しろもちたい焼き atテスト当日

 キンコンカンコーン。


 う、終わりかぁ。


 ここの英文、見直しができなかった。


 「では、テストを後ろから前に持ってきてください。」


 先生のその言葉から暫くして、後ろの席の子からテストの束が送られてきたので、その上に自分のテストを重ねて前の人に回した。


 「んー・・・・・・。」


 両腕を伸ばして手を組み、左右へ持っていく。


 「上原っち、英語どうだった?」


 うわっ。急に両肩を掴まれた。


 「わ、渡辺さん。ビックリするから・・・・・・。」


 まだドキドキとしている胸に手を当てて、後ろを振り向いた。


 「あ・・・・・・ごめんごめん。」


 と、彼女は長い金髪をワシワシと掻きながら苦笑いを浮かべている。


 「にしても、やっとテスト終わったしー。」


 そう言って彼女がそのまま私の頭に頬を当てて体重を掛けてきた。


 石鹸と汗の酸っぱい匂いが混ざった香りが鼻に触れた。


 かくいう私もさっきまで額に汗を掻いていたものだから、少し気になる。


 「どうだった?英語。」


 「あ、えっと。全部は埋められたけど・・・・・・。」


 「マジ?やったじゃん!」


 と、彼女が私の体をグイグイと左右に揺らしてきた。

 

 「渡辺さんは数学、どうだった?」


 そして渡辺さんの顔を見上げると、


 「っとね、しょーじき赤点が怖いし。」


 苦笑いを作って頭を掻いている。


 「あ、でも。途中式とかはちゃんと書いたし!」


 とは言っているけれど、いつもよりもその声には元気が無いように思った。


 そして大きな溜息をついた。


 「ほしゅー、嫌だし・・・・・・。」


 渡辺さん、眉毛がハの字になっちゃってる。


 「あ、えっと。ほ、ほら!早く掃除しちゃおう?今日コンビニの日でしょ?」


 「そうだった・・・・・・そうだし!早くやっちゃおう!」


 そうして私たちは今日の掃除場所のトイレへと向かった。



 ピロピロピロリン。


 「それじゃあ、今日は私の番だね。」


 「ん、ゴチになるし。」


 「お世話になるッス。」


 そこにあったカゴを一つ取って持ち手を腕に通した。


 今日の私の体は一体何を欲しているのだろうか。


 放課後から何となくけだるさを覚えるようになった頭に手を当てる。

 何かを考えるのすら億劫おっくうに感じるくらい疲れているような気がする。


 となると、やっぱり・・・・・・甘い物だろうか。


 「あ、ねぇ。さくさくはどうだった?今日のテスト。」


 「あー・・・・・・やっぱり数学ッスかね。赤点かどうか怖くて。」


 「さくさくもなのかぁ・・・・・・赤点だけは本当に嫌だし。」


 「そーッスね・・・・・・。」


 甘い物を、と結論付けた私の体は迷いなくスイーツコーナーの前へと足が動いていた。


 そこにある一つ一つをじっくりと見ていく。


 甘い物と一言に言っても色々ある。


 砂糖にクリームにゼリーに・・・・・・。


 あ、お饅頭もあるんだ。プニプニしていて柔らかそう。


 でも、なんだか違う。


 なんとなく今は食べたいとは思わなかった。


 じゃあ、一体私は何を求めているのだろう。


 「お・・・・・・。」


 ふとそれが目に留まり、ゆっくりとそれを手に取った。


 「う・・・・・・その色、テストの紙を思い出すし。」


 「あ、でも。テストがめでたい、って願掛けできるッスね。」


 「あ、それいいじゃん!さくさくやるねぇ。」


 たい焼き。


 そういえば、たい焼きって1900年ごろに作られたらしい。経緯としては「浪花家総本店」という所で作られたのが始まりで、最初は今川焼きを作っていたけれどあまり売れず、今度は亀の形にしてみたらそれも失敗で、頼みの綱で縁起物の鯛の形にしてみたところ、それが飛ぶように売れたのだとか。


 今手にしているのは「しろもちたい焼き」という真っ白なたい焼き。


 所謂、普通のたい焼きとは変わった見た目だけれど・・・・・・。


 「これ、どうかな?」


 「ん、いいじゃん。それにしよっかー。」


 「私も賛成ッス。」


 そうしてそこからさらに二つ取り、そのままレジへと向かった。



 「「「いただきます。」」」


 ひんやりとするパッケージ、その端のギザギザを手で掴みピッと破りその口を開く。


 おおっ、中のたい焼きがひんやりしていて、プルプルしている。


 そういえば「しろもち」だっけ、このたい焼き。分かってはいたけれど、たい焼きだと思って手に取ったものだから少し驚いた。


 丸い目に口角の下がってどこかふてぶてしくも見える口元。そして尾っぽの何本もの線に薄っすらと見える鱗。

 そして、中からはカスタードクリームが透けて見え、白色灯に照らされてぼうっと生地の奥からその存在を主張してきている。


 よし、いこうかな。


 不服そうに口角を下げているその口を加え、噛み千切る。


 「んむ。」


 お、中のカスタードクリームってこんなにはっきりとした黄色なんだ。


 そして、モチュモチュとした食感とカスタードの卵と滑らかな大豆の風味。


 この食感が楽しくて前歯で噛んだ後に、尖った歯で突っついてみたり、奥歯でグニグニしてみたりと、歯全てで噛んでみる。

 その度にクニクニと歯を押し返して来、今度は少し強めに噛んだりしてみる。


 そして小さくなったそれを飲み込み、今度は丸い目の辺りに狙いを定めて歯を入れた。


 今度は噛み切る時からゆっくり・・・・・・。


 「んむ。」


 ん、お餅が少しづつ歯でプチプチと切り離されている感触が気持ちいい。


 そしてモチモチの間に挟まってくるカスタードと、大豆。


 それらが噛むたびに溶けて口の中に広がり、鼻をひんやりと冷やしながら抜けていく。


 そのひんやりを元の鼻の温度に戻そうと深呼吸をしてみると、それらが消えてまた元の温度に戻る。


 そんな温度の応酬を続けていくと、さっきまでジリジリと太陽の熱と地面に焦がされていた体が、その時よりも大分すっきりとしてきた気がした。


 美味しい。


 「そういえばさくさく。鯛ってなんでめでたいの?」


 「えっ?えーっと・・・・・・ちょっと待ってください・・・・・・あ、ありました。」


 「お、何々?どんな事書いてあったの?」


 「単純におめでたい、からの語呂合わせみたいッスね。」


 「えー・・・・・・なんか単純だし。」


 「ま、まあ。縁起物ってそういうものだと思いますよ。」


 「マジ?そういうもんなのかなー。」


 最後の一口、尾っぽの部分を口に入れ、最後は入念に柔らかさが無くなる程に噛みトロトロになったのを飲み込んだ。


 「「「ごちそうさま。」」」


 その時、いつものアナウンスが鳴った。


 「それじゃあ帰ろう、二人とも。」

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