バター香る芳醇 メロンパン atなんでもするから

 「何見てるの?」


 ポン


 「うわっ!」


 両肩に何の前触れもなく何かが圧し掛かり、声を上げてしまった。


 スマホに集中していて全く気が付かなかった・・・・・・。

 渡辺さんがいつの間にかそこにいる。

 

 肩に手を置いたのも彼女だった。


 手をそこに置いたまま、彼女の顎が私の頭に置かれてグイと体をくっつけて来る。

 彼女の髪の毛が上から伸びて来、何本もしな垂れてきた。


 「何調べてんの?」


 ちょ、ちょっと・・・・・・。


 「自信を持つ方法・・・・・・?」


 そしてそのまま画面を彼女自身の指でスワイプし、下へとスクロールさせてゆく。


 「んー・・・・・・あ、そういえば今日の朝はいつもよりも5分早く起きれたし!」


 画面に書かれている項目【小さなことでもできたことを書き出してみる。】が画面に映る。


 「ほら、上原っちは何かない?」


 え、えーっと・・・・・・出来た事、出来た事・・・・・・。


 「そういえば、数学の課題がうまく解けた・・・・・・かな。」


 私のその言葉に上から、マジ?と体がビクっとしてしまう程の声量で聞こえる。


 「え、マジで?課題ってあった!?」


 「うん、あったよ。」


 いつまでのだっけ?と幾らか震えた声が耳に届く。


 「今日提出だよ。」


 「ゲ・・・・・・。」


 なんか、両肩がじわっと熱くなって湿ってきたような・・・・・・。


 「ちょ、ちょっと写させて!お願い!なんでもするから!」


 「な、なんでもって・・・・・・。」


 その一言はもっと大事な時に取っておくべきなんじゃないかな・・・・・・。


 「この間の小テストも10点だったからマジで内申心配だし!お願い!」


 えっ、10点・・・・・・?

 確か50点満点のやつだよね。


 先生の話によるとあのテストは平均点が35点あたりだったらしく、まあまあ簡単なテストらしかった。


 彼女がそのままの姿勢で私の顔の前で両手を合わせ、上から覗き込んでくる。


 本当に数学が苦手なんだな、渡辺さん・・・・・・。


 本当は教えてあげたいところだけど昼休みが終わったらもうスグに数学だし、しょうがないか。


  

 ピロピロピロリン。

 

 「はぁ・・・・・・。」


 学校から出てから彼女はずっとこの調子でいる。

 その両肩はがっくりと落として下を俯いており、普段はしゃきっと伸びている背中も猫の様に丸まっている。


 それでも私よりも高い位置に頭があるけれど。


 「その、ほら・・・・・・次があるよ。」


 彼女が普段してくれるように八重歯を出して笑顔を・・・・・・慣れないことのせいで口の端がピクピクと痙攣してしまう。


 「まさかソッコーでバレるとは思わなかったし。」


 マジ意味わかんない、などとブツブツ呟きながら雑誌コーナーの方を見ている。


 ・・・・・・そりゃ、普段あんまり数学が得意じゃない人が基本問題のみならず応用の問題も余さず回答している、そんな課題を提出してきたら疑われるよね。

 

 「あ、今日は私の番だっけ?」


 沈黙が辛くなりそう切り出すと渡辺さんが、


 「ううん、課題のお返しに今日はあたしが出すし。」


 と言ってそこに積み重ねてあるカゴを一つ取り腕へと通した。


 「で、何食べよっか?」


 あ、それじゃあ・・・・・・。


 「メロンパンなんてどう?」


 パンと続いているけれど、いわゆる王道を外していたからそこを食べてみたいと思った。


 「お、王道じゃん。その存在忘れてたなー。」


 あたしも久々に食べるなー、と先ほどまでの深刻な顔と姿勢は消え、その長い脚から繰り出される足音は軽快なものとなっていた。


 2、3つの棚の交差点を曲がり、目的のパンコーナーへとたどり着く。


 改めて見ると結構色々なパンがあるんだな、ここ。


 お、あんパンとクリームパンもあるんだ。この二つもパン界の王道かもしれない。

 あん、クリーム、メロンはパンの御三家と言っても過言ではない。


 他にもツイストドーナッツにクロワッサン・・・・・・あっ、ジャムパン。これも王道かも。


 でもやっぱり今日はメロンな気分かな。


 そういえば、メロンパンって起源が謎らしい。

 いくつかの菓子パンって日本が発祥だからもしかしたら、と調べてみたけれどよく分からなかった。


 名前にメロンってついてるのにメロンは一切使われてもいないし。

 デコボコとした表面はメロンみたいに見えるけれど。


 一つ思い出したのは、ビスケット生地に使うメレンゲが訛ってそこからメロンパン、になったという説。

 確かにメロンパンってサクサクの生地だったな。  

 

 「あったあった。」


 そんな事を考えながらそこにあるメロンパンを見つめていると、横の彼女が二つのそれを棚から取りカゴへと入れ、


 「んじゃ、行ってくるねー。」


 そのままレジの方へと消えていった。



 「「いただきます。」」


 彼女から手渡されたそれの端を掴み、ピッと開封する。


 スンスン


 うん、やっぱりメロンの匂いはしない。

 

 見た目がメロンだし名前もそうだからもしかしたら、なんて思ったけれどそんな事は無かった。


 袋から掴んで取り出すと、目で見えていたデコボコが思いのほか凹凸のあるデコボコだということに気が付く。


 へぇ、砂糖が塗してあるのかな。


 黄色い山にキラキラと輝く透明な粒が付いている。

 砂糖ってこんなに綺麗だったっけ。

 

 両手で掴む。


 「おぉ・・・・・・。」


 表面の凸凹の底がふわふわとしている。

 

 表面の見た目のせいでその部分の柔らかさが引き立って感じられて、まるで硬い甲羅を背負った動物の敏感なお腹を触ってしまっているような・・・・・・ついサワサワしたくなる。


 ひとしきりその感触を指の腹で楽しんだ後に、ぐっと掴んでその端を口に入れる。


 ん・・・・・・見た目ほど硬くないかも。

 歯で噛み千切り易く、そのままの勢いで繰り返し噛むことができる。

 見た目でゴツゴツ主張してくるものだからてっきりもっとゴリゴリした食感かと思ってた。


 あ、でもちゃんと香りはクッキーだ。

 

 柔らかさな生地が口の中でバウンドし、歯で踏むたびに反発して押し返してくる。


 ゴクン、と喉を鳴らしてそれを飲み込む。


 「ん・・・・・・。」


 次はどう行こうかな。


 真ん中で柔らかさを楽しむのもいいし、端っこを重点的に口に入れてちょっと硬めの生地を味わうのもいいかも。


 ・・・・・・よし。端行こう。


 そう決断し、ちょっとパンの持つ手を回し、そこにある端っ子にがぶりと噛みつく。


 「んん・・・・・・。」


 うーん・・・・・・これは失敗だったかも。

 サクっとしたクッキーの感じを想像して口に入れたら、結構やわやわだった。

 

 このメロンパンはきっと、この柔らかめなクッキー生地とふわふわのパン生地との合体を味わうものなんだ、たぶん。


 今度は大胆に口に入れてそれを頬張る。


 ん、やっぱりこれが正解かな。


 柔らかさの中にあるほんのり硬いクッキーとが噛むたびに入れ替わって舌をつついてくる。

 なにより、鼻から抜けるクッキーの香りがすごく丁度良くなった気がする。


 美味しい。


 そして最後の一口を放り込み、名残惜しくて今までの2倍くらい噛んでから飲み込んだ。


 「「ごちそうさま。」」


 その時、いつものアナウンスが鳴った。


 「それじゃ帰ろ!上原っち。」 

 

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