醤油ラーメン風焼きそば at海

 「あ・・・・・・潮の匂いがするッスね。」


 佐久間さんがスマホの手を止めて、窓の方を見ている。


 開いた窓からはウミネコ?のミャアミャアという鳴き声が聞こえて来る。


 「あと10分くらいで着くから、皆準備しておいてね。」


 青になった信号を見て、兄さ・・・・・・姉が右にハンドルを切る。


 「それにしても、マコ姉ってすんごいセンスだし!」


 渡辺さんがゴソゴソ、と膝に置いてある鞄をまさぐり水着を取り出した。


 「うふふ、ありがとっ!気に言ってくれて嬉しいわ。」


 この間、水着を買いに行った時、姉は私たちの水着を選んでくれた。


 いや、「コーディネーターの血が騒ぐの!」とやたらと目をキラキラとさせていたから断りづらかったんだけれど。


 でも、その言葉の通り姉のセンスはすごくて、ズラリと並んだ水着の中から私を含む3人にバッチリ似合う水着を選んでくれた。


 水着って思いのほか種類が多くてあれやこれやに目移りしてしまっていたのに、ものの数分で姉は探し当てた。


 こういう場面を見ると、すごい人なのだとは思う。


 「なぁに?真誉、あたしの顔に何かついてる?」


 ちらりと目線だけでこちらを見て、ウフ、と笑った。


 すごい人・・・・・・なんだよね。


 

 「お、あれじゃない?更衣室。」


 渡辺さんの指さす方向を見ると、シャワー室と書かれた建物があり、そこから水着の人がぞろぞろと出てきている。


 それを見て姉は、


 「じゃあ私は車からシートとパラソルを出して組み立てておくから、着替えてらっしゃい。」


 と、駐車場の方へと歩いて行った。


 そして、空いているシャワー個室へと入り、鞄の中から水着を取り出す。


 えっと確か・・・・・・「タンキニ」っていう水着だっけ。

 肌の露出が少なくて、一目見ると夏用の服みたいにも見える。

 

 んっと・・・・・・よし、着れたかな?


 シャ、と個室のカーテンを開けて外に出た。


 水着に着替えてから、日差しがなんだか強くなった気がする。


 腕が焼かれてるみたいに熱い。


 ここじゃ入る人の邪魔になるからもう少し・・・・・・。


 わ、砂あっつ。


 小刻みに足踏みを繰り返してその熱を逃がしていく。


 「あ、先輩。お待たせしたッス。」


 最初に出てきたのは佐久間さんだった。


 確か、ワンショルダービキニっていうものだっけ。

 黒縁のフリルがひらひらとしていて、かわいい。


 なんとなくだけど、佐久間さんっぽい水着な気がする。

 

 「あっつ・・・・・・。」


 砂に足を付けた瞬間、その口からそう漏れた。


 その反応に思わず、少し笑いが吹き出してしまった。


 「お、二人とも早いし。」


 と、渡辺さんが出てきた。


 上はビキニで、下はホットパンツみたいな水着。

 黒を基調としたデザインで、どちらかというとかっこいい、という印象がある。


 高身長とハーフな顔立ちいうのもあって、なんとなく話しかけづらい雰囲気。


 「あっつ!あっついし砂!」


 砂に足を踏み入れた瞬間、彼女がその長い脚をバタバタとその場で足踏みさせた。


 さっきまで感じていた雰囲気と相まって、つい噴き出してしまった。


 

 「んー!つめたっ・・・・・・。」


 渡辺さんが一目散に海へとダイブしたかと思うと仰向けで浮かんで来て、足と手をパシャパシャと動かしている。


 「ほら、二人も早く来るし!」


 プカプカと気持ちよさそうに浮かんでいて、うっとりとした顔を浮かべている。


 「では、失礼して・・・・・・。」


 と、佐久間さんがゆっくりと海へと入っていった。


 その体が海にへと徐々に飲み込まれていき、彼女の体が腰あたりま使った。


 「あ・・・・・・気持ちいい・・・・・・ッス。」


 水しぶきの付いたその顔がほぅ、と一息ついた。


 ふ、二人とも泳げるんだね。


 「ほら、上原っちも!」


 「う、うん。」


 だ、大丈夫だよね・・・・・・?


 足が付くとこまでなら、きっと・・・・・・うん。


 「んっ・・・・・・。」


 ちゃぷ、と波がくるぶしの辺りに当たった。


 冷たい。さっきまで砂浜で四苦八苦していたのが嘘のよう。


 そのまま歩いていくと、下半身が水に浸った。


 ここまでくると冷たさが体中に伝わって来て、少し身震いしてしまう。


 それと、波が足や太腿を撫でで・・・・・・うわっ!って、海藻か。魚かと思った。


 「上原っち、手ガチガチだし。」


 「ひゃっ!」


 渡辺さんが不意に私の手を握ってきた。


 ふと見ると、自分の手は胸の前で固く結ばれていた。


 「海、初めてなの?」


 「あ、いや、そういう訳じゃないんだけど・・・・・・。」


 「プールと違ってちょっと怖いッスよね、海。」


 「そうかも・・・・・・。」


 プールとは違って波があるし動きも分からないからそれが怖いのかも。


 「んー、そういうもんなのかな?」


 そう言うと、渡辺さんはパシャパシャと手足をバタつかせて波立せた。


 「わっぷ!」

 

 「ぷっ、ッス!」


 「あたしはこのしょっぱさが好きなんだけどな。」


 と、引き続きバシャバシャとさせている。


 確かに、プールだと塩素の匂いが目立つけれど。


 海は海でしょっぱ辛い。


 「そう?」


 と、彼女の方に一歩近づいて右手で海水を掬い、彼女目掛けて発射した。


 「うわっぷ!」


 彼女がバランスを崩して底に足を付け、手で顔を擦ったかと思うと。


 「しょっぱ!こんなにしょっぱかったっけ海。」


 そう言って人差し指を舐め、眉間に皺を寄せて舌を出している。


 「やるじゃん・・・・・・。」


 と、八重歯・・・・・・いや、この顔はまるで悪魔と得物に狙いを定める狩り人の表情が混ざったような・・・・・・。


 「そぉい!」


 次の瞬間、彼女の両手が海面で円を描くように前に来て、それがこちらへ伸びたかと思うと、大粒のキラキラとした水滴がこちらへ飛んできた。


 「わっ!」


 彼女のリーチがある腕から繰り出されたその攻撃はピシピシと水滴が肌を緩く叩きつけて来る。 

 

 でも、とっさに目を閉じたからほぼノーダメージかな。


 「へへ、どう?しょっぱい?」


 と、いつもよりも悪そうな表情で彼女が笑う。


 私の腕は彼女よりは短い。だから、威力では負ける。

 いや、腕の短さは短所じゃない。考えようによっては長所だ。


 こうして、両手を前で水を掬う形で組んで潜航させて・・・・・・。


 パシャア


 一気に浮上し、掬った海水をそのまま放出する。


 「わっぷ。ちょ、早っ・・・・・・。」


 よし、このやりかたなら素早くできる。


 すると、さっきよりも口の端が上がった彼女がより多くの水滴を飛ばしてくる。


 でも目を閉じてガード。う、ちょっと口の中に入った。


 でも、こっちも負けられない。


 「ちょ、先輩方、激しすぎッス!」


 佐久間さんが、片腕で顔を覆いながら参戦してきた。


 片手の威力なんて全然怖くない。


 遠慮なくパシャパシャした。 


 

 「あー、お腹減った。減らない?二人とも。」


 そりゃついさっきまでクロールであっちからこっちを泳いでいたらお腹減るんじゃないかな。


 でも、太陽がさっきよりも結構高くなってきたし、お昼にするなら丁度いい時間なのかもしれない。


 「そうッスね。もうそろお昼ッスかね?」


 辺りを見渡すと、さっきよりも海に入っていた人が減っていて、水着から服に着替えて駐車場の方に向かう人々や、代わりに砂浜のパラソルの下でサンドイッチやおにぎりなどを食べている人が沢山いた。

 

 「あっ!海の家があるッス!」


 と、佐久間さんがいつもよりも張りのある声と意気揚々とした調子で指さす方向を見ると、確かにそれらしい建物があった。


 でも。


 「すんごい人だし・・・・・・。」


 「うん・・・・・・。」


 20~30分は待たないと無理そうなほどの人の行列だった。


 あ、佐久間さんすごい肩が下がってる・・・・・・。


 行きたかったのかな、海の家。


 「あ、じゃあ駐車場から少し歩いた先にコンビニあったからさ、そこ行く?」


 「あれ、コンビニなんてあった?」


 「いつものコンビニじゃないけれど、あったし!」


 そうして、肩をがっくりと落とす彼女の背中を押しながら更衣室へと行き、服へと着替えた。


 そして、パラソルの下で頭の後ろで手を組んで仰向けになっている姉の元へ行く。


 アロハシャツに海パン、サングラスという出で立ち。それを見ると、かっこいいんだけれど。


 「にい・・・・・・姉さん、これからコンビニ行くけど食べたいのある?」


 すると姉はサングラスをクイ、と上にあげ、 


 「じゃあサラダと・・・・・・卵!ゆで卵あったらそれでお願いねっ。」


 と、ウインクしてきた。


 海水をちゃんとふき取っていなかったのか、背筋が異様にぞわりとした。



 テレテレテレリン


 「お、いろんなのがあるし。」


 と、渡辺さんが入るなりカツカツと歩いていく。


 それに続いて、佐久間さんが指で顎を触りながら、きょろきょろと顔を動かしながら入ってくる。


 傍にあったカゴを一つ取り、二人の後を追った。


 二人は総菜コーナーにいた。一人は一つの商品を手に取ったかと思うと、「なんか違うし」といって元の場所に戻し、もう一人は唸り声の様な物を上げながら険しい目つきで一つ一つを見ている。


 あ、ゆで卵はないけれど・・・・・・卵焼きがある。これと・・・・・・ん、フレッシュサラダというのがある。なんとなく姉っぽい色身をしていたので、それを手に取りカゴに入れた。


 よし、姉さんのはいいかな。


 さて、と。


 今日の私の気分はなんなのだろう。


 やはり、夏っぽいものを食べたい。


 ・・・・・・そういえば、海の家に仮に行っていたら何を食べていたんだろう。


 イカ焼きとか焼きそばとかかな。


 焼きそばかぁ。


 あるかなぁ・・・・・・。


 おにぎりやお弁当の気分は、残念ながら今日は無い。


 ん、っと・・・・・・。


 「あっ。」


 思わず喉から声が漏れた。


 あった。焼きそば。


 【醤油ラーメン風味焼きそば】というので、純粋な焼きそばとはまた違うとは思うけれど。


 「あっ!焼きそばっ!」


 うわっ!


 「あ、ご、ごめんなさい。」


 佐久間さんらしからぬ声量に体がビクリと跳ねてしまった。

 


 「すいません、まさかあるとは思ってなくて。」


 と、素早い手つきでそこの商品棚から一つとり、私のカゴに入れた。


 「お、焼きそばあったんだ。あたしもそれにするし!」


 ヒョイ、と細く長い手が私と佐久間さんの間から伸びてきて商品棚にある焼きそばを掴み、カゴに入れた。


 「いやー、海の家って聞いてから焼きそばが食べたくてさ。」


 「わっ、私もッス!海で焼きそばって憧れでした!」


 と、嬉しそうに口角を上げる二人を見ながら、私もそれをカゴにと入れた。



 「はい、姉さん。ゆで卵は無かったけれど・・・・・・。」


 「まぁ、美味しそうね。ありがとねっ。」


 と、サラダと卵を手渡した。


 そして、焼きそばの容器と箸を手に持つ。


 「「「「いただきます。」」」」


 あつっ、ってそうだよね。さっき温めて貰ったばっかりだし。


 んっと・・・・・・ん、ここからそんなに熱くない。


 ほんのり暖かい部分を持ち、透明なフタをペリ、と引きはがす。


 お、醤油の匂い。


 ホカホカな白い湯気に、醤油の味が付いている。


 メンマにチャーシューにナルトにもやしに・・・・・・麺の色は焼きそばだけれど、具材を見ると本当にラーメンみたい。


 一緒についてきた箸を袋から取り出し、麺を摘まむ。


 ・・・・・・念の為、冷ました方がいいかな。


 「ふぅ、ふぅ。」


 よし、いこうかな。

 

 「んむ。」


 ん、意外とさっぱりとしている。


 普通のラーメンと違ってスープが無いから、その分だけあっさりとしているのかも。


 チャーシューはどうなのかな。


 「んむ。」


 ん・・・・・・これは・・・・・・豚かな?


 最初はうっすらと醤油の味がして、それから噛んでいくと肉特有のミルクみたいな濃厚な香りが広がっていく。


 よし、次は・・・・・・ナルトは一つしかないから最後にとっとこうかな。


 メンマいこうかな。


 「んむ。」


 お、コリコリしてる。厚くはないけれど、それでも噛むたびにそこに染みた出汁が染み出してくる。


 わ、こんなに出汁でてくるの?食べる順番を間違えたかもしれない。もっと後にするべきだったかも。


 そして、麺を一摘まみして・・・・・・。


 「んむ。」


 ん、もやしが付いて来ちゃったみたい。


 麺のツルツルとした中に、シャキシャキという噛み応えが見え隠れする。


 これいいなぁ。


 次はもやしを多めで、麺を5本くらいにして・・・・・・。


 「んむ。」


 ん、さっきとは違う食感がする。


 奥歯で震えるシャキシャキ感が楽しい。


 美味しい。


 「やっぱり想像通り最高ッス、海焼きそば。」


 「そだね。なんかいいし!」


 「ね、真誉。あたしも一本貰っていい?」


 「分かった。・・・・・・はい。」


 「んぐ。ん、美味しいわね。体絞ってなかったら食べたかったわぁ。」


 そうして最後の一本を啜り、ナルトを口にほおりこんだ。


 クニクニとして美味しいけれど、やっぱり最後はメンマで締めた方がよかったかも。


 「「「「ごちそうさま。」」」」


 するとすぐさま渡辺さんが立ち上がり、


 「んじゃ、泳いでくるっ!」


 といって海の方へと駆け出して行った。


 「服!水着じゃないよ!」


 という声も届いていなかったらしく、パシャリと波打ち際にダイブした。


 彼女がゆっくりとした動きで立ち上がり、こちらへと渋い顔をして戻ってきた。


 「これ、帰るまでに乾くかな・・・・・・。」

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