夏休み

ガリガリ君 ソーダ味 at水着ショッピング

 「たっだいまー、真誉まほろっ!」


 キィ、と家の扉が開かれ、見覚えのある人が入ってきた。


 う、そういえば今日帰ってくるっていう話だったっけ。


 「お、おかえり。姉さん。」


 「んもうっ!久しぶりに会うってのにそんなにかしこまらないでよっ。」


 姉さんが、足をくねらせて頬に手を当てる。 


 「んー、やっぱ日本ってあっついわねー。海行きたいわね、海。」


 そう言ったかと思うと私の方をジッと見つめ、


 「あらオシャレね。これからお出かけ?」


 と、見定めるかのような目つきでその黒目が動いている。


 「う、うん。これから水着を買いに行こうと・・・・・・。」


 「まあ素敵っ。私も行っていい?」


 食い気味な返答に、やたらと目がキラキラしてる・・・・・・。


 うぅ、やっぱり苦手。なんでこんなにグイグイ来るんだろう。


 それから姉のグイグイくる押しに負け、共に家を出た。


 「ところで真誉、水着って誰かと一緒に買うの?」


 まこ姉は、バス停で時刻表を見ながら人差し指を口元に当てている。


 「う、うん。同級生と後輩の事3人で買うけれど・・・・・・。」


 「まぁ!真誉に友達が・・・・・・なんだかこっちまで嬉しくなっちゃうわね。」


 確かに、今までは友達らしい友達って居なかったかもしれない。


 今更だけど、渡辺さんと佐久間さんと出会えてよかった、なんて思った。


 それから到着したバスに乗り込む。


 エアコンの効いたバスに揺られながら、二人にラインで『今バスに乗ったよ。』と送信し、ふと窓の外に目を向ける。


 半袖半ズボンの子が肩に巾着袋みたいな鞄を持って市民プールの方に歩いていく光景や、汗を拭きながら図書館に入っていく人の姿も見える。

 

 横に座る姉さんを見ると、反対側の人が座っていない席越しに外を眺めては時折溜息をついている。


 そして目的の駅に差し掛かり、傍にあった降車ブザーを押す。


 機械的な女性のアナウンスが車内に鳴り響き、それとほぼ同時にまこ姉が苦笑いを浮かべた。


 どうやら財布を忘れたらしい。


 バスから降りる際に大人二人分の金額を払い、降車する。


 「助かったわ~、ありがと。」


 と、ニコリと微笑んできた。


 「あ、うん。」


 こういう時の顔はかっこいいのにな・・・・・・。 


 そして、渡辺さんの言っていた水着のお店の前へと到着した。


 二人の姿は既にそこにあった。

 スマホの画面に目を落としており、佐久間はもう片手にペットボトルを持っている。


 「お、上原っち!おはよー」


 私たちに気が付き、渡辺さんが顔を上げたけれど、「ん?」と言った具合に彼女の首が傾いた。


 「先輩、おはよ・・・・・・ッス?」


 佐久間さんも同じような反応をしている。


 「ん、お早うふたりとも。」


 「まぁ!かわいい子達ねぇ!」


 と、二人の事をまじまじと見つめている。


 「ちょっと、兄さんやめてよ・・・・・・。」


 「もうっ、真誉!私の事はお姉ちゃんかお姉って呼んでっていってるでしょっ!」


 頬を膨らませてこちらを睨んできてる・・・・・・。かわいいと思ってるのだろうか。


 「えっと。渡辺っちってお兄さんもいたんだね。知らなかったし。」


 「えっとね、その・・・・・・。」


 「あら?真誉、言ってなかったの?」


 そう言うとコホン、と咳ばらいをし、


 「上原 まことよ。気軽にまこ姉って呼んでねっ。」


 そう言い、ウフ、と異様に高い声を付け加えた。


 

 ピロピロピロリン


 「今日は私の番・・・・・・ッスね。」


 「ゴチになるねー。」


 「ん、ありがとう。」


 佐久間さんが傍にあったカゴを一つ取り、持ち手を腕に掛ける。


 「にしても、おにい・・・・・・えっと、上原っち・・・・・・えっと、お姉さんがいたなんてねー。」


 渡辺さんにしては珍しく口の中をもごもごとさせて、やたらと歯切れの悪い口調だ。


 あれからにい・・・・・・マコ姉は「用事があるのっ。」との事で別々になったけど、それから2人の様子がなんとなく変な感じがする。


 帰り道にあったコンビニに寄ってからも二人の様子はこのように全く変わりがない。


 「私も、あのラインの写真でモデルさんが写ってたものだから・・・・・・。」


 隣の男性だったんですね、と頬を掻きながら恐々といった口調で佐久間さんも。


 会話の無いまま、3人の足音と佐久間さんのカゴのカラカラという音が耳に響く。


 「あ、えっと・・・・・・。」


 沈黙が辛くなり、話の糸口を見つけようとそう口にすると、二人は普段よりも機敏な首の動きでこちらを見てきた。


 「その、なんでもない・・・・・・。」


 う、気まずい・・・・・・。


 そうして何歩か歩いた頃、佐久間さんの足が止まった。


 そこはさっきまでの暑さを忘れるくらいにひんやりとした、アイス置き場だった。


 そこから彼女は一つの商品を手に取った。


 「これ、どうでしょうッス?」


 「お、ガリガリ君かぁ。あたし梨にするし!」


 ガリガリ君かぁ。


 確か、1981年から販売が開始されたアイスだっけ。「子供が遊びながら片手で食べられる限られるかき氷」というテーマで作られただとか。

 バリエーションで「シャリシャリ君」、「リッチシリーズ」、「ガリ子ちゃん」「大人なガリガリ君」もあるらしい。


 ちなみに、このパッケージの子はそのまま「ガリガリ君」という名前で、埼玉県深谷市に住む小学生だとか。


 かき氷のシャリシャリとした食感と、たまになるキーンと頭が痛くなるあの感覚。

 

 「うん、じゃあ私はソーダにしようかな。」


 そうして、ソーダと梨味の一つずつ入ったカゴに、ソーダ味を追加して入れた。


 佐久間さんが小さく頷くと、片手に財布を持ってレジへと向かっていった。

  


 「お、あそこ空いてるし。」


 渡辺さんの指さす先には、誰も座っていないベンチがあった。


 傍には噴水があり、キラキラとした水滴と、パシャパシャと裸足ではしゃぐ幼稚園児くらいの子かな?その子らが楽しそうに遊んでいる。


 そのベンチへと座り、いつもの順番で座る。


 「先輩は梨ですよね。」


 「ん、ありー。」


 「先輩もどうぞ。」


 「ん、ありがとう。」


 つめたっ。あ、でも気持ちい・・・・・・。


 汗を流している額に当てると、キュッっと引き締まるような感覚がした。


 いつものとは違う場所。


 駅よりもうるさ・・・・・・賑やかで、白色灯なんか比べ程にならない眩しさ。


 「それじゃあ食べましょうか。」


 その言葉に頷き、


 「「「いただきます。」」」


 棒の部分を上に向けて、パッケージをピッと開く。


 む、ちょっと表面が溶けてる。


 表面がてらてらと瑞々しく光っている。


 棒から抜けない様に、慎重に・・・・・・よし、取り出せた。


 溶けちゃうし、もういこうかな。


 「んむ。」


 角の部分に前歯を当てて、サク、と折る。


 ん・・・・・・シャリシャリする。


 そしてスーっと口の中が冷えていってまさにキンキンになる。


 さっきまで掻いていた暑さと掻いていた汗がピタリ、と止まった気がするかも。


 そして、シャリシャリが溶けて無くなってしまったそれを飲み込むと、喉にひやっとしたものが入って来てそれが下へと落ちていった。


 わ、体の芯からひんやりとする。


 よし、次は真ん中を・・・・・・。


 「んむ。」


 一口目よりも多くのシャリシャリが口の中に入ってくる。


 そしてそれを奥歯で噛むとゴリゴリと音を立てて小さくなるのと一緒に、奥歯と口、そして頭と軽く振動しているような気がする。


 ガリガリ君、というかアイスって思えばこうして外で食べたことがないから、新鮮な味わいがする。


 そして、飲み込むときのひんやり感。


 おいしい。


 ふと、昔していたゲームで氷の息を吐くドラゴンを思い出す。

 今の私の息、どのくらい冷たいのだろう。


 「ね、よかったらあたしの梨、一口食べる?」


 「あ、うん。ありがとう・・・・・・んむ。」


 「そういえば先輩方、当たり棒の確率ってご存じッスか?」


 「お、そんなのあんの?」


 「確率?」


 「実はですね・・・・・・販売している会社さんは内緒にしてるんですが、3%程みたいッス。」


 「ひっく!何十本も買わないと当たらないのか・・・・・・。」


 「当たり棒だもんね・・・・・・。」


 「あ、さくさくもどう?一口。」


 そうして、水滴を垂らし始めた最後の一口を棒から引き抜き、口へと含んだ。

 最後はシャーベットみたいになってしまっていたけれど、その分じっくりと氷を口の中で転がして、喉に送り込んだ。


 「「「ごちそうさま。」」」


 そして、棒には・・・・・・ハズレだった。


 「やっぱ当たらないもんだねー、当たり。」


 「そうッスね・・・・・・。」


 二人の棒を見ると、何の文字も彫られていないハズレ棒だった。


 「お、もう5時か。」


 「あ、ホントッスね。帰りましょう、先輩方。」

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