もっちり冷やしみたらし at 夏祭り

 「佐久間ちゃん、どんな髪型がいい?」


 と、まこ姉が椅子に座る佐久間さんの髪をくしでときながら尋ねている。


 「あ、えっと・・・・・・じゃあお任せってできますか?」


 彼女がそう言い終えると、姉は「ウフ」とその言葉を待っていましたかのように口から笑みを漏らし、用意していたハサミを手に持ったかと思うと素早く髪をチョキチョキさせていった。


 「さくさくー、浴衣何色がいい?」


 渡辺さんはと言うと、目の前のテーブルに並べられた浴衣を一つ一つ手に取っては目を見開いている。


 黄色に青に緑に、金魚や水玉の模様の物もある。


 お祭り当日。こうして3人で私の家で集合し、夕方一緒にお祭りへ行くという事になった。


 そんな時、姉は徐に自前のものらしいハサミやらドライヤーやら浴衣やらを持ってきて、ウキウキとした様子で、


 「私にコーディネートさせてくれないかしら?」

  

 内心「うげ」と思う私とは裏腹に、二人はソワソワとした様子で「お願いします」と姉に頭を下げた。


 そう言うわけで、今は最初に佐久間さんの髪を整えているのだけど・・・・・・。


 「あ、私はえっと・・・・・・赤いのがあったらそれがいいッス。」


 「ん、りょかいー。」


 そうして、そこに並んでいた浴衣の中から椿かな?それがガラになっている。渡辺さんがその浴衣を一つ手に取り、テーブルの端へと置いた。


 「上原っちはどうする?あたし的にはこれとか似合うと思うし!」


 と、渡辺さんが手に取ったのは緑色の布地にトンボが飛んでいる浴衣だった。


 「なんか、緑って静かな天才ってイメージがあるから、上原っちとイメージぴっただし。」


 天才って・・・・・・。


 「そ、そうなの?」


 「だし!あんま普段喋らないけど、鋭い一言をズバッとというのがかっこいいし。」


 そ、そうなのかな・・・・・・。


 へへ。


 「ちなみに、あたしに似合いそうなのは何ー?」


 う、そんなに真っ直ぐな目で見られると・・・・・・。


 とりあえず、左上から順に見ていく。

 

 白色・・・・・・はなんか違うかも。


 黒・・・・・・は無いね。渡辺さんっぽくない。


 桃色に、黄色に、それに・・・・・・。


 んと、えっと・・・・・・。


 「あ、これ・・・・・・。」

 

 目に留まったそれを指さし、手に持ち広げる。


 「お、かわいいし。綺麗じゃん。」


 水色の布地に、赤色の花火が所せましに咲いている浴衣。


 その色の組み合わせが、なんとなくアメリカ国旗の星条旗に見えた・・・・・・なんて実は安直な理由で選んだのだけど。


 彼女は依然として、他の浴衣に手で触れては口角を上げて歯を見せたり、私の肩を叩いて「これかわいくない?」といって広げたりしている。


 ・・・・・・私がどれを選んでも、彼女はその浴衣を着てくれてたのかもしれない。


 「ふふ。」


 なんであんなに悩んでたのかが可笑しくなり、つい口から声が漏れてしまった。


 「はい、できたわよっ!佐久間ちゃん。」


 「あ、はい。」


 「っと。後ろはこんな感じよ。どお?」


 そんな会話が耳に入りそちらを見てみると、姉が折り畳み式の鏡を彼女の後ろに当て、前の大きな鏡にそこに映ったのを彼女に見せているらしい。


 「あ・・・・・・はい。ありがとうございます。」


 ブオォォ、というドライヤーの音が暫くした後に椅子の回る音、そしてスタスタと彼女がこちらに戻ってきた。


 「うわ、めっちゃかわいいし!いーじゃん!」


 「そ、そうですか?」


 と、俯きがちに前髪をくるくると弄っている。

 

 下に向いたポニーテールに、カールの程よくかかった前髪。


 前の髪型は可愛らしかったが、こちらは可愛いの中に大人な雰囲気が混ざっているような気がした。


 「じゃあ次は・・・・・・上原っちいったら?」


 「え?」


 「あれ、嫌だった?」


 予想外だった。てっきり二人だけが髪型を変えるものと思っていた。


 「えっと、嫌じゃないけれど・・・・・・。」


 なんとなく、あの人に髪を触られるのは嫌だし。


 「それに、お祭りの時間に遅れちゃうかもだし。」


 すると、渡辺さんが私の横にやってきて、グイと両脇に手を入れてきた。


 むず痒さの不意打ちに思わず立ってしまう。


 「ダイジョブダイジョブ!ほら今よりもっとかわいくなりなって!」


 そのまま背中をグイグイ押され、姉がウキウキとした様子で待ち構える椅子へと座らされた。


 そしてすぐにスタスタ、と彼女が浴衣の方へと去っていった。


 「あ・・・・・・。」


 咄嗟に手を伸ばしてしまった。


 「うふっ。じゃあ始めるわね?」


 う・・・・・・。


 頭全体を上から下に撫でられる。


 「もうっ。そんなに嫌な顔しないでよっ。傷ついちゃうじゃないっ。」


 なんて事を言いながら、既に両手でクシとハサミを扱って髪を切り始めている。


 「その女性口調やめてよ。」


 「え、嫌よ。こっちの方が私的には自然なんだもの。」


 そんなことは分かってるよ。


 「だぜ口調のお兄ちゃんの方が、私にとっては長いんだから。」


 「ま、それはそうよね。」


 あちらからは二人の楽しそう・・・・・・いや、楽しそうに話す渡辺さんの声と、佐久間さんの照れてるように声が小さい話し声が聞こえて来る。


 「まあ、でも。真誉が元気そうでよかったわ。」


 「元気だよ。」


 「んーん。聞いたわよ?絶食で病院に運ばれたんでしょ?」


 う・・・・・・。


 耳に入ってたのかぁ。


 「うん。そうだけど。」


 「真誉、私が家にいた時は勉強勉強だったじゃない?だからもしや、って。」


 チョキチョキ、と前髪が整えられる。


 「でも。この夏の間の真誉の様子を見て、安心したわ。」


 「早く終わらせちゃってよ。」


 「うふっ。私ともこうして会話してくれるしね!」


 と、鏡越しに兄の自然な微笑みが映った。



 「やっぱすごい人だし、お祭り。」


 普段の髪から、三つ編みのキラキラとした金髪となった彼女が「ふぅ」と口から出す。


 確かに。うっかり誰かの足を踏まない様に気を付けないと。


 「あっ・・・・・・りんご飴っ!先輩方食べませんか?」


 佐久間さんがぴょこぴょこと前髪を揺らしながら指を指す。


 小さな赤いリンゴの周りに、透明な飴が纏わりついている。

 それが何十個と並んでいた。


 「あ、いやー・・・・・・あたしはやめとくし。」


 渡辺さん、さっき買った綿菓子を小指ほどに引きちぎってから口に含んでる・・・・・・。


 「じゃあ私も買ってくるね。」


 「分かった。ここで待ってるし。」


 そうしてその屋台へと近づき、


 「りんご飴4つ下さい。」


 よ、よっつ?


 「え、よっつも?」


 一つは私の分、もう一つは佐久間さんの。あと二つは・・・・・・?


 私は一つ分の、彼女は3つ分のお金を渡して4つを受け取る。


 「一つは渡辺さんに?」


 「あ、えっと・・・・・・二つは家に帰ってからに!」


 そんなに好きなんだりんご飴。


 屋台から渡辺さんの方へ戻ろうと・・・・・・人混みの中でも頭一つ分抜け出てる。


 大人の人も沢山いるのに、それでも存在感があるなぁ。


 「お、おかえりー。次なにする?」


 再び多製の人の流れに従ってゆっくりと屋台を見て回っていく。


 「ね、二人とも。どっちか一口ちょーだい。」


 「あ、私のでよかったらどうぞッス。」


 「ありー。んじゃ・・・・・・。」


 「先輩、一口が大きいッス。」


 「え、ダメ?この大きさ。」


 「ちょっとダメっす。」


 そうして歩いていくと、


 「お、金魚すくいあるし。やらない?」


 金魚すくいかぁ。


 お母さんとお父さんと来た時にデメキンを掬って、飼いたいって我儘を言ってお父さんに水槽とか一式を買って貰ったっけ。


 「ん、やろっか。」


 「あ、じゃあ私荷物持ちするッス。」


 そして、屋台へと行き、一回分のポイとお椀を受け取る。


 佐久間さんへりんご飴を手渡し、水槽に向けてしゃがむ。


 えっと、破れやすい方は・・・・・・こっちだね。こっちは水に付けたら破れやすいから上にして・・・・・・


 あ、お椀に少し水を・・・・・・よし、こんなもんかな。


 ・・・・・・あの近所、浅いところを泳いでる。


 よし、いこうかな。


 パシャァ


 「よしっ。」


 「マ?上原っち、やるじゃん!」


 「渡辺さんは何匹掬ったの・・・・・・。」


 と思ったら、もう渡辺さんのはビリビリに破れてた。


 「ね、ねぇ渡辺さん?」


 「ん?」


 「その、枠に残った紙じゃもう無理だと思うよ・・・・・・。」


 

 ピロピロピロリン


 傍にあったカゴを一つ取り、持ち手を腕に通す。


 「んっと・・・・・・あと10分で花火スタートッスね。」


 「よし、じゃあ急ぎで買っちゃおうか!」


 と、いつもよりも早い足音で店内を歩いて、でも見落とさない様に歩いていく。


 「もっとお金、節約しとけばよかったし。」


 「近くにコンビニがあって良かったよね。」


 「ほんとそれだし。」


 花火を見ながらかぁ。


 となるとやっぱり、夏で、ひんやりしていて、それで・・・・・・。


 お。


 「二人とも、これなんてどう?」


 と、スイーツコーナの商品棚にあったそれを手に取った。


 「お、いいじゃん!すごく花火っぽいし!」


 「私も賛成ッス。」


 冷やしみたらし。


 そういえば、みたらしは漢字で「御手洗」と書いて、元々は神社の・・・・・・。


 「よし、買お!」


 あ、うん。そうだね。


 そのまま一人一つずつ持ちレジへと向かった。



 「お、この辺り人少ないしいいんじゃない?」


 そしてそのままそこにあった長イスに3人で座った。


 その時。


 ヒュー・・・・・・


 「お?」


 パァン


 「間に合ったみたいッスね。」


 わぁ・・・・・・近くで見ると、こんなに綺麗なんだ花火って。


 「よし、んじゃ食べよっか!」


 あ、そうだった。買ってきたんだったね。


 そして、


 「「「いただきます。」」」


 一緒について来たプラスティックのスプーンを袋から出し、みたらしのフタを開ける。


 おぉ。濃厚な醤油の匂い。


 そして、透き通った茶色に白玉が遣っている。


 スプーンでちょん、とみたらしをつつくと、それがぬとーっと付いてきた。


 そして、スプーンでみたらしに浸かっている白玉を掬う。


 む・・・・・・上手く掬えない。白玉のもちもちが邪魔をしてくる。


 よし、掬えた。


 白玉の白い肌に、みたらしの色で化粧されていて、その色に吸い込まれそう。


 よし、いこうかな。


 「んむ。」


 お、冷た。


 そして、匂いでの存在感だけでなく、味でも存在感を主張してくるみたらし。


 でも、噛んでいく内にその味が少しづつ薄くなっていって、今度は白玉が前に出て来る。


 もちもち感と、口の中に残っていたみたらしの醤油と焦がし砂糖の香り。


 よし、もう一つ。


 「んむ。」


 ん、冷たいけれど白玉までは固くなってなくて、あんみつだけがすごくひんやりとしている。


 そのおかげで、口の中では最初はひんやりだけれど徐々に体温に近づいていっているような感触も楽しいかも。


 美味しい。


 ヒュー・・・・・・


 パァン


 「たまやー。」


 「そういえばそのたまやってさ、何屋さんだし。」


 「その、えっと・・・・・・わ、わかんないッス。」


 「そういえば鍵屋っていうのもあるし。あれは本当の鍵屋?」


 「そ、そうなのッスかね?」


 「上原っち分かる?」


 「んっと・・・・・・ごめん、わかんない。」


 「そっかー。」


 そうして、花火が終わり、最後の白玉を口に入れる。


 「「「ごちそうさま。」」」


 「あー・・・・・・夏休み終わるし・・・・・・。」


 「そッスね・・・・・・。」


 「うん・・・・・・。」


 思えば、去年の夏休みは何をしていたのか思い出せない。


 でも、今年は。


 「楽しかったよね。」


 「だねー。」


 「そッスね。」


 きっと、来年も、そのまた先も覚えてるんだろうなぁ。


 「じゃあ、帰ろっか二人共。」

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