サクサク食感のチョコ棒 at難しい公式

 「ぐぬぬぬぬ・・・・・・。」


 渡辺さんが机に置いてある数学の教科書をあなが空いてしまうのではないか、というくらいに険しい目つきで見つめている。

 どこか体の調子が悪くなったのかな?

 

 「ふぬぬぬぬ・・・・・・っ!」


 今度は両手をその指先が圧迫されて白くなる程に強く握り、眉間にしわを寄せている。

 もしかしてお腹が痛いのだろうか。


 そんな彼女の一連の動作を見て、私が小学生くらいの頃に見たテレビ番組で超能力者特集というのがあったのを思い出す。

 見るからに胡散うさん臭い人が自ら超能力者を名乗って今の彼女みたいに念じたら、その手にもつスプーンがぐにゃりと曲がったり、離れた場所にあった物が燃えたりしたんだっけ。


 そんな事を考えていたら目の前の彼女がぷはっ、と呼吸を止めていたのか大きく息を吸い込むんだかと思うと、はぁはぁと息を乱し肩を上下させている。

 もしかしたら、持病の発作とかなのかもしれない。彼女にそんなのがあるのは知らなかったけれど、彼女の鞄の中に薬が入っているかもしれない。


 とにかく、彼女の容態を確認しないと。


 「ど、どうしたの?」


 私の質問にいやー、と彼女が頭を普段よりも激し目に掻く。

 

 「念じたら答えが浮かばないかなーって思って。あるっしょ?そういう時。」


 念じてた。

 どこか悪いとか痛いとかなさそうな様子だけど、え、念じてた?


 「ない・・・・・・かな。」


 その答えに彼女が苦笑いを浮かべて、でもさでもさ、と教科書の問題に指を指す。


 「ここチョー意味わかんないし!式だって上原っちっからおせーて貰った式のどれを使えばいいのか分からないし・・・・・・。」


 ぐるぐると何度もそこを指で囲んで溜息を吐く。


 彼女が指を指しているのは、テストだったらそれを解くだけでかなりの点数が貰えるけれど、途中の式や単位、その他の説明がきちんと書けてないと減点される問題。


 だから


 「確かにこれは難しいけれど、とにかく何でもいいから書いてみる事・・・・・・かな。」


 「え?なんで?満点貰えないじゃん。」


 それでいいの、と言って私はその問題の解く式と説明、そして答えと単位をノートに書く。


 「この中のどれかに掠りさえすれば、1点や2点だけでも点数が入るかもしれないんだ。」


 だからさっぱり分からなくても空白は避けた方がいいよ、とそのノートを回転させて彼女に見せる。


 「それは分かったんだけど・・・・・・じゃあどうすればいい点ってとれるの?」


 頭をひねり、人差し指で頭をトントンと叩いている。


 「基礎の問題を落とさない様にするしかないかな。」


 そう言うと彼女が明らか様に嫌そうな顔を浮かべ


 「結局公式を覚えなきゃなのかー、つらー・・・・・・。」


 と、溜めに溜めた溜息を付いた。



 テロテロテロリン。


 「今日はあたしの番ね!」


 八重歯を見せて私に笑いかけてくる。


 そしてスタスタと歩いていき、スナック菓子のコーナーへとたどり着く。

 すっかり見慣れたその景色だけれど、まだ食べたことの無いものの方が多い。


 音の出るいい物でせんべいが続いていたけれど、今日は何にするのだろう?

 和風だと歌舞伎揚げにげんこつ揚げなど、まだまだ彼女好みの音を奏でそうなお菓子は沢山ある。

 それとも、海鮮系のせんべいに行くのだろうか。

 

 「チョコってさ、たしか頭にいいんだっけ?」


 「・・・・・・それは分からないけど、疲れが取れるって聞いたことはあるかな。」


 意表いひょうを突いたジャンルに反応が遅れてしまった。


 チョコかぁ。

 せんべいが続いてきたから、外国からやってきたお菓子を挟むというのも楽しそうだなぁ・・・・・・。


 そっかそっか、と彼女が呟くと上の方に並んでいるチョコ菓子の方に目線が行っている。


 上の方はあまり見ていなかったかもしれない。

 改めてみると、そこにもいい音がしそう・・・・・・口に入れたらサクサクと音がしそうなお菓子がギュウギュウに自己主張してくる。

 黒い普通のチョコがある中、いちご味のチョコの赤が目を引くなぁ。


 よし、と彼女が頷き、一つ手に取る。


 「サクサク食感のチョコ棒。どうよコレ?」


 タイトルからすでに分かるサクサク感と、パッケージに描かれているチョコデコレーションを見て口の中にちょっと水が湧いてくる。


 「おっ、これ10本入りだって!いいじゃんいいじゃん!」


 パッケージの裏の内容量を見るなり、目を見開いてそこと私とを交互に見る。


 「うん、それいいね。」


 と私が言うと、彼女は、んじゃ買ってくる!と微笑み軽い足取りでレジへと向かった

 


 ピッと彼女の手によってパッケージが破られ、中身が現れる。


 中の様子はさらに小さく細長い袋が10つ入っており、その中に入っているらしい。


 「はい、上原っち。」


 彼女からその中の一つを差し出される。


 ありがとう、と礼を言い早速ピッとその袋を開封する。


 ふわっとチョコの香り。

 

 真ん中に穴が開いており、その表面はチョコのコーティングが波打っており、手をそこに滑らせるとトントンと指の腹が踊る。


 ふと内側のパッケージを見るとチョコが棒の向きに添って一直線についており、そこでハッとチョコは熱を受けるとすぐに溶けてしまうということを思い出す。


 慌ててそれを半分ほどまで口の中に入れて・・・・・・いや、待った。


 最初の一口をこんなにいってしまったら流石に贅沢なんじゃないだろうか?


 落ち着いて、それをもう一度観察する。


 半分ほどまで一気に咥えずとも、普通に食べても3口ほどで食べられるサイズ感だ。

 このくらいならば、焦って食べずともチョコがすぐさま溶けることはないかな。


 危なかった。

 目先の情報で貴重な一本を早食いしてしまうところだった。


 深呼吸をし、今度は3分の1程を目で測って丁度そのあたりを唇で挟み、一気にかみ砕く。


 サクンッ。


 おおっ・・・・・・慎重にゆっくりとするつもりが、真ん中が空洞という仕組みのせいで思いのほか歯の挟むスピードが速くなった。

 

 そして、綿あめのように溶ける中身と、それを追うようにじわじわと溶けていったチョコ。


 もう口の中から消えてしまった。


 今度は慎重に、万力の様にじっくりと歯を上から下からと伸ばす。

 

 サクン、と今度はもっといい音がしたような気がしたが、口の中で溶けるサクサクとチョコのトロリとしたものは変わらなかった。


 ふと我に戻ると、3口目を口にし、もう手の上は空の袋になっていた。


 これは、恐ろしい。

 何本でも行けてしまう恐ろしさがあるかも。


 2本目を取り、封を開ける。


 お、チョコが変な形で固まって一部が横にまっ平になっている。


 一口目を齧り、今度は噛まずにチョコのついている外側に舌を動かす。

 トロトロとチョコが解けていき、舌がチョコ色とチョコ味になっていくのが分かる。


 うわ、チョコを剥がしたら中身が唾液に触れているだけでどんどん小さくなっていく・・・・・・本当に綿あめみたいかも。


 二口目。


 今度は一点集中でチョコを溶かす。


 すると、中身がちょこんと発掘され、ザラザラとした感触で舌を刺激してくる。

 それがジュウジュウとこれまた溶けていく。

 

 渡辺さんを見ると、私よりも噛む時間に2倍の時間を掛けているらしかった。

 サク、サクと最大限の音を楽しんでいるように見える。


 そうして、大袋の中に10つの空袋が入った。

 

 「「ごちそうさま。」」


 その時、いつもの列車のアナウンスが鳴った。


 「それじゃ、帰ろっか!」

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