えびみりん焼き at彼女の趣味

 「ん?何見てるの渡辺さん。」


 授業と授業との間の休み時間。次の授業は別の教室でする授業だけど、彼女は自分の席で頬杖を付きその耳にイヤホンを付けてスマホの画面を見ている。

 

 私の声は聞こえていなかったらしく、そのまま液晶画面を見てうっとりとした表情をしている。


 その肩をトントンと叩く。


 するとイヤホンを外して私の方に顔を向ける。


 「え、何?」


 「次の時間、英語だよ?」


 ヤバッ、と彼女が教室に貼ってある時間帯を見ると、素早い動きで教科書とノートとを取り出した。


 「さっきって何してたの?」


 大きな歩幅で歩く彼女に小走りで何とか追いつく。


 「ちょっとyoutubeをね。」


 ASMRって知ってる?と揺れる髪を後ろに鋤ながら尋ねてくる。

 

 「ASMR?聞いたことないかも。」


 NPOやEUみたいな、そういういくつかの単語を合わせた何かの略称なのかな。

 

 「えっとね、確か・・・・・・。」


 彼女がスマホを取り出し、指でタップしたりスワイプしたりを何度か繰り返す。

 

 「あ、あったあった・・・・・・。えっとね。 Autonomous Sensory Meridian Responseの略だね。」


 英語の授業の時で分かってたけど、やっぱり渡辺さんってハーフなんだと理解する。

 発音がすごい。

 特に巻き舌を作る発音の時なんて、私には真似できそうにもないくらいに綺麗だ。

 

 「自律神経経線反応?」


 教室へ到着し、彼女の座った隣の席へ座って腕に抱えた罫線ノートと教科書、筆箱を机に並べる。


 「あー、Meridianね。あれね、絶頂って意味もあるんだし。」


 「ぜっ・・・・・・。」


 ぜ、絶頂・・・・・・?


 「絶頂・・・・・・?」


 「そ、自律神経絶頂反応って意味だし。すっごく気持ちいいよー。」


 彼女が身震いをし、耳に手を抑える。


 今度上原っちにも聞かせてあげるし!といって彼女が授業の準備を始めた。


 ・・・・・・私、どうなっちゃうんだろう。



 テロテロテロリン。


 「んじゃ、今日はあたしの番だねー。」


 コンビニに入るなり、渡辺さんがスナックやチョコ菓子の陳列されている棚へと歩いていく。


 今日は食感があるのを食べたくて、と言ってとある商品が所狭しと並んでいる棚の前で止まる。


 「せんべい?」


 そこにはシンプルな味噌やしょうゆ、それにイカのせんべいにエビのせんべい・・・・・・うわっ、うにせんっていうのもあるんだ。

 少し離れた所には海苔が巻かれている品川巻というものや、揚げ餅というのもある。


 今まで食べたものとは一気に毛色が違う食べ物だ。

 チーズ、ジャーキー、ポテトの次に和風。


 今日の英語で先生に差されてネイティブな発音をしていたあの彼女が、今はせんべいのコーナーの前にいる。

 

 「そ、いい音しそうでしょ?」


 ちょっと動画に影響されちゃって、と彼女が頭を掻き歯を見せる。

 さっきのASMRだっけ?それなのかな。


 ・・・・・・せんべいかぁ。

 思い返すと前は家によく置いてあったっけ。皆家にいる時間が減ってから食べなくなったなぁ。

 お姉ちゃんが塩味のが好きだったからよくそれを皆で食べてたっけ。


 「あ・・・・・・もしかしてアレルギーとかあった?エビとか大豆とか。」


 「ううん、小麦も大丈夫だよ。」


 私を覗き込むようにして見ていた彼女がそう?と首を傾げると、彼女に手に取ってもらおうと主張するパッケージの数々を顎に手を当てながら見定めている。


 透き通るような茶色の瞳が左から右端、続いてまた同じように左から右へと動く。

 おっ、あっ、なんて声を漏らしつつそれらに人差し指が触れるけど、程なくしてムム、と唸ってはまたその手を顎に戻す。


 そして。


 「これなんてどう?」


 そう言って彼女が手に取ったのは、私の思い出の中にあるせんべいよりも二回りくらい大きなせんべい、それがパッケージに描かれている。

 ピンク色に青のりみたいなのがあちこちに練りこまれている、そんな見た目をしているせんべい。


 「お、おっきいね・・・・・・それ。」


 「でも、食べたらいい音しそうっしょ?」


 確かに大きいとその分繰り返して口に入れなきゃいけないから、その度にせんべいを折る音なんかが聞こえてきそう。


 「うん、しそうだね。」


 「んじゃ、これでいい?」


 その言葉に私は頷いた。


 

 「じゃ、開けるよ。」


 駅のいつもの長椅子に座り、渡辺さんがさっき買ってきたものの口を掴み、ピッと開け放つ。


 その中を横から覗き込むと、その中には私の手の平じゃ収まらない程に大きいせんべいが6枚入っていた。


 「はい、上原っち。」


 彼女がその中から1枚を取り出して私へと手渡す。

 ありがとう、とそれを受け取った。

 

 その周りは凸凹としていて手作りで作っているような見た目をしていて可愛い。

 ピンク色に、所々の青のりがその所々に埋め込んであり、薄いせんべいの中にぎゅうぎゅうに埋まっていてそれが主張してくる。


 渡辺さんも一枚を取り出し、その口を大きく開けたままそれを傾けたり、自分の顔を傾けたりしている。


 そうしてゆっくりと勿体ぶるようにせんべいの一部分を口に入れると、手を自身の方に曲げてそれを折った。


 パリッ。

 それからシャクシャク、とせんべいが口の中で噛み砕かれていく音。


 20回くらいそれがリピートされた後にゴクン、と彼女が喉を鳴らし、依然としてまだ普通よりも大きなサイズを保っているそれの一部分を口に入れてまた折る。


 早速、こちらも同じようにせんべいを口に入れる。


 凸凹した所を舌でなぞると、ザラザラとしていてちょっと気持ちいい。


 そして唇で挟み、彼女の様に手を自分の体の方に持って行き、それを折る。


 ザクッ。


 唇で閉じたせいか、口の中で反響して少しくぐもった音になる。

 でも、それでもそのオトマトペを聞いて、気分が良くなるような気がした。

 

 そしてシャクシャクと噛んでみる。


 大きいのを口に入れたというのもあるのか、とても濃厚なエビの風味がした。

 そして甘味が口の中を刺激して次の一口を舌が求めてくる。


 何度か噛んでいくとそれが溶けていって、もう噛めなくなるほどに溶けたそれをゴクンと飲み込む。


 美味しい。


 次の一口を口に入れ、今度は唇で押さえずに歯のみで挟んで折る。


 パキッ。

 そしてプチプチと歯で力を入れたところからせんべいに亀裂が走ってそこが切り離される。

 大きなせんべいから切り離された細長いそれを右手に持ち替えて、口の中に丸々入れてみる。


 両奥歯で噛むと口の中の音がより大きく反響し、耳が震えているような感覚に陥った。


 「うん、やっぱいい音する・・・・・・。」


 彼女が片耳を押さえて、もう片方の手で2枚目を取り出す。


 「せんべいって久しぶりに食べるんだけど、美味しいね。」


 同じく私ももう一枚を取り出す。


 「そっかー。あたしは家にあるからよく食べるけど、醤油ばっかだから飽きちゃって。」


 えびせんなんて私も久しぶりだし、と彼女は続け、今度は迷いなくせんべいを口に入れた。


 やがて3枚目も食べ終わり、その袋の中身が空になる。


 その時、列車がもうそろそろで到着するというアナウンスが鳴り響いた。


 「んじゃ、帰ろっか!」

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