甘熟王 バナナジュース味 atテスト結果

 「さくさくー、テストどうだった?」


 掃除を終えて1階の玄関前に向かうと、佐久間さんがスマホを弄っていた。


 その顔が私たちの方を向き、 


 「あ、はい。なんとかギリギリ大丈夫でしたッス。」


 と、眉を下げて歯を見せた。


 「やったじゃん!これで補修は無しだし!」


 渡辺さんが八重歯を見せていつもよりも一段と嬉しそうな顔をしている。


 「あたしはあと3点低かったら、って所だったからさ・・・・・・ヒヤヒヤしたし。」


 「さ、三点・・・・・・ッスか。」


 佐久間さんのその言葉に、今度は苦笑いを浮かべている。


 「ま、まあ終わりよければなんとやらってやつだしっ!」


 とにかく、これで私を含めて補修は無し。


 来週からの夏休みは宿題や課題があるにしても、余裕のある夏休みをとれそうで良かった。


 「ね、ね。海とかどう?水着買ってさ。あたし、目星を付けておいたお店あるんだし!」


 「海ッスか・・・・・・私も小学校の時以来なので、新しく買わなきゃッスね。」


 「いーじゃん!いこいこ。」


 去年の夏休み、私は何をしていたっけ。


 ・・・・・・ずっと勉強をしていたような気がする。


 それで、窓から見える同年代の子が棒アイス片手に歩いていくのをみてたりしてたっけ。


 「ね、上原っちも買いに行く?」


 彼女が、眩しい笑顔で私にそう尋ねてくれた。


 「あ、うん。いこっか。」


 と、その時、鞄が振動した。


 中からスマホを取り出して画面を点けた。


 ん?ラインが・・・・・・。


 ロックを解除して、それを起動する。


 「う・・・・・・。」


 そこにはMAKOという名前の人からのラインが届いていた。


 『今年の夏、久しぶりに帰るわね!』


 という文章の後に、男性と女性が一緒に移っている写真が貼られていた。


 浜辺で撮った写真らしく、男性は女性の肩に手を回している。


 「あれ、どうしたの?上原っち。」


 と、渡辺さんが画面を覗き込んできた。


 「うわ・・・・・・綺麗な人。上原っちのお姉さん?」


 「私、この人知ってるッス。海外のモデルさんッスよね。」


 彼女とは反対側から、佐久間さんが覗き込んできた。


 「えっ、すご。上原っちのお姉さんってモデルさんなんだ・・・・・・。」


 「いや、まあ・・・・・・うーん・・・・・・。」


 か、帰ってくるのかぁ・・・・・・。


 「あ、もしかして・・・・・・お姉さんの事苦手?」


 「う、うん。苦手・・・・・・なのかも。」


 帰って、くるのかぁ・・・・・・。



 ピロピロピロリン


 「今日はあたしの番だねー。」


 「お世話になるッス、先輩。」


 渡辺さんが傍にあったカゴを取り、持ち手を腕に通した。


 「あ、うん。ありがとう。」


 コツコツ、とまるでハイヒールを履いているかのような高い足音を立てながら彼女が歩いていく。


 「あ、あの・・・・・・上原先輩。」


 佐久間さんが自身の髪の毛をくるくると触りながらおずおず、といった様子でこちらを見て来る。


 「お姉さんとは仲が悪いのですか?」


 少し、気を遣わせちゃってたのかな。


 「えっとね、仲が悪いわけじゃなくてその・・・・・・苦手というか。」


 「好きな物とか、話題とかが全然違う、って事でしょうッスか?」


 「うーん・・・・・・なんて言えばいいんだろう。ん、っと・・・・・・。」


 嫌いでもないし仲が悪いわけでもないのだけど・・・・・・。


 「結構上原っちとは全然違う感じなんだねー、お姉さんって。」


 その時、彼女が「おっ」と声を漏らし、その足が止まった。


 「今日はこれなんてどう?なんかかわいくない?」


 そう言い、そこから商品を一つ手に取った。


 これは・・・・・・バナナ味のスナック菓子かな?


 パッケージには、オペラ劇場の様な真っ赤のカーテンと、髭を蓄えたバナナのキャラクターが描かれている。

 

 バナナかぁ。


 そういえば、最初は種のあるバナナしかなくて、今の種の無いバナナは偶然の産物だとか。

 その種無しバナナに目を付けて、人の手で栽培を始めたのがその起源らしい。

 生まれたのは紀元前にも遡って、農業技術と一緒に起源地とされる東南アジアから世界に少しづつ広がっていったのだとか。


 「美味しそうッスね。」


 「私もそれ、食べたいな。」


 すると渡辺さんが頷き、一つをカゴに入れて制服のポケットから財布を取り出しチャリン、と鳴らした。


 「今日は頑張ったし、2個いくし。」


 と呟くように言ったかと思うともう一つをカゴに入れてレジへと向かっていった。


 

 「「「いただきます。」」」


 渡辺さんが早速、二つの袋の口を開く。

 チャックタイプとなっていて、ピリッピリッ、と彼女の爪が何度かその縁をはじいた後、その口が開かれた。


 「そうだ。二人とも、最初は一つづつ取って欲しいし。」


 彼女のその声に頷き、私と佐久間さんはその中から一つを取り出した。


 見ると、彼女の手にもそれが一つ乗っていた。


 「乾杯しない?テストの結果と、明日からの夏休みにさ。」


 「いいッスね、それ。」


 「ん、わかった。」


 手の上に乗ったそれを、人差し指と親指で摘まむ。


 そして、高く掲げた。


 「「「かんぱい。」」」


 チン、とコップのぶつかるような音は実際にはならなかったけれど、それでもそんな音が頭の中で響いたような気がした。


 それから、二人は手に持ったそれをそのまま口の中へと入れた。


 私も行こうかな。


 手に持ったそれを見ると、眩しいくらいに黄色で凸凹とした形から、ポップコーンが頭に浮かんだ。


 口元へ持っていくとほんのりとバナナの匂いが鼻先を掠めて、


 「んむ。」


 お・・・・・・噛み心地もポップコーンみたい。サクサクしてる。


 そして、バナナの匂いが口の中に広がっていく。


 鼻からとろりとした、あのバナナ特有の甘い香りがゆっくりと名残惜しそうに抜けていく。


 おお・・・・・・飲み込んでも、まだ下にバナナの甘さが残ってる。


 舌を出したらバナナ色になってるんじゃないかと思うくらい。


 袋から2個目を取り出す。


 「んむ。」


 今度はたっぷりとバナナを味わうべく、舌の上にそれを置いて湧いてくる唾液でそれを攻撃していく。


 お・・・・・・シュワシュワと溶けていく。


 そして、とろりと甘い汁がそこから溶け出してきて、口、鼻とその匂いに支配される。


 美味しい。


 ん、最後になんか硬いのが・・・・・・。


 これ、もしかしてポップコーンかな。その種みたい。


 「ちなみにさくさく、一番点数の高かったのってどれ?」


 「んと・・・・・・理科ッスね。86点くらいッス。」


 「う、負けたし・・・・・・あたし67点だったし。」


 「渡辺先輩はどの教科が?」


 「ん、あたし?あたしは英語だったし。98点。」


 「えっ!た、高いッスね・・・・・・。」


 「ふふん。英語だけは自慢させて欲しいし。」


 そうして、いつの間にか最後の一個となり、それが渡辺さんの口へと運ばれて行った。


 舌に残った香りを唾液でふやかしながら飲み込んでいき、とうとう舌が真っ新な状態に戻ってしまった。


 「「「ごちそうさま。」」」


 その時、いつものアナウンスが鳴った。


 「んじゃ帰ろっか、二人とも!」

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