チョコパイ at球技大会・後半

「「よろしくお願いします。」」


 相手チームと向かい合い、頭を下げる。


 そして、渡辺さんと相手チームの内の一人がジャンケンをし、彼女がグーで勝った。それから審判をしている先生からボールを受け取り、サーブ担当の子にボールを手渡した。


 自分の手を見ると、手が汗で滲んでいた。


 飛んできたボールが汗でうまくトスできなかったらいけない。

 自分のポジションに移動しながら、手をジャージの裾で拭った。


 決勝戦ともなると緊張感と、周りからの視線もすごい感じる。

 それに女子バスケと男子の競技とは終わったらしく、体育館の回りにはさっきよりも多くの人が居た。


 「ダイジョブダイジョブ!ここまで来たんだから行けるし!」


 渡辺さんがこちらを振り向いて八重歯を見せた。


 「まさか、最後が佐久間さんの所となんて。」


 ネットを挟んだ向こうのコートにいる、彼女の姿を見る。


 背の高い子と何やらヒソヒソと話しながら、チラチラとこちらを観察しているように見える。

 あの背の高い子がバレー部の子かな。


 うわっ、今のスパイクの仕草速かったなぁ・・・・・・。


 あの速さがこっちのコートに叩きつけられると思うと、変な汗が出てきてしまう。


 「燃えるね。負けらんないし!」


 渡辺さんもその様子を見ていたのか、対抗するかのようにスパイクの仕草を2、3度繰り返した。


 審判の先生がホイッスルを口に咥えた。


 ピィィィィ


 体育館に試合開始のホイッスルが鳴り響く。


 「よし、皆行くよー!」


 その言葉に頷き、そして。


 ポン、とサーブが弧を描いて相手のコートへと打ち込まれた。

 タン、とそれがレシーブされ、それからタン、と軽やかな音でトスがされ、ボールが高く打ち上げられる。


 そして、背の高い子が両膝を曲げている。

 かと思えば次の瞬間、その両膝が一気の伸びてその子が高く跳躍した。

 その右手は宙に浮いたボールを捉えている。


 あの速さのが来る。


 ぞわり、と肩が寒気を覚えた。


 いや、私の所に来たらレシーブしなきゃ。


 レシーブの体勢で待ち構えようとしたその瞬間。


 バンッ


 「速っ・・・・・・。」


 かろうじで反応出来た目でその球体を追うと、コートギリギリでバウンドし、コロコロと転がっていった。

 相手のチームの点数表が捲られ、0から1へとなった。


 体が動かなかった。


 怖いというのもあったけれど、それよりも体が反応できなかった。


 「まだ一点一点!こっからだし!」


 渡辺さんのその声に我を取り戻し、深呼吸をする。


 「上原っち、いつも膝を曲げておくと動きやすいよー」 


 と、私の肩を叩いた後に、


 「もっと肩の力抜いちゃいなよー、ほらほら。」


 その手でモミモミと揉んできた。


 絶妙なむず痒さに思わず口から笑みが零れてしまった。


 「うん、ありがとう。」


 そうして彼女はポジションへと戻っていった。


 足は肩幅より狭く開いて、膝は曲げる。

 練習の時はトスやレシーブは何度も失敗してしまったけれど、姿勢を正すくらいならできる。


 「すぅ、はぁ。」


 相変わらず体は緊張で熱いままだけれど、さっきよりはうまくできるはず。


 そして相手チームの子がボールを手にし、サーブを放った。


 私とは逆方向に球が飛んで来、そこにいた子がレシーブで球を上に打ち上げる。

 その球は渡辺さんの上を通り過ぎ、私の方へ向かってきた。


 私がトスして、渡辺さんにボールを渡さなくちゃいけない。


 失敗したらどうしよう。

 外したらどうしよう。


 肩がカチカチに強張っていくような、そんな錯覚に陥る。


 でも、ふとさっきの彼女とのやりとりが頭に浮かんだ。 

 肩を揉みながら、彼女が笑いかけてくれた。


 「ふふ。」


 口から笑みが零れた。


 そして、私は。


 トンッ


 トスで球を高く打ち上げた。


 「お願いっ!」


 「うっしゃ、任せて!」


 彼女が長い脚で床を蹴り、高く飛ぶ。

 そして、その白い手がボールを捉え、コートへと球が風を切りながら飛んで行った。



 ピロピロピロリン


 「今日はあたしの番だねー。」


 渡辺さんがカゴを取り、持ち手を腕に通した。


 「うん、ありがとう。」


 「ゴチになります・・・・・・なるッス。」


 彼女が、んー、と顎に人差し指を添えながらゆっくりと歩いていく。


 「今日はちょっと高級にいきたくない?」


 と、彼女がくるりとこちらに振り向く。


 「ほら、優勝してトロフィーは貰ったけどさ、賞金って貰ってないじゃん?」


 私から目を逸らし佐久間さんの方を向くと、


 「さくさくも準優勝な訳だしさ。なんかそれっぽいもの食べたくない?」


 彼女に言葉に佐久間さんが髪を揺らして頷く。


 「でもそれっぽいものってなると・・・・・・メダルとかッスか?」


 「そこなんだよねー。」


 頭を掻きながら彼女が周りの商品棚に目を落としながら歩みを進める。


 メダル・・・・・・金や銀色のお菓子って事かな。

 でも金色や銀色のお菓子ってあったかな。

 

 お、バナナチップス。これなら金色に見えなくもないかも。

 でも渡辺さんはそれには手を伸ばさず、依然として唸りながらその歩みは緩めなかった。


 「そういえば、今日の先輩方スゴかったッスね。」


 「いやいや、こっちもビックリしたし。あたしのスパイク、さくさく返すんだもん。」


 「佐久間さん、怖くなかったの?」


 「実はバレー部の人から直接教えて貰って、コツを教えて貰ったんです・・・・・・ッス。」


 「マジ?やっぱり本物の人はレベルが全然違うし。」

 

 お菓子コーナーへと入ってから数歩ほどした後に、ふと渡辺さんの足が止まり、その手が一つの商品を手に取った。


 「どうこれ?色はメダルっぽくないけどさ、形と高級感ない?」


 彼女が手にしたのは箱入りのチョコパイだった。


 「言われると確かに。なんか高級感あるッスね、チョコパイって。」


 佐久間さんがそこに描かれているチョコパイに指をなぞらせた。


 チョコパイかぁ。


 確かに上手く言えないけれど、高級感があるかも。


 生地に描かれたチョコパイ。チョコにクリームに柔らかそうなスポンジ生地、それらがラグジュアリーさを漂わせる。


 「うん、私もそれがいい。」


 私の言葉に彼女が頷き、


 「それじゃあレジに行ってくる!」


 と、その箱をカゴに入れてレジの方へと向かっていった。



 「お、丁度6個だし。」


 彼女が箱を切り目に従って破り、その中から膨らんだ茶色い袋を取り出し、佐久間さん、私の順番で2つずつ手渡した。


 「それじゃ早速食べよっかー。列車もあるし。」


 彼女の言葉に頷き、


 「「「いただきます」」」


 膝に置いた二つの内一つを手に取り、その端のギザギザに手を添えて切り取った。


 開け口からはチョコの黒と、その間のクリームの白との色彩が覗かせていた。

 白色にそこを挟む黒色が所々はみ出ており、すきっ歯の様にも見える。


 なんかかわいいかも。


 このチョコの下にはスポンジ生地があるんだよね。


 手で掴んで押してみると、ケーキみたいなふわふわ感はないけれど、ちゃんと圧し返してきてくれる。

 チョコでコーティングされているから、この硬い感じはチョコの硬さなのかな。


 よし、いこうかな。


 「ん。」


 口に入れた瞬間、その体温で溶けてクリームと生地がトロトロになる。

 そして少し遅れてトロりと溶けていくチョコレート。

 噛み応えがある程度に形が残っていて、噛む毎に溶けて舌にやってくる。


 お、このパイの底って、チョコが固まっているんだ。

 最後に溶けたチョコってこの部分のなのかな。

 

 ゴクンッ


 「んむ。」


 もしかしてこの生地がクリームとかチョコとかを吸って、それでトロトロになっているのかな。

 噛むたびに味が濃くなったりしているからそうなのかも。


 上下のスポンジ生地と、その半分程のクリーム。

 この二つが噛むたびに口の中で溶け合っていっているのかな。


 そして遅れてやってくるチョコ。

 熱でゆっくりと溶けて行って、そして溶けていってまた違う味に変わっていく。

 

 美味しい。


 もう一つの袋を手に取り、ギザギザから手で切り取る。


 「なんか、チョコパイって友達の家に遊びに行った時によく出された記憶がありますッス。」


 「あー、分かる。ポテトチップスの次に嬉しかったし。」


 「私はチョコパイが一番嬉しかったッス。」


 「えーそう?コンソメ味が出た時はメッチャテンション上がったけどなー。」


 そうして最後の一口となってしまい、最後は余分に多めに咀嚼し、これ以上ないくらいにトロトロになったそれを喉を鳴らして飲み込んだ。


 「「「ごちそうさま。」」」


 その時、いつもの列車のアナウンスが鳴った。


 「それじゃ帰ろっか!」

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