クリーミーレアチーズタルト at数学

 「ねえ上原っち、訊きたいことがあるんだけど・・・・・・。」


 昼休み。学食で買ったパンを食べ終わり次の授業の教科書を出していると、渡辺さんがノートを持って来た。


 表表紙には数学と書かれている。


 「今日やったところ?」


 「あー・・・・・・実は昨日のところから分からなくて。」


 昨日・・・・・・確か、そんなに難しい所じゃなかったし、昼休みの時間中に教えられるかも。


 そういえば渡辺さん、今日の授業の後半から寝ていたっけ・・・・・・。

 頭が不規則にカクッカクってなってたな。


 もしかして、昨日の授業も・・・・・・?


 彼女がパラパラとノートのページを捲り、昨日の日付が書かれたページが開かれる。


 「ここってさ、どうやって解くの?」


 そして下に大きめに余白を取っている問題を指さす。


 「ああ、ここの問題は教科書の42ページにある公式を当てはめたら解けるよ。」


 私がそう言うと彼女は自分の席へいったん戻り、数学の教科書を手に携えて戻ってきた。


 そしてそれの42ページを開く。


 「これ?」


 「うん、それ。」


 ムム、とそれを顔に近づけてジッと見ている。


 「でもさでもさ、このひとつ前のページの例題にはさ、別の公式を当てはめてるじゃん?」


 教科書を私の席の机へ置き、その例題を指さす。


 「そこはほら、この公式で使うことのできる数字が全部揃ってるからこの公式が使えるんだよ。」


 例題にある公式とその数字を指で囲む。


 「うーん・・・・・・?」


 机に置いた教科書に顔を近づけ、目を細めて首を僅かに傾げている。


 「さっぱりわかんないし・・・・・・むずかしー。」


 彼女が手で頭を掻き、その髪がサラサラと揺れ動く。


 「じゃあさ、私のノート貸してあげるよ。」


 鞄から数学のノートを取り出し、彼女へ手渡す。


 「えっ、いいの!?」


 「次の数学の時間までに返してくれるなら、大丈夫だよ。」 

 

 ありー、と両手を前で合わせて顔をこっちへ向けたまま頭を下げる。


 自らの席へと戻ってゆく彼女を眺めながら、先ほど中断した次の授業の準備を始める。


 教科書に、ノート・・・・・・あれ?


 そのノートが無くて、代わりに数学のノートが入っている。


 間違えちゃった。彼女が持って行ったの、理科のノートだ。


 数学と理科の表紙、同じ色のノートだからかな・・・・・・。


 数学のノートを手に取り、彼女の席へと向かった。



 テロテロテロリン。


 「今日は私の番だね。」


 「なんかごめんね、上原っち。」


 「あ、ノートの事?」


 「まぁー・・・・・・そんな感じ?」


 「いいよ、気にしないで。」


 まだ2回目なのに、もうこのコンビニの入店音が耳に馴染むような気がする。


 「そういえばさ、上原っちの好きなものって何かないの?」


 アイスコーナーに両手を付き、前かがみになってそこを見つめたまま尋ねられる。

 

 「好きなものかぁ・・・・・・。」


 好きなもの、好きなもの・・・・・・。


 ・・・・・・。


 「特に、無いかな。」


 「そっかー。今日なんか見つかるといいね。」


 アイスコーナーから手を放し、私の隣へ歩いてくる。


 「で、どう?決まった?」


 ふと気が付くと、私はスイーツの棚の前へと来ていた。


 もしかしたら、体が無意識の内にスイーツを求めているのかもしれない。


 右から左、そして下の段の右からと順に見ていく。


 チョコにカットフルーツにゼリーにぜんざい。

 

 前の時はじっくり見ていなかったけれど、結構なバリエーションと種類がある。


 その中からおもむろに手を伸ばし、一つ取ってみる。


 パッケージにはフランス国旗の色のトリエコールを意識しているのかな。その3色が基調となったデザインになっている。


 「お、レアチーズタルト?」


 彼女が棚から同じ物を取り出し、その商品の名前を読み上げる。


 「これにする?」


 私の顔を覗き込んでくる。

 なんとなくだけど、嬉しそうに口角が上がっているような気がした。

 

 小さく頷き、彼女の手からそれを受け取りレジで清算をした。



 「ちょっ、上原っち!ストップ!」


 改札を通ろうと定期券を出したところで渡辺さんに手を掴まれて制止させられる。


 「この間、あそこは寒いからここで座れるとこ探すっていったじゃん!」


 あ、そうだった。


 「ごめん、うっかりしてた。」


 この間のひんやりとする感触を思い出し、思わず身震いしてしまう。


 「お、あそこ空いてるし。あそこに座ろっかー。」


 彼女が指さす先には確かに二人分の座るスペースが空いていた。


 そこへ歩いていき、隣に座っていたスーツを着ている人に軽く会釈して座る。


 次いで彼女が隣へ座る。


 「はい、渡辺さん。」


 コンビニの袋からさっき買った物を二つ取り出し、一つを手渡す。


 「ん、ありがとー。ゴチになるね。」


 ピッとパッケージを開け、中身を取り出す。


 生地の器にクリームチーズが敷き詰められている。

 

 生地の縁の厚さを見ると結構底が深そうで、結構な量のチーズがぎっしりと入っているように見える。


 それを手に持ち鼻先へ持って行くと、すううぅ、と息を吸い込み、はぁっ、と大きく吐き出している。


 「あたし、チーズが好きなんだぁ。」


 八重歯を見せて私に笑いかけてくる。


 あの時嬉しそうだったのって、好きなものだったからなのかぁ。


 「ん~~っ!」


 彼女が一口食べて悶えている。


 そして次の一口、また次と美味しそうに食べている。


 私もパッケージを切り、中身を取り出す。


 丸いチーズに、それを囲んできつね色の生地がぐるっと生えている。

 

 手に取ってみる。


 「おおっ・・・・・・。」


 見た目に反して思いのほかズシリと重い。


 これはチーズ詰まってそう。


 早速一口、齧ってみる。


 生地はサクッよりもふわっに近いかな。柔らかい食感がする。

 ミルクをふんだんに使った、優しいクッキーみたいな味がする。


 そしてチーズの風味が口の中に広がる。


 酸味と濃厚なチーズ特有の香りが舌で触るとその香りが鼻から抜ける。


 息を吐くたびに鼻からその香りが抜けてゆく。


 半分ほどまで生地と一緒に食べたところで、閃いてしまう。


 クッキー生地を避けてチーズの部分だけを口の中へ。


 溶ける。チーズが解ける。


 舌で転がしているうちにどんどんと最初に口へ入れた大きさのチーズ塊が、どんどんと小さくなっていきそして消えた。


 そして鼻の風味。


 これはいけない。生地も一緒に食べていこう。


 少し食べるところを変えると、若干食感が変わる。


 そうして食べ進めてゆくうちに、それを食べきっていた。


 「ごちそうさま。」


 私と渡辺さんのその言葉から少し遅れて、いつも乗る電車のアナウンスが鳴る。


 「帰ろう、渡辺さん。」

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