる。
渡辺さんの靴をそれを横にきちんと踵とつま先を合わせて並べ、二人の後ろについていく。
キシキシ、と階段の僅かに軋む音が耳に届く。
そして2階へとたどり着くと、そこには短い廊下と左右に二つずつ扉が付いていて、そのうちの3つのドアにはネームプレートが掛かっている。
その内の一つのドアを除いてローマ字でryo、akane、ayumiと文字が書かれたネームプレートが掛けられている。
「あ、ここが私の部屋ッス。」
と、akaneのプレートが掛かったドアを開いた。
「先に入っててくださいッス。」
そう言ったかと思えば、彼女は次にryoのプレートが掛けられたドアをノックしてその部屋の中へと入っていった。
「ね、ね。上原っち。これ見て!」
渡辺さん、もう部屋の中にいる。速い・・・・・・。
ん・・・・・・それって・・・・・・。
部屋の中には、細長い黒い球体がテーブルの上に乗っている。
部屋の中は落ち着いてどことなく可愛らしいテーマの雰囲気を作り出しているものだから、その黒の卵の異質さが目立つ。
「な、何これ?」
んっと、鼻みたいな突起と、眉毛みたいな凹み、そしてやたらとリアルな形の耳がくっついている。
「すっご・・・・・・。あたし、これ知ってる。」
触り心地はマネキンみたいに硬くて、耳の形は本当に人の耳みたい。
自分の耳を触りながらそのひだや耳たぶに当たる部分なんかを触り比べしているとそれがわかる。
「これ、100万くらいするやつだし。」
「えっ。」
ひゃ、ひゃく・・・・・・?
だ、大丈夫だよね。少し乱暴に触ったかもだけど、大丈夫だよね?
「お待たせしま・・・・・・」
と、佐久間さんが入ってきたが、その体がピタリと止まった。
「あ、あの。えっと。」
口をパクパクを動かしている。
「そ、その。し、ししし親戚がゆ、譲ってくれて・・・・・・。」
すごく瞬きをしてる。
「え、うらやまー。好きな音撮り放題じゃん!」
と渡辺さんが言ったかと思えば、
「どうやって音とんの?これって。」
立ち上がり、佐久間さんの手を引っ張って来た。
「っしゃぁ!ジョーカー!上がり!」
「渡辺さん。それ禁止上がりだよ。」
「えっ。知らなかったし・・・・・・。」
今日は機材の調子が悪いとの事らしく、急遽こうしてトランプの大富豪をしているのだけど・・・・・・。
「三人だと、大富豪ってあんまり盛り上がらないね。」
「そ、そうッスね。」
大富豪自体かなり久しぶりにしたけれど、やっぱり3人は少ないような気がする。
あと一人、誰かいたらいいのだけど、そう簡単にはいかないよね。
「じゃ、じゃあババ抜きなんてどうッスか?」
「う・・・・・・あ、あたしはババ抜き嫌かもだし!」
渡辺さん、ものすごく表情に出てたもんね。ジョーカー持ってる時。
「ほかに何か盛り上がるゲームって・・・・・・。」
何かあったかな。
・・・・・・うぅん。
その時、部屋のドアが少し開いたような気がした。
それからタタタタッ、と誰かが走る音。
「もー、亮・・・・・・。」
と、佐久間さんがこめかみのあたりを人差し指で掻きながら立ち上がる。
「大富豪ってさ、あと一人いたら面白くなるゲームなの?」
「え?あ、うん。大分変わると思う。」
「お。ならさ、亮ちゃんも誘わない?どう?」
なるほど。いいかもしれない。
そうしたら駆け引きなんかも生まれるし、なにより最初に配られるカードの枚数も丁度いい数になりそう。
「えっ・・・・・・で、でも。あいつ結構生意気で・・・・・・。」
「いーしいーし!あたしは気にしないよ。」
「で、でも・・・・・・。」
ちらり、と彼女が私の方を見てきたので、
「うん。私も大丈夫だよ。」
そうして、佐久間さんは頬を掻きながら部屋から出ていき、廊下からスタスタという足音が耳に届く。
「さくさく弟いたんだねー。なんか意外だし。」
「う、うん。」
普段は伏し目がちな彼女だけど、亮くんと話す時とかは姉の顔になったりするのだろうか。
彼女には悪いけれど、ちょっと楽しみ。
程なくして二人分の足音が聞こえてきて、ガチャリ、とドアが開く。
「そ、その。連れてきたッス。」
スリスリ、とカーペットを歩く2人分の足音と、彼女の後ろから姿を隠す様にして男の子が歩いてくる。
んっと・・・・・・小学生?そんな雰囲気がする。
「お、さくさくと目元が似てるし。」
あ・・・・・・もっと後ろに隠れた。でも、チラチラとこっちを見ているような。
「亮ちゃんかわいーし!ほら、大富豪しよしよ。」
と、彼女が立ち上がっては半ば強引に亮くんの手を引っ張って隣に座らせた。
「あたしさ、大富豪やったことなくてさー。ルール分かる?」
す、すごいな渡辺さん。こうしてみると渡辺さんのフレンドリーさって私たちには絶対に真似できないんだと改めて分かる。
「あ、あの。先輩。」
渡辺さんと亮くんを尻目に、佐久間さんが耳打ちしてくる。
「わ、渡辺先輩の胸ボタン、外れてるッス。」
「え?」
あ、ホントだ。一番上が一つ取れてる。
彼女はそんな事とは露知らず、時には胸が亮くんに触れ合いそうになったりしている。
「そ、その。亮が変な事しようとしてたら教えてくださいッス。」
へ、変な事って・・・・・・。
亮くん、普段はどんな子なんだろう。
「ぃやったし!大富豪っ!」
う・・・・・・また負けた。
渡辺さん、スポーツもすごいけどゲームも得意なのかな。
今日で大富豪初めてなのかすら信じられなくなる。
「亮ちゃんのおかげだし!ありー。」
と、八重歯を見せた。
亮くんはと言うと・・・・・・俯きながら口をもごもごとさせている。
と、その時。
「できたわよー!」
という声が下から聞こえてきた。
「んじゃ、いきましょうか先輩。」
部屋を出て階段を降り、佐久間さんの後ろをついていく。
歩いていくにつれて、鼻がムズムズとするスパイスの辛さとお腹を刺激する匂いが強くなっていく。
そうしてその匂いを発するキッチンへとたどり着くと、わ・・・・・・底の深い鍋。
圧力鍋かな。10人分くらいのルーが入ってそう。
すると突然、亮くんが走り出し近くにあった茶箪笥を開けたかと思うと中から6つの大きな皿を取り出しては、鍋をかき混ぜているおばさんの元へと持っていった。
「あら、亮ありがとう。」
と、おばさんが傍にあった炊飯器の釜・・・・・・あれ?
炊飯器が2個ある。
そういえば、2階にもう一つネームプレートのかかった扉があったっけ。
じゃあ、二つって普通なのかな。
そして、その手にシャモジをもち、米を掬って1回、2回、3回、よん・・・・・・。
多くない?
そしてそこにルーがおたま4杯分掛けられた。
あ、佐久間さんの分か。
そういえば大食いだもんね佐久間さん。
「じゃあ順番に・・・・・・上原ちゃーん。」
えっ、あ・・・・・・。
「は、はい。」
帯状山脈の様に盛り上がった米と、そこからとろりと溶岩の様にながれていくカレールー。
それを受け取る・・・・・・おもっ。
こ、これ、食べきれるのかな。
そうして全員分の盛り付けを終え、席へと付いた。
「「「「いただきます。」」」」
スプーンで程よくルーのかかった米の地帯を掬い、
「んむ。」
あ・・・・・・美味しい。
カレーといえばインドだけれど、カレーライスというご飯との組み合わせは日本独自の物なんだっけ。
元々カレー、というのは「スパイシーでココナッツでとろみをつけた汁」を現地の言葉で言い表した物が語源だとか。
必須のスパイスとして茶色のコリアンダー、黄色のターメリック、赤色のレッドペッパー、を基本として他に匂い消しや香りだしなどの用途に合わせて他のスパイスを使う。
・・・・・・なんて事を考えるのが面倒になってしまう。
「んむ、んむ。」
市販のカレールーじゃなくて、一からスパイスで作ってあるんだろうな。
色々なスパイスの匂いと味が口の中で手取り合って、お互いにその存在を鼓舞し合っている。
辛いのに、次の一口が欲しくなる。
手が止まらない。
「んむ、んむ、んむ。」
そういえば、お母さんのカレーもこんな味がしたっけ。
あの時はまだ私は小さかったから、確か「辛い」「不味い」なんて言っちゃったんだっけ。
それからカレーの日は無くなってシチューの日になったんだっけ。
兄さんはカレーが好きだし、悪い事をしちゃってたな。
今だと、こんなに美味しいんだ。
「ん・・・・・・。」
視界が霞んでいたので、親指で両目を拭った。
今度、兄さんが帰って来たときに作ろうかな。
「ふぅ。」
でもいくら食欲が進むとは言え、この量は多いかも・・・・・・。
食べ切ったらもう何も入らないや。
すると、おもむろに佐久間さんが立ち上がり、炊飯器のフタを開ける。
え、嘘・・・・・・。
な、7回?7回米を掬った・・・・・・。
る、ルーが、湖みたいに溢れてる。
一方、渡辺さんは・・・・・・皿のカレーは残り僅かになっているけれど、グラスを傾けて水をちびちび飲んでる・・・・・・。
「す、すごいね佐久間さん。」
「そ、そうッスか?子供の頃からこの量ッス。」
「そ、そうなんだ。」
続いて、亮くんが席から空の皿を手に立ち上がり、炊飯器へと向かっていった。
「ところで、二人はどうやって茜と知り合ったの?」
と、おばさんが両手を組んでそこに顎を乗せて尋ねて来る。
「あ、えっと。パソコン教室で出会いましてそこから・・・・・・。」
「そうなのね~。この子パソコンが得意だものね。この子、実は最近youtubuを始めて「ちょっとお母さんっ!」
「あ・・・・・・ごめんなさい茜。」
そうして、夕食の時間は佐久間さんと亮くんの物凄い食べっぷりと、全く進まない渡辺さんの食べっぷりを眺めて過ぎて行った。
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