極細ビーフジャーキー at体育

 「今日みたいに寒い日に走るなんてついてないし・・・・・・。」


 学校指定の赤いジャージを身に纏った渡辺さんが呟く。

 両腕を抱え、そこを両手で擦っている。

 というより、震えているのかな。


 体育の授業。


 今日は走り込みで学校の周囲を走って回る、というものだ。


 正直にいって、意味を見出せない。

 辛い。ただただ辛い。


 今日最後の授業というのが幸いかな。


 「あ、でもそんなに汗は掻かないかもだねー。」


 といってジャージの襟や裾を掴んではそこの匂いを嗅ぎ「柔軟剤の匂いしてるし大丈夫っしょ。」と呟く。


 香水とか校則でダメだもんね。

 もしもオーケーだったら、渡辺さんつけてくるのかな?


 先生が準備をするように、と私たちへ促す。

 今日は3週走るらしい。多い・・・・・・。


 「どーする?一緒に走る?」


 「んーんー、気にしなくてもいいよ。」


 歩くならまだしも、走りで私の歩幅に合わせると足がもつれて転んじゃうかもしれないし。


 私の言葉に彼女は、わかったー、とだけ言うとこれから走る方向を見据えた。


 やっぱり結構距離あるなぁ・・・・・・。

 でも、一度ペースを落とすとツラくなるみたいだし、ペース配分に気をつけなきゃな。


 そして、先生の号令でスタンバイしていた私たちは一斉に走り出す。


 

 「つぅぅ・・・・・・。」


 足が痛い。


 これは明日筋肉痛になってるんだろうな。


 コンビニまでってそんなに距離はないはずなのに、そんないつもの道のりがとても長く感じる。


 スンスン、と横の渡辺さんが制服の襟の匂いを嗅いでいたり、首のあたりを手で擦ってはそれを鼻に持って行っている。


 「ね、ねぇ。私って今臭くない・・・・・・よね?」


 「いつも通りだと思うよ。」


 さっきの体育の時間ではお互いにかなりの汗をかいていたしね。

 シャツが汗で張り付きそうだった。


 「ホントに?シャツを着替えたから臭わないとは思うけどさ・・・・・・ちょっと匂ってみて。」


 そういって襟元のシャツのボタンを一つ外してその部分を指で押さえて肌を出している。


 鼻を近づけて息を吸う。


 「うん、大丈夫だよ。」


 特に鼻詰まりもしていない状態で、汗の酸っぱい臭いもしなかったから問題ないと思う。


 私の言葉に「そっかー。」と返すと、開けたボタンを締めて襟を正す。

 僅かに眉間に皺が寄っている?ように見えた。


 「あ、今日はあたしの番だね!」


 やっとの思いでコンビニへと到着する。

 明かりで照らされて眩く光る店内をようやく目で捉える。


 ピロピロピロリン。


 「今日はたまにはガツンといっちゃう?」


 コンビニ内をぐるっと見て回りながら後ろを振り向き私へ八重歯を見せる。


 ガツン・・・・・・?

 

 いつものスイーツコーナーを見る。

 

 「ガツンとって、どういうこと?」


 すると突然、彼女が歩みを止める。


 スイーツコーナがここからだと死角になって見えない。


 「こういうこと。」


 ふふ、と口元を上げて商品を私に見せる。


 「ビーフジャーキー?」


 コショウで味を付けた干し牛肉。

 

 テレビじゃよく「お酒のアテに最高!」なんていうCMがよく流れてたなぁ。

 そもそも、この棚の真後ろに缶のお酒がズラリと並んでいるし。


 まだ未成年の私たちにとっては勿論お酒なんて飲めないから、なんとなくこれもなんというか・・・・・・食べづらい。


 でも、肉かぁ。


 パッケージには中身が綺麗に映った写真が写っている。

 コショウが中に入っているであろう木製の器に、赤くて噛み応えのありそうなそれへとパラパラと振りかけられている。


 「美味しそう・・・・・・。」


 あっ。


 つい口が緩んで・・・・・・。


 「でしょでしょー。んじゃ、早速もうひと・・・・・・高ぇ!」


 彼女の手にしたものの値段を見ると・・・・・・スイーツの倍くらいの値段だった。


 「た、高いね・・・・・・。」


 「どうしよっか・・・・・・。」


 そこの商品棚を観察してみると、様々なものがある。


 細いカルパスに塩タンの入ったもの、それと・・・・・・。


 一つそこからとって彼女に見せる。


 「これなんてどうかな?この細長い形ならポッキーみたいに二人で一つでいいんじゃない?」


 「おおお、そのアイディアいいね!やっぱ上原っち頼りになるし!」


 そういって手に持った普通のビーフジャーキーを棚に戻し、私からそれを取りレジへと向かっていった。



 「ふううぅぅ・・・・・・。」


 運よく空いていた駅の椅子へ隣り合わせで座る。

 

 酷使したふとももが押しつぶされてちょっとジンジンするかもしれない。


 渡辺さんを見ると、何食わぬ顔でコンビニの袋からさっき買ったものを取り出し、パッケージの切込みに手を掛け、ピッと開く。


 「おお、ホントにポッキーみたいかも。」


 上下に振っており、その度にシャカシャカと音がする。


 そして、燻製にされた肉とコショウの香りがツン、と漂ってくる。


 「美味しそうだね、匂い。」


 「だねー。」


 ほら、とその口を左手で開いて私へ差し出してくる。


 結構量が入ってそう。

 袋に厚みがあるような気がする。


 二人で一袋で良かったのかも。


 ありがとう、とそこから一本取り出す。


 ポッキーよりも細い。


 あと肉だからちょっと力を入れるとクニャクニャと曲がる。


 でも、赤い肉の身に黒いコショウが埋め込まれていて、美味しそうに見える。


 一口齧る。


 「んっ・・・・・・。」


 辛っ!

 コショウがすっごい効いてる!


 あっ、でも、そのちょっと奥に牛肉の香りがするかも。


 細くてすぐに飲み込んでしまいそうになるけど、何度も噛んだらコショウの辛さが引いて行って牛肉の香りが残っていく。


 「私、ジャーキーって初めてかも。」


 そう言いながら、彼女も中から一本を取り出し、丸々一本口に入れる。


 「うっ・・・・・・ゴホゴホッ!」


 「大丈夫?」


 「ごめん、辛いのが喉に来た・・・・・・。」


 見ると顔がさっきよりも潤っている。


 でもその手は伸びて、また一本手に持っている。


 私も同じように一本取り出し、今度はそのまま全部口の中に入れる。


 今度はさっきの2倍の数を噛んでみる。

 唾液が肉とコショウとで混ざり合って舌が熱くなる。


 でも、次の一本に手が伸びてしまう。


 「このちょっと癖のある味、止まらないし・・・・・・。」


 入れ違いで彼女の手が入り、一本取ってすぐさま口の中へそれが消えてゆく。


 噛む速さをさっきよりも早くしそれを飲み込み、次の一本へ手を伸ばす。

 すると、彼女の手がまた入って一本取ってそれが口へ消える。


 顎をもっと早く動かして飲み込む。


 そして手を伸ばした時。


 「「いっ・・・・・・!」」


 ゴツン、と音を立てて彼女の手とぶつかってしまった。


 「ご、ごめんなさい・・・・・・。」


 「ううん。痛くなかったしダイジョーブ。上原っちは?」


 小さく頷く。


 そしてまたその口へゆっくりと手を近づける。


 彼女の手と同じ極の磁石が反発するような動きでゆっくりと一本取り出すと、続いて彼女が同じように一本取り出す。


 やがて、私、彼女、私、彼女、という順番で一本づつ食べてゆく流れが自然に出来上がった。


 「「ごちそうさま。」」


 ついに袋をひっくり返しても何も出てこなくなった。


 その時、いつもの電車のアナウンスが鳴る。


 「それじゃ、帰ろっか!」

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