牛乳と卵のデザートワッフル atいつもと違う彼女

 「それじゃあ、ここの問題を・・・・・・」


 数学の先生がチョークの手を止めてこちらを向く。


 「渡辺、今日はちゃんと起きてるな。ここ分かるか?」


 見ると数学の時間にしては珍しく、彼女は机に突っ伏していなかった。

 それどころか、ノートだけを見てせっせとそこにペンを走らせていた。


 スゴい集中力・・・・・・本当にあの渡辺さんなのだろうか。


 先生の声に、はいっ!と威勢の良い返事をし、ガタッと慌てて立ち上がる。


 いつもは頬にペンやら消しゴムなんかが押し付いた跡があるけれど、今日はそんなものは無かった。


 「えー・・・・・・っと・・・・・・。」


 と、目を細めたり見開いたりを繰り返し、教科書のページをパラパラとめくる。

 次にノートをパラパラと捲り、その手でこめかみを抑える。


 「わかんないです!」


 頭を掻きながら苦笑いを作った。


 先生が溜息をつき、彼女へ座るように言う。


 席に座った直後、再び彼女はノートにペンを走らせ始めた。


 分からない所をとりあえず書いておいて、後で見直す為なのかな。


 そうして授業は進んでいき、授業終了と昼休み開始のチャイムが鳴った。


 ついに彼女はウトウトとすることすらなく、この授業を乗り切った。


 そういえばさっき先生に当てられた問題、分かったのかな?

 

 それが気になり、彼女の元へと向かった。


 渡辺さんはお昼の準備をすることなく、依然としてノートを開いたままペンを走らせている。


 邪魔をしたら悪いかな・・・・・・でも、私で助けになるのなら。


 「ねぇ、渡辺さん。さっきのもんだ・・・・・・い?」


 彼女の肩を叩きそのノートを覗き込むと、そこには私の想定した一面からかけ離れたものが描かれていた。


 縦に長く、横に短い長方形が描かれており、縦の中心には横一文字にラインが引かれている。

 そして手前側には6つの丸が描かれており、その中には「自」という文字と「う」という文字が丸の中に描かれていた。


 「あ、お昼だねー。いこっかー。」


 と、立ち上がろうとする彼女につかさず、


 「この図ってさ、何を表しているの?」


 疑問を解消するべく尋ねた。


 「あ、これ?バレーのフォーメーション考えていたんだし。」


 ふぉ、ふぉーめーしょん?


 「どうせならガチで行きたいからさ、ずっと考えてたんだ。」


 ほら、と彼女がノートのページを捲ると、そこにはトスやスパイクなどのバレー用語を織り交ぜた文章がギッシリと書かれていた。


 「どうせなら優勝したいっしょ!2年生の球技大会は今だけだし!」


 ニシシ、と八重歯を見せて彼女は笑った。


 言われれば確かにそうだ。

 私は1年生の頃と同じで、3年生になってもする同じ行事と思っていたけれど、そう考えれば確かに一生に一度の記念なのかも。


 「ところで渡辺さん。」


 「ん?どうしたの上原っち。」


 「えっと・・・・・・今日の数学、分からないとこあった?」


 「あー・・・・・・何がわからないかわからないというか・・・・・・。」


 「宿題出されたの聞いてた?」


 「え、マジ?どこどこ!?」


 と、教科書のページをバサバサと音を立てて捲り始めた。


 いつもの渡辺さんだった。



 ピロピロピロリン。


 「今日は私の番だね。」


 そこにあったカゴを一つ取り、持ち手を腕に掛けた。


 「ん、ゴチになるねー。」


 「お世話になります・・・・・・ッス。」


 一歩、一歩と足を踏み出すたびに自分の体へ語り掛ける。

 

 今日は何を求めているのか。


 この間はカフェオレと大人な苦さを味わったから、今度はその逆。

 甘い物を私は求めているのかもしれない。

 それも、たっぷりめに。


 ふと目にしたパンコーナー。

 食パンの白と耳のきつね色、その横にあるメロンパンや中身のジャムを覗かせるジャムパンがこちらを見つめる。


 菓子パンは・・・・・・ちょっと重すぎるかもしれない。

 今日はきっと、その気分ではない。


 もっとお腹に優しい量で、でも満足感のある甘さ。

 それは一体なんなのだろう。


 ふと、その足はスイーツのコーナーへと私を運んでいた。

 ひんやりと冷たい冷気を放っていて、膝下がスースーとする。


 「そういえば、球技大会。さくさくのクラスはどんな感じ?」


 「私のクラスですか?」


 「ん、こっちはすごい良い感じ!優勝しちゃうかもだし。」


 「ほ、ホントッスか。お、お手柔らかにお願いしまッス。」


 「えー、どうしようかなー。」


 上から順に目を泳がせていき、ふと視界に留まったそれを手に取った。


 うん、これが欲しいかも。


 「お、何にすんのー?」


 デザートワッフル。紙パックの容器の上に、柔らかそうなワッフルの生地が白いクリームを包み込んでいる。

 それが二個入っている。


 そういえば、ワッフルの起源は18世紀頃のギリシャで、最も古いと言われるお菓子、それは小麦粉と卵で作った生地を鉄板の上で丸く焼いたものがあって、それに凹凸模様を付けて焼くようになったのが始まりらしい。


 そして国によって形や食感が違って、日本でも昔に流行ったと言われている格子模様のやつはベルギーワッフルで、見た目はベルギーワッフルだけど生地が柔らかめで、その上にクリームやジャムなんかを載せて2枚で挟んで食べるアメリカン、文字や模様が付いた楕円型の金型に流し込んで、アメリカンの様にクリームやジャムを使うけれど2枚は使わないで1枚を二つ折りにして挟むタイプのジャパニーズ、という種類があるんだっけ。


 これは見た目からしてジャパニーズ、というものかな。


 「お、いーじゃん。美味しそうだし。」


 「なんだかオシャレッスね。」


 佐久間さんが手に持つそれを覗き込んで、その目が僅かに見開いた・・・・・・ような気がした。


 「それじゃあ、買ってくるね。」


 そこから2つを取り出してカゴに入れ、そのままレジへと向かった。


 

 「「「いただきます。」」」


 膝に置いたそれのパッケージの端、キザキザになっている所を手で掴みピッと破いた。


 ワッフル、綺麗な色だなぁ。


 外見のきつね色が上の白色灯に照らされて光を浴びて輝いて、内側のクリーム色の生地はその光を反射して眩しく目立つ。

 そして私の目に訴えて来る、しっとりとしていそうなクリーム。


 口に入れたら・・・・・・一体、どうなっちゃうんだろう。

 

 一つ手に取る。


 うわっ、生地がふわっふわ。


 その柔らかさと生地の厚さから、とっさに自分の耳たぶを触ってみる。

 耳たぶなんかよりも柔らかいかも。

 さっきまで冷たいところに置かれていたというのもあって触っているとなんだか気持ちいい。

 ひんやりが、指で圧すたびに押し返してくる。


 そういえば、生地からWって文字が印字されてるな。

 持ち上げて下を見ると、他に5つのアルファベッドが書いてあり、W,A,F,F,L,Eと書いてあった。


 よし、いこうかな。


 「んむ。」


 歯で噛むとそこからワッフルがその柔らかさを維持したまま、ほろほろと崩れていった。

 二つ折りなんて意に返さず、そのままホロホロと舌にその身を委ねていき、隠されたクリームが舌に触れた。


 お、こっちは結構あっさりと優しい味だ。

 しかもすぐ溶けていってしまった。


 次のもう一口は慎重にいこうかな。


 「んむ、んむ。」


 これ、歯なんて要らないんじゃないかな。

 全部柔らかい。


 そして喉を通れるくらいの大きさになったそれを、ゴクンと飲み込んだ。


 よし、次は慎重に・・・・・・クリームが歯と舌に触れない様に・・・・・・。

 

 「んむ。」


 う、どうしてもクリームが先に消えちゃう。それほどこのクリームは熱に弱いのかな。

 そして、それが消えると同時にカスタードの様な風味が鼻から抜けていく。


 お、この匂いは結構続くんだ。

 この匂い、濃厚かも。


 そして口の中で解けていくワッフル。


 美味しい。


 喉を鳴らして飲み込み、もう一個を手に取る。


 「んー・・・・・・いいね、これ。2個だからお得感あるし!」


 「そうッスね。見た目もかわいいですし・・・・・・・ッス。」


 「あー、それポイント高いね。」


 手に持ったその軽さから、最後の一口であるのを悟り、それを口に入れる。


 今までの2倍ほどの時間を掛けてそれを噛んでいき、ペースト状になったそれをゴクンと飲み込んだ。


 「「「ごちそうさま。」」」


 その時、いつものアナウンスが鳴った。


 「それじゃあ帰ろう、二人とも。」

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