北海道産小豆使用 小倉羊羹 atネーミングセンス

 帰りのHRホームルームが終わり、今日は掃除も割り当てられていないのでそのまま教室からでて一階へと降りていく。


 あちこちから机を引きずる音や色んな人の話し声が混ざって出来た雑音、タッタッと何十人もの足音が耳に届く。


 「今日はさくさくトイレの掃除みたいだからさ、下で待ってよーか。」


 渡辺さんがその手に持っているスマホを私に見せてくる。


 そこにはラインのやり取りが載っていて、相手の返信にこの携帯の持ち主が可愛いカピパラ?のスタンプを返している。


 って、階段を下りながらだと危ないって・・・・・・。


 「うわっ・・・・・・とっ。」


 なんて思ってる傍から彼女が足を踏み外し、段を一つ間違えてバランスを崩す。

 直ぐに体勢を元に戻し、あぶなっ、と額を人差し指で掻く。

 スマホを制服のポケットに入れ横にある手すりを掴んで、今度はゆっくりと下っていっている。


 とっさに私の両手が彼女を支えようと伸びていたけれど、そこまでの大ごとにならず良かった。


 「歩きスマホって危ないねー、やっぱ。」


 「う、うん。そうだね・・・・・・。」


 かく言う私も思い起こせば、外で信号が青になるまでの間弄って青になってから何歩かそのままで歩いてたりしてたっけ・・・・・・。


 うん、気を付けるかな。


 そして階段を下りきり玄関の前、廊下を行き来する人の邪魔にならなさそうな所に陣取ってスマホを取り出した。

 

 そしてこの間ダウンロードしたアプリをタップする。


 ゲームのロゴと発売の会社が出てから数秒した後に、日常離れした見た目の動物やドラゴンの描かれている画面が現れ、「タップ!」の文字が中央に現れる。


 「おっ、上原っちもダウンロードしたの?」


 見せて見せて、と肩をグイと掴まれ画面を覗いてくる。


 そのまま画面をタップし、画面を切り替える。


 私の本名をローマ字にしたueharaという文字とレベル8という文字、それからいくつかの横長の項目が出て来る。


 「なんか、まんまだし。名前・・・・・・。」


 名前を付けるってあんまりしたことがないから、確かに深く考えずに名前を付けてしまったかもしれない。


 「そ、そう?」


 ギギ、と口角をぎこちなく上げ、項目の中にある「ルーキーダンジョン」をタップする。


 そして数秒した後に再び画面が切り替わる。


 「ほら、見てあたしの名前!」


 すんごい考えて付けたんだし、とその画面を見せて来る。


 私の画面でueharaと書いてあるところにあった文字は・・・・・・。


 わたウーマン。


 「えっ・・・・・・。」


 「どうよ?かっこよくない?」


 鼻息をふんす、と鳴らしその画面を左右に揺らす。


 いや、その・・・・・・。


 「えっと、ダサい・・・・・・かも。」


 「えっ。」


 マジ?と今度は自らの画面を目を見開いて見てはわたなべ、わたなべ、と呟いている。


 「下の名前を使ったら?」


 それを聞くとハッ、としたような顔をし、


 「それだっ!」


 と、叫ぶように言うと、そのまま画面をタップし、何やら操作をしている。


 てっきり下の名前の「マノン」を使ってると思ったら、まさか渡辺の方をモジっているだなんて。


 私も、英語とかフランス語とかをモジってそこから名前を付けなおしてみようかな。


 「どうよ、これ!」


 そこに映っていた文字を見る。


 「マノウーマン!今度こそかっこいいでしょ!?」


 マノ、ウーマン・・・・・・なんだろう。なんなんだろうそれは。


 「あぁ・・・・・・うん、そうだね。・・・・・・さっきよりは。」


 渡辺さん、ペットを飼う予定が無いといいのだけれど。


 

 ピロピロピロリン。 

 

 「んじゃ、今日はあたしの番だね。」


 いつもの調子で彼女が歯を見せる。

 

 「ありがとう、渡辺さん。」


 「お世話になります・・・・・・なるッス。」


 長い脚でカツカツと前を歩き、眉を寄せて時に唸るような声を漏らしながら食べ物の陳列されている棚を見ていっている。


 今日は何を選ぶのだろうか。


 この間は小さなクッキーだったから、その系統でお菓子をいくのかな。

 それとも、お腹に溜まるたっぷりめなのを選ぶのだろうか。


 「んー・・・・・・。」


 一際大きな声で唸り、その首を捻っている。


 スナック菓子やグミなどがズラリとならぶお菓子コーナーだった。


 不意に彼女がポケットから薄い財布を取り出す。


 そして小銭入れであろう所を開き・・・・・・顔が険しくなった?


 彼女が財布を上下に振っている。小銭の金額を数えているのかな?

 チャリンチャリン、という音は、あまり金額が入っているそうには思えなかった。


 「もしかして、その・・・・・・ピンチ?」


 するとバッと私の方を見て、


 「ちょっ、ち、違うし!」


 そして再び陳列棚の方を一際険しい目つきで睨むように眺めている。


 「その、今日はそれぞれ自分で買うってのはどうッスか?」


 佐久間さんのその声に一瞬その顔が緩むが、


 「い、いや!今日はあたしの番だからなんとかするし!」


 そもそもピンチとかじゃないし!と額をじんわりと汗で滲ませながら早口で言う。


 「おっ、これ食べたかったんだー。」


 彼女にしては珍しい、感情のあまり籠ってない平坦な口調でそう口にしたかと思うと、バッと彼女の手が伸び、そこから3つ取り出すとそのままレジの方へと速足で去っていった。


 彼女の手にしたそこを見ると、そこには羊羹ようかんがあった。


 羊羹かぁ。


 そういえば、羊羹って元々は中国の料理で、元は羊の肉を煮込んだスープの事を指すらしい。

 それで、そのスープが覚めると肉のゼラチンが固まって煮凝りになるんだとか。

 それが日本に伝わったとき、肉を食べるのはあんまり好かれなかったから、精進料理として代わりに小豆を使ったのが始まりになったんだとか。


 なにはともあれ、羊羹っていつ以来食べるっけ・・・・・・懐かしいかも。


 

 「その、さっきはごめんね。課金ってものをしてみたらさ、気が付いたら三千円くらい使っちゃっててさー。」


 はは、と彼女が頭を掻きながらいつもよりぎこちない笑みを浮かべる。

 

 さ、三千円・・・・・・結構な大金・・・・・・。

 

 「いいよ、気にしないで。」


 「私も、大丈夫ッス。」


 課金怖いし、と苦い顔のまま袋に入っていた羊羹を取り出し、私と佐久間さんとに手渡した。


 じゃあ、早速。


 「「「いただきます。」」」


 羊羹の絵が描かれた表面、その裏側に開け口の切込みが入っており、そこを掴み横へ引っ張る。

 すると、そのまま綺麗に帯みたいに包みが剥がれていき、その中から半透明な黒が姿を現す。


 帯が外し終わり、包みが上と持ち手であろう下とに分かれた。


 そのまま帽子みたいにそこに被さっているそれを左右に少しずつずらしながら外す。


 「おおっ・・・・・・。」


 帯の隙間から見えていた時とはまた違う黒かも。


 少し傾けると上からの明かりが別の所に当たって・・・・・・その明かりが奥にまで染みていっているような気がする。


 明かりが当たって綺麗となるとガラスや陶器なんかも綺麗だけれど、これはまた別の・・・・・・。

 綺麗、かも。


 ふと両脇の二人の様子を見ると、同じように包みを剥がしてその中身を食べている。


 あっ、これ食べ物だった。


 よし、一口・・・・・・。


 「ん・・・・・・。」


 しっとりとした口当たり。

 歯で噛めばそれに逆らわずにそのままその身が崩れていく。

 表面はツルツルとした舌ざわりだけれど、歯で切った断面はザラザラとしていてなんだか楽しい。

 お、これって小豆かな?そのままの形で入っている。

 噛んだらジュン、と小豆の味がした。小豆だね、これ。

 

 「んっ・・・・・・。」


 鼻から小豆の甘い香りが抜けていく。


 そんなに口に入れていないのに、もう口の中が小豆に支配されてちゃってる。


 さて、二口目はどうしようかな・・・・・・。


 いや待って!


 ・・・・・・危なかった。


 このまま噛んでしまったら、持ち手の包み紙に羊羹がすっぽりと隠れてしまう。


 気が付けて良かった。


 ここは、噛まずに羊羹を挟んで引っ張って・・・・・・。


 よし、出来た。


 歯の跡が付いちゃって不格好だけれど、上手く出せたかな。


 結構多めに出しちゃった。

 白い明かりをその身が目一杯に吸収して、その黒が一層強く際立ってる。

 

 よし、大胆に大口で行こうかな。


 「んむ・・・・・・。」


 んん、喉の奥に当たってむせそうになったけれど、無事に口の中に入れられた。


 ツルツルとザラザラが口の中で右往左往している。


 その度に、口の中でぎゅうぎゅうに充満した小豆の香りが鼻から抜けていく。


 口に入れた量がさっきよりも多いおかげで、さっきよりも濃厚な小豆が主張してきてくれる。


 おいしい。


 最後の一口を包み紙のお尻からぎゅっと押し出し、そのままの勢いで口の中へと入れる。


 じっくりと余すことなく味わい、ゴクリと喉を鳴らしてそれを飲み込む。

  

 「「「ごちそうさま。」」」


 その時、いつもの列車のアナウンスが鳴った。


 「それじゃ、帰ろっか二人とも。」

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