マーガリン入りバターロール atあの子

 「ん・・・・・・っと。」


 靴の踵を踏まない様に人差し指でそこを抑えながら足を入れていく。

 特に違和感は・・・・・・よし、無いかな。


 捲れたソックスを伸ばし、横に置いた鞄を手に取って立ち上がる。


 周りからは運動部、今日は陸上部かな?その人達が学校の回りで走り込みをしているらしく、校門を出るときにすれ違った。


 いつもの曜日になったのに渡辺さんから帰りに声が掛からず、気になって彼女に今日は行かないの、と尋ねると


 「ごめん、今日はバイト有ってさー。また今度に!」


 あれ、うちの学校ってバイトオーケーだったっけ?と疑問を持ったが、彼女曰く特別に学校側から認められているらしい。

 

 普段あんなに明るいのに、結構苦労しているのかな・・・・・・。

 もしかしたら、無理して私に合わせてくれてるのかもしれない。

 

 渡辺さんって、私だけに関わらず他の人ともよく楽しそうに話していたり、休み時間にスマホを取り出してSNSをしてたりもしているもんな。

 

 私、彼女みたいに明るくは無いし、背も低いし、それに・・・・・・。

 食事の楽しさが何となくだけど分かってきたし、私・・・・・・。


 ふと気が付くと、いつものコンビニの前で足が止まっていた。


 今頃だったら中に入って彼女と一緒に何を食べるか見て回ってたのかな。


 駄目だ。一人でいると変な事ばっかり考えてしまう。


 また次行くことを約束してくれたんだし、今日は大人しく帰ろう。


 「あ、上原センパイですか?・・・・・・ッスか?」


 後ろから声が聞こえ、首を後ろに回す。


 「ん、佐久間さん?」


 ボブヘアーに印象的な口元の黒子。

 そして制服には1年生であることを示す青色の胸リボンが付いており、鞄には私も見たことがあるキャラの人形が付いている。


 「今日は部活は無いの?」


 その言葉に彼女は小さく頷き、今日は休みッス、と口にする。

 それからポケットや髪の毛を弄り始めた。

 

 何だろう・・・・・・?

 なにか私に用があるのかな?


 彼女の指がその髪を巻いたかと思うと、夕日に照らされてツヤツヤとしたそれがシュルンとそこから元の髪の位置へと戻る。

 

 そしてその口は僅かに動いたり止まったりを繰り返している。

 

 ・・・・・・用は無くて、偶然見かけたから声を掛けただけなのかな。

 なら、軽くこの間の3人でいたときの話をして駅に向かおうかな。


 「あ、あの・・・・・・!」


 「えっ、どうしたの?」


 「この間はセンパイに奢ってもらいましたし、この後時間さえ良かったらどうでしょうか?・・・・・・ッスか?」


 

 ピロピロピロリン


 今日はその音が耳に届く予定では無かったんだけど、これを聴くとさっきまでのネガティブな考えがいくらか引っ込んでいくような気がする。


 「えっと・・・・・・センパイは普段どんなのを食べてるんですか?」


 佐久間さんが出入り口にあったカゴを取る。


 「どんなの・・・・・・って言っても、割と日によってまちまちかな。」


 チーズ、肉、最近はスナックが多いけれど、割と急に別の物が食べたくなる時もあるからコレ、というのが決められない。


 彼女がキョロキョロと周囲を見渡し雑誌コーナーの方に視線を移したかと思えば、目を見開いて頬を赤くしてはブンッとそこから顔ごと逸らした。


 彼女の視線の先を見てみると、そこには上半身裸のモデルの映った雑誌と、すぐ隣に成人向けの雑誌がズラリと並んでいた。


 「貴方の食べたいのでいいよ。」


 この間の苺も私が食べたかっただけだしね、と付け加えると


 「で、でも私の食べたいのって言われても・・・・・・。」


 店内を歩き品物を見ては私の顔を見る、次の陳列棚へ行っては私を見てオロオロと言ってもいいくらいに恐々と商品を見ていく。


 「あ、あの・・・・・・こういうのどうッス?」


 そうして彼女が手に取ったそれを見ると


 「パン?」


 今までに食べたことがないジャンルだった。


 「パン、苦手だったですか?」


 バターロールかぁ・・・・・・。


 よく朝に食べたりはしているけれど、夕方にみるきつね色のパン生地がなんだか新鮮に思えた。

 

 「センパイ?」


 4つ入りで、まるっと膨らんだそれらの触り心地を想像すると、指の腹がそわそわしてしまう。

 それに、パッケージの袋を見るとしっとり食感らしい。


 この柔らかそうな見た目でしっとり食感・・・・・・どんな味がするんだろう。


 「あの・・・・・・どうしました?」


 佐久間さんに肩を叩かれハッとする。


 「どうしたの?」


 「えっと、パンって苦手でしたッスか?」


 「ううん、大丈夫だよ。」


 私がそう返すと彼女が、じゃあ行ってきます、とレジの方へ向かった。



 「「いただきます。」」


 いつもの掛け声だけれど、横には初めて、いや厳密には2回目だけれど。


 「じゃあこれから開けますね。・・・・・・ッス。」


 彼女が袋の前と後ろとを掴み、パリっと開く。


 その口からふわりとバターのような匂いが鼻に届いた。


 どうぞ、とその開け口を向けられ、ありがとう、とそこから一つ取る。


 駅の上からの白い明かりがそのきつね色の生地で反射する。


 手首を回すとその度に生地がてらてらと照らされてちょっと楽しい。


 早速一口。


 スベスベとした表面とその下にびっしりと張り巡らされた生地。

 その層が思ったよりも厚く、そこを奥歯で噛んでみるとそれらが押し返してきてこっちもつい力を入れて噛んでしまう。


 お、この一口じゃまだ中のマーガリンにはたどり着いて無かったんだ。


 前歯で噛み切った断面を見てみると、びっしりと張めぐされた空気の層と白い生地、それらの中央からの黄色のマーガリンが自己主張をしてくる。


 その勢いに乗っかって今度は大きめに一口齧る。


 おお・・・・・・。

 マーガリンがムニュっとはみ出してきた。

 すごい自己主張してくる。

 

 そして舌にそのままそれが触れてくる。


 マーガリン自体、最近口にしていなかったからわからないけれど、仄かにマヨネーズみたいな酸味がする。

 そしてそれが周りの生地が口の中で混ざり合い、バターの風味とマーガリンの我儘な程の主張が混ざり合う。

 それらを噛み応えのある生地が仲介して丁度のいい酸味と風味に調整されて口の中を支配する。


 「ふぅ・・・・・・。」


 美味しい。


 コンビニのパンって色々な種類があったし、次渡辺さんと食べるときはパンというのもいいかもしれない。


 手に残った残りのパンを口に放り込み横の佐久間さんを見る。


 彼女は少し変わった食べ方をしていた。

 そのパンを耳元にもっていってはその生地をムニムニと手で何度か押し、それからそれを目を閉じて一口齧り、速く口を動かしたり逆に遅くしたりしている。


 もしかしたら、渡辺さんみたいにASMR・・・・・・だっけ。好きなのかな。


 次のパンを手に取り、今度は大きめに口を開けて半分ほど一気に口に入れてみる。


 マーガリンの油がプニュっと口の中で爆発し、その破片が生地へと散らばる。

 酸味と風味が鼻から抜けていく。


 噛めば噛むほど唾液が出て味が薄くなっちゃうな・・・・・・。


 タイミングを見計らい、一気に飲み込む。

 う、ちょっと喉に支えそうだったかも。危なかった。


 次は味の薄さも楽しんでみようと思い立ち、最後の一口をグイと全部入れる。

 そして入念に前歯、犬歯、そして奥歯と上下全部の歯を使って唾液が出るのを促す。


 唾液と生地とが混じってトロトロになっていき、そして仄かな酸味。

 味は薄くなってしまったけれど、このトロトロの触感好きかも。


 名残惜しいけれど、ゴクリと喉を鳴らして最後のそれを胃へ流し込む。


 「「ごちそうさま。」」


 その時、駅のアナウンスが鳴り響いた。


 「それじゃあセンパイ、帰りましょう。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る