高校2年の秋学期

どら焼き at新学期1日目

 『列車が到着します』という文字が上にある電光掲示板に表示される。


 久しぶりに聞くなぁ。この音声アナウンス。


 周りにいるスーツの人や、中学校の制服だったり、私と同じ制服を着た人達。

 

 ・・・・・・夏休みが少し恋しい。


 ん、来た列車。


 プシュウ、とドアが開いて・・・・・・わ、ぎゅうぎゅう。


 夏休みの間に乗った列車は空いてたんだ。


 人の波を・・・・・・んしょっと。


 ん、きつい。


 「っとと。」


 丁度列車が発車し始めたらしく、ギリギリでなんとかつり革を掴めた。


 ふぅ。


 忘れ物は大丈夫かな。


 宿題は昨日の夜に一通り鞄の中に入れたから大丈夫だとは思うけれど。


 やったのに忘れるのはなんとなく気持ち悪いし。


 ・・・・・・できることなら、今すぐ鞄の中身を見て確認したい。


 「あっ、先輩。おはようございます。」


 声のした方を見ると、佐久間さんが小さく手を振っていた。


 ん・・・・・・ちょっと遠いな・・・・・・。


 「すいません、失礼します。」

 

 っとと。ふぅ。


 「おはよう、佐久間さん。」


 ぺこりと小さくその頭を縦に振る。


 それと、目の前の席に俯いて座る渡辺さんの姿があった。


 お祭りの時のヘアスタイル、三つ編みのままだった。


 「渡辺先輩、昨日夜更かししてたみたいッス。」


 「え、夜更かし?」


 今日学校だというのに、いつもより早めに帰れるとはいえ大丈夫だろうか。


 「はい。寝てなかったらまだ休みだし!と言ってたッス。」


 「そ、そうなんだ。」


 ということは徹夜?・・・・・・大丈夫かな。


 「なんとなく分かるッス・・・・・・日曜日とか月曜日が嫌で遅くまで起きたくなります。」


 そういうもの・・・・・・なのかな。


 「それにしても、渡辺先輩って、今の髪型だとあのキャラみたいッスよね。」


 「あのキャラ?」


 「はい。これです。」


 と、佐久間さんがスマホを見せてきた。


 そこには白い鎧を着こんだ女性キャラが、躍動感のあるポーズを取っている。


 そして髪型は三つ編みで、それのたなびく様がポーズの躍動感に一役買っている。


 「先輩ってハーフですし、騎士のコスプレしたらかっこよさそうッスよね。」


 騎士かぁ。


 パカパカと馬を走らせて、馬上で槍を振るう騎士。


 彼女の身長と相まって、確かに似合いそう。


 「うん、そうだね。」


 その時、列車のアナウンスが耳に届いた。


 降りる駅の一つ前の駅に止まるらしかった。


 「渡辺さん、起きて。」


 彼女の肩を掴み揺する。


 頭がユラユラと揺れた後に「んぅ。」と声が聞こえた。


 「んぁ・・・・・・おはよー上原っち。」


 そして鞄を開き、何かを取り出そうとして・・・・・・あれ、手が止まった。


 「ね、ねぇ。宿題って今日提出だっけ。」


 「え?うん。そうだよ。」


 「数学もだっけ?」


 「うん。そうだね。」


 「・・・・・・数学の先生って、怖いっけ?」



 ピロピロピロリン


 「あー・・・・・・。」


 わ、まだ肩が沈んでる・・・・・・。


 「わ、わかんないところがあったらラインとかで教えるよ?」


 「うぅ、助かるし。」


 そばにあったカゴを一つ取って腕に通す。


 「まさか、プリント3枚も出されるとは思ってもなかったし!」


 「う、うん。」


 「さ、3枚もッスか?すごい量ッスね。」


 「でしょー?きっついし・・・・・・。」


 ふと思い返せば渡辺さん、数学の授業中はいつも寝てるもんね。


 先生がたまに彼女の事をジッと見ていたような気もしたし。


 「そういえば、今日は誰の番だっけ?」


 「あ、そうッスね。誰でしたっけ・・・・・・。」


 「んっと・・・・・・。」


 誰だっけ。


 夏休みに入る前だから・・・・・・ううん、だめだ思い出せない。


 「それじゃあ、今日は私の番ということにしない?」


 「え、いいの?」


 「分からない事考えてもしょうがないしね。」


 「お世話になるッス、先輩。」


 それに、商品のラインナップも変わっているかもしれないし。


 とは言っても、こうしてみる限りではどこがどう変わったのかが思い出せない上に分からないのだけど。


 取り合えず、自分の体に訊ねつつ店内を歩いていく。


 ・・・・・・久しぶりの学校だったし、頭が少し疲れているような気がする。


 ということは体が求めているのは甘い物かな。


 甘い物、甘い物。


 取り合えずお菓子コーナーに入ってみる。


 あ、見たことがないスナック菓子。新発売のかな?


 でも今日は・・・・・・スナック菓子の気分じゃないかも。


 「お。」


 目に映りこんだそれを見た時、私の足は止まり、右手を伸ばしていた。


 「お、どら焼き?いいじゃんいいじゃん。」


 「甘い物いいッスね。」


 どら焼き。


 その形が歌舞伎かぶきなどで使われる楽器、銅鑼どらに似ていることからその名前が付いたとされるお菓子。

 江戸時代にもどら焼きはあったのだけど、当時のそれは今のどら焼きとは違った形をしていて、生地が薄くてまるで煎餅せんべいのような見た目だったらしい。

 源義経とそのお供の弁慶が、旅の途中に人々に振舞った、という逸話もあったりするんだっけ。


 厚い生地に、それに挟まれたあんこ。


 「じゃあ、これでいいかな?」


 二人の頷きを見てから、そこから新たに二つ取り出してレジへと向かった。



 「「「いただきます。」」」


 パッケージをピッと開き、中身を取り出す。


 おぉ、厚い。


 表面の焦げ茶色の生地が眩しい。


 あれ、よく見たら生地の端っこに線が引かれている。

 モチーフにした銅鑼の形に寄せてるのかな。


 そして、挟まれた間を除くと、内側の黄色の生地、そしてあんこが覗かせている。


 さすがにこれだけだとどれ程あんこが入ってるのかが分からないな。


 ん、ちょっと上と下の皮がズレてる。ちょっと気になっちゃう。

 でも、直すのもはしたないかな・・・・・・。


 よし、いこうかな。


 「んむ。」


 お、粒あん。小豆のつるつるとした皮が舌に触れてきた。


 ん、ふわふわ。


 そしてほんのり焦がしたような味と、甘い味。


 あずき特有の甘い味と少し苦い香りが、鼻から抜けていく。

 

 そして、あんこの量。


 見ただけじゃ分からなかったけれど、こうして一口齧ると目に見えて真ん中に餡が詰まっていて、そこから端へ向けてなだからな曲線を描いている。


 端に入っている餡の量と比べ、真ん中は2倍の厚さがある。


 よし、いっちゃおう。


 「んむ。」


 んん、全部の歯にあんこがぶつかってきた。


 時折触れるツルツルとした感触に、それからすぐに感じるあんこの甘い味。

 

 量が量だけに、ものすごく濃厚な太い香りが、そのまま鼻から出ていく。


 美味しい。


 「そういえばさくさく。さくさくは宿題大丈夫だったの?」


 「あ、はい。昨日の夜に確認したんで大丈夫でしたッス。」


 「う。あたしも確かに入れたと思ったんだけどさ。なんでだろ、意味わかんないし。」


 「そ、そうッスね。」


 そうして、最後の一口を口に入れ、今までよりも長めにあんことふわふわを味わった後に、ゴクンと飲み込んだ。


 「「「ごちそうさま。」」」


 その時、いつもの・・・・・・久しぶりに聞くいつもの列車のアナウンスが聞こえた。


 「それじゃあ帰ろうか、二人とも。

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