第34話 いつか輝く6等星
そこは眩いライトが照らすステージではなく、期待と不安が交錯するバックステージでもなく、汗の染み込んだレッスン場でもなかった。マイクも声援も揃いのリボンもカチューシャもない、アイドルには場違いなはずの無味乾燥な取調室は、湿気てしまった砂時計のように緩やかに時が流れていた。
「計画というほど明確なものではありませんでした。まるで集団催眠にかかったように私たちは身を寄せ合い、歩調を合わせました。今にして思えば、これが1年かけて築いた絆だったのかもしれません。
私たちは初めに、宮田さんとの間にあった壁を取り払いました。親しくなった振りをしたんです。先輩後輩はなしにして、敬語もさん付けもやめにして。レッスンでもステージでも。宮田さんは戸惑っていましたが、私たちは仲のいいグループを演じました。
CDデビューに向けて一丸となっている、そう装いました。担当の髪型を決めるのも自分達から提案したことです。スタッフさんの目には、五十嵐愛が抜けて危機感を持っていると映ったでしょう。デビューを控えて気持ちは一つ、誰も何も疑いませんでした。
そうしているうちに、宮田さんに対して情が芽生えるかもしれない、親しみを抱くかもしれない、グループとしてやり直す気になるかもしれない、そんなことも頭を過りましたが、レコーディングも、ジャケット撮影も、MV撮影も全て宮田さん中心。まだグループに加わったばかりなのにです。歌割りも当然宮田さんがメインで、反感は積もるばかりでした。
今までやってきたことは何だったんだろう。結成してからずっと積み重ねてきたものが、全て否定された気になりました。
私たちは引き立て役じゃない、宮田さんのバックダンサーじゃない。デビュー曲は絶対に歌わない。そう誓いました。
デビュー曲の発売日が迫り、初披露のイベントが近づいてきました。
あの日、私たちは宮田さんを初めて屋上に連れ出しました。それまでは来たことがなかった。彼女にとっては先輩たちの溜まり場で、近づきにくいんだと思っていました。それで、やっと仲間として認められた、そう受け取ってくれるだろうと。階段を上がる宮田さんの顔はたしかに強張っていました。緊張のせいだと思ったんですが、高所恐怖症とは知りませんでした。
屋上のドアを開けると、空に吸い込まれそうなほど空気が澄んでいました。前日に雨が降ったせいで、雲がなくて、月のあかりがきれいで、いくつかの星が瞬いていました。
「この場所が、『ホシトソラ』の由来なんだ」
すぐに実行すると気付かれてしまいそうで、最初にそんな話をしました。だけど思い返してみても、誰にもそんなこと聞かされていないんです。私たち以外誰もここに来ませんから。勝手な思い込みでした。ただの願望が自己暗示のように刻まれてしまった。記憶は都合よく書き換えられると言いますから。
それからライブ前のように円陣を組みました。宮田さんの手前、デビューに向けて気合いを入れようと言いましたが、本当はこれからすることへの覚悟を決めるためでした。
『いつか輝く6等星』それが私たちホシトソラの合言葉でした。
最後に円の中央で足を踏み鳴らし、円陣が解けると夜空を見上げて指差しました。
「ほら、あれが6等星だよ」
星が浮かぶ空の、何もないところです。
「ああいう風に、うっすらと見えるのが6等星なんだ」
宮田さんは指の指す方を見上げ、大きな目を凝らしました。
「あそこだよ。ほら、あそこ、見える?あそこだって」
横でもう一人指を延ばしました。
「見えた。見えた。ほらあそこ。ぎりぎり見える。あれが6等星」
一人、また一人、また一人。みんなで、空を見上げました。
宮田さんは、瞬きも忘れて何もない空に星を探しました。
「こっちの方が見えるかも。こっちこっち、あそこだよ」
少しずつ端の方へ誘導しました。宮田さんは言われるままに足を進めました。歩き始めたばかりの子供がお母さんの側へ行こうとするように、足元をふらつかせて。
「見える?見えた?見えたの?あれが6等星だよ」
―ほら―
突き飛ばした宮田さんの小さな身体は、ビルの下に消えて行きました」
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