マスカルポーネ使用 チーズ蒸しケーキ at考え事
「今日カラオケ帰りにいかないー?」
「おお、いいね!いつものメンツも誘ってみるよ。」
帰りのホームルームが終わってガヤガヤと鳴り始めた頃に、そんな会話が耳に届いた。
その声のした方を見ると、一人がスマホを取り出して何かしらの操作をしている。
そういえば最近日照時間が増えて明るい時間が長くなってきたし、寄り道もしやすくなったもんなぁ。
カラオケかぁ・・・・・・渡辺さん、誘われてそうだな。
皆でワイワイと私と二人きりで買い食い。その二択だったら、どっちを選ぶのだろう。
渡辺さん、私なんかといて楽しいのかな。
私に無理してまで合わせてるのだろうか・・・・・・?
ふと彼女を見ると、自らのスマホの画面に目を落としている。
誘われたのかな・・・・・・。
「ね、ねぇ渡辺さん。理科室に向かおう。」
そんな事を言って浅はかだけれど悟られぬ様に、今日の当番である掃除場所を匂わせながら忍び寄りその画面を覗き込んでしまった。
「そうだね、いこっかー。」
画面がオフになる前に一瞬映ったそれは、色んなアプリが並んでいるホーム画面だった。
彼女は、何を見ていたんだろう。
もし、もしもラインだったら・・・・・・行こう、と返信したのかな・・・・・・?
「なんか今日はゴミ多かったし・・・・・・。」
ガララッ、と扉を引いて彼女が戻って来ては手に持ったゴミ箱を置き、その手を肩に置いてモミモミと揉んでいる。
「こっちも終わったよ。」
机を拭いた布巾と乾拭きした布巾を窓際に備え付けられている棒に干す。
丁度その時に他の当番の子が呼びに行っていた先生が到着し、一通りぐるりと見て回るなり帰って良し、とOKをしてくれた。
「ねえ、渡辺さん。」
鞄からスマホを取り出しながら彼女が、何?と意識だけこちらに向ける。
「私と一緒にいてさ、楽しい?」
「何々ー、急にどうしたの?」
アハハ、と手にしたスマホをポケットに仕舞いながらいつもの様子で彼女が笑う。
「今日の放課後に教室でその、カラオケに行く行かないって話をしている人がいてさ。」
「カラオケ?いーじゃん!行こ行こ!」
と、嬉々と目を輝かせる。
「いや、ごめん。そうじゃなくてね。」
そんな顔を浮かべる彼女に言うのは罪悪感があるけど、それを否定する。
「んん?ホントにどうしたの?」
「渡辺さんはさ、どうして私なんかに付き合ってくれるのかなって。」
彼女がぽかん、と口を開いて僅かばかりその動きが止まる。
「なんか?」
そう言うと彼女が突然、私の肩を掴む。
その眉間には僅かに
「私なんか、なんて言っちゃダメ。」
そしてその表情がいくらか和らいだかと思うと、
「自分で自分にそんなこと言っちゃダメ。あたしに無いものを沢山上原っちは持ってるんだから、もっと自信もっていこーよ。」
そして私の肩から手を離して、ふふ、と口から笑い声を漏らす。
「それにあたし、上原っちと過ごす時間が好きだし。」
そう言って眩い笑顔と八重歯とを見せてくれた。
ピロピロピロリン。
「それじゃ、今日はあたしの番だねー。」
久しぶりにチーズっぽいの行きたいなー、と彼女が歩きながら並んでいる商品を見てゆく。
そういえば、渡辺さんってチーズが好きなんだっけ。
こうして寄り道を初めた辺りでレアチーズタルトを美味しそうに食べてたなぁ。
「そういえば渡辺さんって。」
ん?とチーズを使った製品の並んだ、ひんやりとする陳列棚に目を向けたまま彼女が反応する。
「何チーズが好きなの?」
チーズについてこの間調べてみたら、いろいろな種類があったっけ。
【引きちぎる】という意味のモッツアレラや、アニメで見る穴あきチーズのモデルになっているエメンタールというのや、見た目がちょっと気持ち悪いと思ったけれど、あのエリザベス女王の好きな物のブルーチーズだったり・・・・・・。
そういえば、渡辺さんってハーフだし海外で住んでいたりしたのかな。
もしかしたら私の知らないチーズが好きなのかもしれない。
「あたし?あたしはチーズだったら何でも好き!」
「え、な、何でも?」
「なんというか、チーズって名前がついていたら何でも好きだし!」
割けチーあったら買ってるんだけどな、とチーズの密集した辺りに目を凝らしている。
何でも好きなんだ・・・・・・。
海外の人ってチーズに拘りがあるイメージだけど、渡辺さんってあんまそういうのないのか・・・・・・。
チーズコーナーにめぼしいものが無かったらしく、次は後ろあったパンコーナーの方を向き、おっ、と声を上げてそこから一つ手を取る。
「これいいんじゃない?」
彼女が見せてきたのにはマスカルポーネ使用という文字が書いてある蒸しパンだった。
マスカルポーネ・・・・・・確か、生クリームみたいな感じでお菓子のティラミスに使われているチーズだっけ?
「可愛い響きじゃない?マスカルポーネ。」
渡辺さん、マスカルポーネを知らなかった顔してる。
「う、うん。女の子みたいな名前だね。」
「あー、なんかお下げしてそうだよねその子。」
これでいい?という彼女の問いに頷いて返すと、もう一つそこから取り出してレジへと向かって行った。
「はい、上原っち。」
ありがと、と手渡されたそれを受け取る。
まん丸の焦げ茶色の生地がなだらかに盛り上がっていて、その周りに白い花びらの様に見える紙を纏っている。
って、これ293カロリーもするの!?
確か・・・・・・ご飯一杯、食パン一枚を優に超えてるよねコレ。
コンビニで見た時に見落としていたけれど、これなかなかのモンスターではなかろうか。
いや、もしかしたら今まで食べたものの中にはこれを簡単に超えるような物を食べてるかもだけど、こうしてパッケージに黒い文字で書かれているとなんというか・・・・・・罪悪感がドスンと来ちゃう。
「んむ、んむ・・・・・・。」
彼女の方を見ると、もう中身を取り出して一口齧っている。
感じる罪の意識から目を瞑って逸らしつつパッケージを開け、中身を取り出して空袋をくしゃりと丸めて制服のポケットに突っ込む。
ふぉ・・・・・・ふわっふわしてる・・・・・・。
このこげ茶の表面、ものすごい押し返してくる。
うわすごい、圧したら指の後も残らないくらいすぐに元に戻る。
293・・・・・・293・・・・・・いやもういいや!
もう行っちゃうか。罪を犯しちゃおう。
纏っている紙の端を人差し指と親指で掴み、ゆっくりとペリペリ剥がしていく。
すると、こげ茶の一面と一転して、寒空に浮かぶ月の様に黄色い生地が現れた。
そのまま周りをゆっくりを剥がしてゆき、紙を取り外す。
姿を現したドーム状のそれは側面に紙の跡が等間隔に付いていて、東京ドームみたいな美しさがある。
鼻を近づけてスンスンと鳴らしてみると、酸っぱさと甘さの混ざったチーズ特有の濃厚な香りがスーッと鼻を抜けて体に巡っていく。
・・・・・・いただきます。
まずは一口。
手から伝わるふわふわ生地とは裏腹に、口に入れてみるとしっとりとしている。
そして・・・・・・おおっ、チーズが噛む度に肉汁の様に染み出してくる。
生地の穴ぼこ一つ一つに隠れているんじゃないかというくらいに濃厚な味。
匂いを嗅いでいた時なんかと比べ物にならないくらいの香りが鼻から抜けていく。
依然として手で生地を押すとギュムギュムと押し返してきてまるで私を挑発しているみたい。
見た目の黄色とびっしり詰まった中身、そして口にして分かるボリュームのある超チーズ。
美味しい。
うわっ、あと残り一口か・・・・・・!
一口を運んだときの口当たりがあまりにも違和感なさ過ぎて気が付いたら・・・・・・恐ろしいこれ。
最後の一口を口に入れ、せめて最後はとじっくり何度も噛み、余すことなく味わった後にゴクン、と喉を鳴らした。
「「ごちそうさま。」」
二人で手を合わせた後、コンビニの袋にゴミを纏める。
「あのさ、上原っち。」
袋の口を結びながら彼女が口を開く。
「あたし、上原っちの事
だからさ、と私の方を向く。
「もっと自分に自信もってこーよ。」
いつもの笑顔、というよりはぎこちない・・・・・・ちょっと照れてる?様子で言ってくれた。
自信をもって、かぁ・・・・・・。
ちょっと意識してみようかな。
その時、いつものアナウンスが鳴った。
「あっ、それじゃ帰ろ!上原っち。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます