球技大会

カフェオーレ at球技大会・前半

 「上原っち!あぶなーい!」


 えっ、何?


 渡辺さんの声がしたので、彼女の方を向く。

 すると、彼女が片手を拡声器の様に口元に当てていて、もう片手を上に掲げて人差し指を立ててている。


 え、上?


 上を向くと、白い鉄骨の張めぐされた体育館の天井が一面にあった。


 そして、そこに浮いている小さなバレーボールが1秒2秒と時間が経つに連れ、大きくなって行く。

 

 あっ。


 バンッ


 「んぐっ!」


 顔に衝撃が走り、それから徐々に全体がヒリヒリとしてくる。

 特に鼻が強く押しつぶされたらしく、そこが特にジンジンとする。


 次にバン、と尻もちをついたらしく、お尻からジンジンと痛みが伝わってくる。


 「先輩、大丈夫ッスか!?」


 渡辺さんと佐久間さんが駆け寄ってきた。

  

 「あ、うん。大丈夫だよ。」


 ジンジンする鼻の下を手でなぞり、鼻血が出ていないことに胸を撫でおろす。


 「どうする?休んどく?」


 渡辺さんのその提案に私は首を横に振り、


 「ううん。昼休みもう終わっちゃうし、まだ練習したい。」


 そう言うと、そっか、と手を差し伸べてくれた。


 その手を掴んで立ち上がり、改めてそこにあるネットの高さを見る。


 「バレーのネットって高いね。」


 体育でバレーなら何度かしたことはあったけど、やはり位置が高い。

 手を目一杯に伸ばしても、ネットの一番上にギリギリ手が届かない。

 卓球やテニスなんかのネットと比べると明らかに違う。


 「そういえば、先輩方も球技大会はバレーにしたんですよね?」


 「ん、そうだよー。バスケが人気だったからジャンケンになってさ。負けちゃってこっちになったんだ。」


 渡辺さんが私にボールを手渡してネットから距離を取り、トスをするようにジェスチャーする。

 それに頷き、私は上へボールを放り投げた。


 すると、その動きに合わせて彼女がこちらに向かって駆け出し、ネットまで数歩前の所で膝を曲げたかと思うと、床を蹴り跳躍ちょうやくした。

 私の放り投げた球が頂点に達し、上へ向かう動きと下へ落ちる動きとが相殺し合うその時、彼女の手がそれを叩きネットの向こうにバァン、という轟音と共にそれが叩きつけられた。


 「す、スゴい威力ッスね・・・・・・。」


 佐久間さんの言葉に彼女は、そう?と頭を掻き、コロコロと転がっていくボールを拾いに向かった。


 この広い体育館に響き渡るほどの音だった。


 あれをトスしなきゃならない人がいると考えると、変な汗が出てきてしまう。


 「せ、先輩のチームとは当たりたくないッスね。」


 と、佐久間さんが自らの手首に目を落とす。


 あの速度と威力をいざ取るとなると、赤くなっちゃいそうだな・・・・・・。

 そもそもトスできるのかな、あれ。


 「でもさくさくのクラスってバレー部の人いるんでしょー?手強そうだし。」


 と、渡辺さんがボールを脇に抱えてネットの前で止まり、私を見て頷いている。


 「上原先輩、ジャンプの時は膝を曲げたら高くジャンプできますよ。・・・・・・ッスよ。」


 佐久間さんに頷いてそのアドバイスを頭に留め、次いで姿勢を構えて渡辺さんを見る。

 

 彼女がボールを高く放り投げる。


 それと同時に私は駆け出す。


 1歩、2歩・・・・・・よし、きっとうまくいく。


 よし、ここで膝を曲げて床を蹴って・・・・・・!


 「えっ。」


 私の計算ではまだ上にあった筈のボールが、もう目に前にあった。


 「んぐっ!」


 さっきと別角度からの痛み。今度は眉間の辺りがぶつかったらしく、目頭がジンジンとする。


 床へ着地するなりその部分を手で擦る。


 「う、上原っち。大丈夫?」


 笑いを堪えているような彼女のその声に、


 「だ、大丈夫。」


 そう言った自分の口角が上がっているような気がした。


 「上原っちは・・・・・・その、うん。トスでサポートして欲しいし!」


 「うん・・・・・・。」


 バレーって難しいなぁ。



 ピロピロピロリン。


 「今日は私の番ッスね。」


 「ゴチになるねー。」


 「ありがとうね。」


 佐久間さんがカゴを取り、私たちの前を歩く。


 「飲み物でもいいですか?・・・・・・ッスか?」


 こちらを振り向き、その首を傾げる。


 「お、いーじゃん。丁度喉乾いてたんだよねー。」


 飲み物かぁ。


 今まで飲み物といえば殆どお茶と水で済ませてきていたから、いつもと違う物も飲んでみたいのかもしれない。

 お菓子やパンとはまた違った楽しさが味わえそう。


 「うん、私も気になるかな。」


 と言うと、彼女がありがとうございます、と髪をぷるんと揺らして頭を下げ、その歩みが幾らか速くなった。

  

 コツコツという足音がピタりと止まる。


 そこはパック飲料やコーヒーの並ぶ棚だった。


 「これ・・・・・・。」


 と、彼女が手を伸ばし、そこから一つ手に取った。


 そこにはカフェオーレ、と書かれている。


 元々はフランス語で「カフェ・オ・レ」と区切って発音して、レはミルク、つまり牛乳の意味らしい。


 そういえば、似た言葉でカフェラテというのもあったなぁ。

 これはイタリア語の造語だっけ。ラテはイタリア語でミルクを指す「ラッテ」から来てるんだっけ。

 どっちもコーヒーにミルクを混ぜているけれど使っているコーヒーが違って、カフェオレは普通のコーヒー、紙フィルターを使ってして作るドリップコーヒーを使っている。

 一方でカフェラテはエスプレッソコーヒーを使っている、という違いがあったんだっけ。


 コーヒーかぁ。


 子供の頃にお父さんのを一口飲んだ時があるけれど、とても苦かったという思い出が強烈に残っている。


 「面白い形してるッスね。」


 確かに、言われると普通と違って面白い見た目をしているかも。


 普通なら紙コップみたいに底が狭くて、それが飲み口のある上に少しづつ広くなっていくのが殆ど。

 

 でもこれは逆に、底が広く飲み口が狭い。


 「確かに、面白いし。」


 カフェオレかー、と渡辺さんが佐久間さんと同じように一つそこから取り出す。


 「いーじゃんいーじゃん。なんかオシャレだしさ。」


 と、手に持ったそれを佐久間さんの持つカゴに入れた。


 「私もこれがいいな。」


 ミルクが混ざっている分、なによりあの頃よりも大人になったこの舌。もしかしたら新しい発見があるのかもしれない。


 と、私もそれを一つ取り、カゴの中へと入れた。


 「じゃあ、レジ行ってくるッスね。」


 と、その方向へ歩いて行った。



 「「「いただきます。」」」


 佐久間さんから手渡されたそれを見る。


 ・・・・・・やっぱり変わった形をしているなぁ。


 少し手の力を緩めたら、するっと落ちそうで怖い。

 でも、この横に付いているストローを突き刺して飲むタイプだから、中身が噴き出る、なんて事は無いのかな。


 こうして持ってみて初めて気が付いたけれど、紙コップとかって、手から滑り落ちないためにあんな形をしているのかな、なんて思った。


 ストローを取り外し、身に着けている袋を剥がす。


 袋を寄り寄せて破ろうとしたけれど上手くいかなかったので、自分の膝にストローの平たい方を押し付ける。

 反対側がストローを突き破ってくれたので、そこを指でつまんでそれを取り出した。


 お、伸びるタイプなんだ。

 茶色の中身から透明な部分が伸びてくる。


 そして、蓋の部分に矢印が書かれていたので、それに従いそこを引きはがす。


 お、突き刺すタイプじゃなくて最初から穴が開いてるんだコレ。


 ちょっと上品。


 そこにストローを差し込むと、中身の浮力で少し浮遊しているのかチャプチャプとストローが飲み口で揺れた。


 よし、いこうかな。 


 息を浅く吐き出す。

 そしてストローに口を付け、息を吸いながらそれを吸い込む。


 「ん・・・・・・。」


 ひんやりとつめたい。


 お、甘い。


 これは、砂糖とミルクの甘さなのかな?


 舌で転がしていくと、何かを焦がしたような香りがした。

 それが鼻の奥底に留まってからゆっくり、ゆっくりとそこから抜けていく。


 「んく・・・・・・。」


 そして飲み込むと、舌の両端が僅かに苦い。

 これがコーヒーの味なのかな。


 まだ私の舌年齢だと、美味しさが分からないかも。


 これは、余り舌で転がさずに飲んじゃったほうがいいかもしれない。


 「んく、んく・・・・・・。」


 続けざまに2口、3口と連続で飲み込む。


 ん、喉越しが甘い。

 ミルクと砂糖との優しい甘さが二人で手を取り合って喉を撫でてくれる。


 美味しい。


 そして、鼻から抜ける焦がしの香りと苦み。


 それがどうにも何口目にもなるのにも関わらず慣れなくて、また砂糖とミルクになぐさめて貰いたくなってゴクゴクと飲んでしまう。


 これが、大人の味かぁ。


 やっぱり、私はまだ子供なのかもしれない。


 「そういえば先輩、これってカフェオレなんですが、カフェラテとの違いって分かります?」


 「え、どっちも同じものじゃないの?」


 「実はですね、違うんです。」


 「マジ!?どーゆーことなの?」


 「ふふ、どっちもミルクとコーヒーで作られているんですが、実はカフェオレはドリップコーヒーで作っていて、カフェラテはエクスプレッソコーヒーなんですよ!」


 「おおっ、そんな違いがあったんだ・・・・・・知らなかったし。」


 やがて、ズズッ、とストローが空気交じりの音を立て始めていた。


 もう無いのかぁ。

 結構ゴクゴク行っちゃってたかも。


 容器を傾けて、最後の一滴まで余さず吸い取る。


 ついにストローからはスースー、と空気だけの音しかしなくなった。


 「「「ごちそうさま。」」」 


 その時、いつものアナウンスが鳴った。


 「それじゃあ帰りましょう、先輩方。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る