ハーゲンダッツ atテスト勉強

 「この列車かな・・・・・・。」


 スマホから目を離し、上にある電光掲示板を見る。


 列車の発着と時間が書かれており、そこを見る限りでは、列車がおよそ5分後にこの駅に到着するらしかった。


 「んっと。」


 再びスマホに目を落とす。


 そこにはLINEルーム『よりみちごはん』でのやり取りが映されている。


 最後のメッセージは渡辺さんの


 【今列車に乗ったよー。さくさくも一緒!】


 それに続いてカピバラのキャラが汗を掻きながら4つの足で走っているスタンプが張られている。


 そこに返信として


 【分かった。駅で待ってるよ。】


 と送信し、スタンプはえっと・・・・・・。


 無料のスタンプを色々と入れてみたはいいけど、どれがいいのかな。


 えーっと・・・・・・おはよう、じゃないよね。ごめん、でも無いよね。


 えっと・・・・・・。


 「上原っちー!待った?」


 「おはようございます、先輩。」


 えっ、もう5分経ってたんだ。


 「あ、うん。お早う二人とも。」


 スマホの電源を切り、サッと鞄の中に仕舞った。


 渡辺さんは明るい色のジーンズに白いシャツという出で立ちで、その高身長と相まっておよそ同年代とは思えない。

 丁寧に梳いたであろう金髪の長髪と相まって、まるで休日のモデルさんみたい。


 佐久間さんはというと、丈の長めの白スカートと、オフショルダーって言うんだっけ?肩が丸見えの服を着ている。

 くるんと内側に巻かれた髪がその肩にかかり、チラチラとカーテンの様に見え隠れしている。

 

 「お、上原っちその帽子いーじゃん。どこで買ったの?」


 と、渡辺さんが私の帽子のツバを掴んで頭から取り、そのまま自分の頭に乗せた。


 「これニットなんだー、かわいいし。」


 すごいな渡辺さん、すごく似合ってる。


 彼女がスマホを取り出して画面を見たかと思うと帽子を外し、再び私の頭にそれを被らせた。


 ふわりと石鹸のような香りが鼻を掠めた・・・・・・ような気がした。


 「で、上原っち。ここから家って近いの?」


 「あ、うん。10分くらい歩いたら着くよ。」


 「りょ。んじゃ暑くなってきたしもういこっかー。」


 渡辺さんがシャツの襟をパタパタさせて八重歯を見せた。



 「着いたよ。ここなんだ。」


 「うわ・・・・・・でっか。」


 「そ、そうッスね・・・・・・3階建てですか?」


 「うん、そうだよ。」


 西洋風の外観で3階建ての家。

 

 キィ、と庭への門を開く。


 いつもは一人でこの門を通るから、こうして3人で通るのは新鮮かも。


 「わ、庭すっご・・・・・・。花もかわいいのが沢山咲いてるし。」


 「あの、あそこにいる方ってもしかして、庭師さんですか?」


 「うん。」


 その人と目が合い、軽く会釈した。


 するとその人は麦わら帽を脱いで頭を下げてくれた。


 「それじゃあ中に入ろうか。」


 レンガ造りの道を歩いていき、玄関への扉へと歩いていく。


 いつもはしない二人分の足音が何となく気になり、何度か後ろを振り向く。


 渡辺さんは庭をきょろきょろと落ち着きなく見渡していて、その目がキラキラと輝いている・・・・・・ような気がする。


 一方で佐久間さんもきょろきょろと目を動かしてはいるけれど、肩が上がって足取りが何となく硬い。


 そしてガチャリ、と玄関のドアを開いた。


 すると一人の使用人の人が深々と頭を下げてくれていた。


 「わ、メイドさん・・・・・・!」


 佐久間さんがそう口にしたかと思うと鞄からスマホを取り出し、使用人の人に向けていた。


 「あ、あの。写真いいでしょうか?」


 恐々といった感じに尋ねた彼女に、その人はにこりと微笑んで小さく頷いた。


 ぱぁっと彼女が笑顔になり、スマホからシャッター音がかなりの短い間隔で何度も発せられた。


 「れ、連射なんだねさくさく。」


 

 「ここが私の部屋だよ。」


 ローマ字でMAHOROと書かれた掛け看板、それの掛かったドアをガチャリと開いた。


 「おぉ・・・・・・ひろっ。」


 「学校の教室くらいありそうッスね・・・・・・。」


 「あはは、そんなには無いよ。」


 ガチャリとドアを閉め、窓際にある机から英語の教科書とノート、勉強道具一式を取り出した。


 そしてそれらを、3つの椅子が備え付けられたテーブルに置いた。


 「それじゃあ、始めよっか。」


 二人は頷いて椅子に座り、鞄から勉強道具一式を取り出した。


 「とりあえず何時までする?」


 渡辺さんが数学の教科書をペラペラと捲りながらスマホの画面を付けた。


 その画面には09:12と表示されていた。


 「それじゃあお昼もあるから、11:40くらいまでどう?」


 「ん、分かった。」


 「了解ッス。」


 そうして、各自ノートを開き、そこに鉛筆又はシャーペンを走らせていった。


 サラサラという音と、ジージー、というセミの鳴き声が部屋に届いてくる。

 まだ暑くなってから間もないから、そこまでうるさくはないかも。


 「ね、上原っち。ここなんだけど・・・・・・。」


 と、渡辺さんが教科書を私の方に向けてきた。


 「ここの問題ってさ、この式って使うの?」


 シャーペンでくるくるとその式を丸で囲んでいる。


 「ん、そうだね。そこの式を使うよ。」


 「えー・・・・・・なんとなく分かってはいたけどこの式、めんどくない?」


 目に見えて苦い顔を浮かべ、ジッとその式を見つめている。


 「ま、まぁでも、これが一番確実だからね。」


 そう言うと渡辺さんが、そっかー、と頭を掻きながら再びノートにシャーペンを走らせた。


 「あ、あの先輩、ここの問題って・・・・・・。」


 「なになに?」


 佐久間さんのその声に渡辺さんが意気揚々といった調子で身を乗り出すが、彼女の見せた教科書を見てブンッ、と首と視線をノートへと戻した。


 「あ、えっと。その問題はこの公式を使って・・・・・・。」


 ページを一枚後ろに捲り、


 「この式を使えば答えが出るよ。」


 と、教科書を彼女の方に向けた。


 「ありがとうございます。」


 そう言い、佐久間さんは教科書に線を引き、その部分をノートに書き写している。


 さてと、次のページは・・・・・・。


 う、ここさっぱり分からなかった所だ。


 「渡辺さん、ここなんだけど・・・・・・。」


 「お、そこ?そこはここをここに使って・・・・・・。」


 と、教科書にトントン、と指で示してくれた後にノートにさらさらと一つの英文を書いてくれた。


 「こことここの単語、順番入れ替わらない様に注意って感じだし。」


 おぉ、分かりやすい。

 なんでここ分からなかったんだろう。


 「ありがとう、渡辺さん。」


 

 「あっつー・・・・・・今何時?」


 渡辺さんが額を拭い、スマホを見た。


 「お、11時35分だし。」


 「もうそんなに経ってたんスね。」


 確かに。もう4時間も経っていたなんて。


 「それじゃあ、コンビニ行く?」


 「お、あんの?近くに。」


 「うん、3分くらいで着くよ。」


 「お、いーじゃん。いこいこ。」


 開いた教科書とノートにそれぞれペンを挟んで閉じ、席を立った。

 


 ピロピロピロリン


 「いやー、暑かったし。」


 渡辺さんがパタパタと襟を動かしている。


 「なんか、セミの音もスゴかったッスね・・・・・・。」


 「あー、わかる。」


 傍にあったカゴを一つ取り、先に行った二人の元へと歩いていく。


 二人はアイスの入った箱の前にいた。


 スイーツコーナーのひんやりさよりも一際ひんやりとし、少し身震いをしてしまった。


 「あの、今日は3人で食べたいアイスを各自買うってのはどうかな?」


 「お、いいじゃんそれ。そうしよっか。」


 「賛成です・・・・・・ッス。」


 そこに並んだアイスらをぐるりと観察し、自分の体に問いかける。

 この暑さと、頭の疲れを同時に取れるアイスは何なのだろう。


 棒アイスにモナカにパフェ風のアイス・・・・・・。


 なんなんだ、私の体が求めている甘さはなんなのだろう。


 そして、ふと一つのアイスが目に留まった。


 「「「あ・・・・・・。」」」


 そのアイスに手を伸ばした時、二人の手と触れ合った。


 「ちょっと贅沢したくなっちゃったし。」


 「あ、私も同じくッス。」


 ハーゲンダッツ。


 他のアイスと比べて100円ほど値段が跳ね上がっているカップアイス。

 パッケージに書かれている、味をイメージさせる写真が高級感を醸し出している。


 「それじゃあ、私はバニラにしようかな。」


 「お、んじゃあたしはこの・・・・・・マカデミアナッツにしてみるし!」


 「私はストロベリーにするッス。」


 そうして、そのまま3人でレジへと向かった。


 

 「「「いただきます。」」」


 一緒に貰ったアイススプーンを手に取り、アイスのフタを取った。


 お、もう一枚薄いフタが貼られている。


 ペリッ、と引きはがす。


 「おおっ。」


 バニラ色がカップ一杯に張られており、中心に小さな湖のような僅かな凹みがあった。


 あ、ちょっと溶けてきちゃってる・・・・・・。


 そりゃそうか、外は暑かったしおまけに今は手で持っているのだから。


 よし、早速いこうかな。


 スプーンをそこに突き立てる。


 硬く、なかなか入らない。


 ギコギコとノコギリの様に少しずつスプーンの端を動かしていき、一口分のそれを掘削する。


 とろりと既に表面が溶け始めたので、慌てて口へと入れた。


 「んむ。」


 ・・・・・・美味しい。


 濃厚だぁ。


 バニラアイスというのは、こういう物をそう言うんだろうなぁ。


 冷たいバニラがシュウシュウと口の体温で溶けるたび、バニラの味と風味が際限なく強くなっていく。


 なによりも、食べると体がひんやりと冷えて、さっきまで外を歩いてきたという事をついうっかり忘れてしまいそうになりそう。


 「ね、上原っち。それ一口ちょーだい!あたしの食べていいからさ。」


 と、渡辺さんがマカデミアナッツのカップを差し出してきた。


 「うん、いいよ。」


 さっきよりもいくらか溶けたのか、渡辺さんのスプーンがスムーズにバニラ味のカップにスムーズに入っていき、彼女の口の中へと運ばれた。


 私も目の前に出されたマカデミアのカップにスプーンを入れ、一口頂いた。


 「んー・・・・・・美味しい。超バニラ味だし。」


 「マカデミアも美味しいね。」


 でしょでしょ?と彼女は次に佐久間さんの方にそれを差し出し、


 「さくさくも一口どう?」


 「あ、じゃあ私のも一口・・・・・・。」


 と、佐久間さんは彼女にストロベリーのカップを差し出した。


 「んー、美味しい。超ストロベリーだし。」


 「ナッツいいッスね。」


 すると佐久間さんは私の方にそれを差し出してきてくれた。


 「先輩も良かったら。」


 「ありがとう。じゃあ私のも。」


 自分のバニラのカップを彼女の方に近づけた。


 彼女のスプーンがするりと白い中に沈み、それが口へと運ばれて行った。


 私もストロベリーのカップからスプーンで一口分掬い、口へと入れた。


 「ん、バニラもいいですね・・・・・・ッスね。」


 「ストロベリーって、粒も入ってるんだね。」


 バニラとまた違う食感で面白かった。


 そうして食べて行く内に、最後の一口となってしまった。


 ほぼ溶けてしまったそれをスプーンで掬い、零れない様にゆっくりと口へと運んだ。


 そして噛まずにゆっくりとバニラを味わい、完全に液体となったそれを喉を鳴らして飲み込んだ。


 「「「ごちそうさま。」」」


 傍にあったゴミ箱を持って来て、スプーンとカップをそこに捨てていった。


 「それじゃあ、勉強再会しよっか。」



 「ふぅ・・・・・・。」


 目と肩の疲れを感じて伸びをし、スマホを見る。


 すると、17:45を指していた。


 「うわ、もうこんな時間なんだ。」


 私の言葉に反応し、渡辺さんも同じように自分のスマホの画面を付ける。


 「え、マジ?もうそんな経ってたんだ。」


 渡辺さんが眉間に手を当てて長い溜息を付いた。


 「ほ、ホントッスね・・・・・・。」


 佐久間さんがノートに書く手を止めて顔を上げ、口元を手で隠して欠伸をした。


 「それじゃあ、今日はこれまで・・・・・・かな?」


 「ん、だねー。」


 「了解ッス。」


 二人は勉強道具を鞄に仕舞っていく。


 「いやー、もう6時だったのかぁ。気が付かなかったし。」


 「そうッスね。日の出る時間が急に増えましたもんね最近。」


 「あー、そだね。」


 そして二人が鞄を手に持ち、席を立った。


 「あ、駅まで見送るよ。」


 そうして3人で家を出た。


 外は夕日が出ており、空が赤く染まっていた。


 「そうだ。夏休みなったらさー、海行かない?」

 

 渡辺さんが八重歯を見せてこちらを見る。


 「海で・・・・・・ッスか。行きたいですね。」


 普段よりも嬉しそうな声で佐久間さんが口にした。


 「海かぁ。」


 そういえば、高校生になってから一度も行ってなかった。


 行くとなったら、今まで使っていた水着や浮き輪なんかはサイズは合わないだろうから買い替えなきゃいけないかな。


 でも、その前に。


 「テストで赤点取らない様にしなきゃね。」


 通っている高校には、赤点を取ってしまうと他の人よりも課題の量が増えたり、夏休み中に授業を受けに行かなきゃならなくなる制度がある。

 

 「う・・・・・・うん、頑張るしかないし。」


 「そうッスね・・・・・・なんとかミスはしない様にしなきゃッスね。」


 私も英語、気を付けなきゃ。

 一個間違えてそこから全部一つずつ間違えていって・・・・・・という事になったらどうしよう。


 「「「はぁ。」」」


 そんな溜息が3人で重なり、思わず口から笑みが漏れた。


 そうして赤く染まってはいるものの、見慣れた駅へとたどり着いた。


 「んじゃ、また学校で!」


 「今日はありがとうございましたッス。」


 「ううん、こちらこそ。」


 そうして、二人の姿が改札を通るまでそこに立っていた。

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