第27話 明日のために
初ステージと知る観客が盛り上げに協力的な「ご祝儀相場」だったこともあり、メンバーのテンションは最高潮に達して、ライブは大盛況のうちに終了した。最初の緊張が嘘みたいに躍動し、終わってみればこんなに楽しいことがあったのかと、すぐにでも次のライブをやりたい気分だった。
ライブ後に開いた初めての握手会はお披露目記念の無料で、サイトやSNSをみて興味を持っていた人とライブで知った観客で30人近い列ができた。
握手会中、今日から推します!これから応援します!との熱い宣言が何度も聞かれ、ホシトソラに、第1号に留まらないファンが出来た。
アイドルになって良かった。メンバーはみな心からそう思った。
申し分のないアイドルデビューを飾ったホシトソラはこれ以降、週末を中心にイベント出演を重ねていく。
ステージデビューを機に、運営アカントだけだったSNSを、まず個人ブログから解禁した。Twitterは気軽にファンと交流できる反面、何気ないつぶやきが炎上して活動に支障をきたす懸念がある。未成年の多いグループゆえ当面は運営アカウントのみとし、まずはブログから。ファンからのコメントはチェック後に反映されるため、一定の秩序は保たれる。
[今日はありがとうございました!]
イベントでファンと交流した日は、楽屋でのオフショットなどを添付し、開催地や会場の印象など織り混ぜつつ、その日のライブの感想とお礼を綴ったブログがアップされる。
ファンからは[お疲れさまー][今日の髪型可愛かったよ][ダンス上手くなったね]などのコメントが返ってくる。イベントのない平日は、レッスン風景や日常の出来事、食事や買い物姿などが綴られた。誹謗中傷は削除対象だが、一般知名度のない現状ではその手のコメントは見当たらない。
仕事や学校の都合があったり遠方在住だったりして中々イベントに来られないファンもいて、ブログはメンバーとファンをつなぐ重要な懸け橋だったが、ブログの更新はどこか宿題のようで、一日の終わりに書くのは面倒だしネタも続かない。メンバー各々の裁量に任された更新は、最初こそ頻繁だったものがやがて一日おきになり、二日おきになり、と段々滞るようになっていった。
そんな中、ただ一人更新し続けたのが五十嵐愛だった。『愛のLOVEログ』と銘打ったブログは、五十嵐は毎日の更新を自分に課した。この道は武道館へと続いていて、1回更新する度に一歩近づけると信じた。
ブログのネタ探しのため普段から視野を広く持つよう心がけた。外を歩いていても風の匂いやコンビニの商品など、季節の変化に敏感になった。他のアイドルのブログを見て研究もした。
それでもネタに困れば[ロングとショートどっちが好き?]と髪の毛越しの横顔や[今日はあるところに来ています。どこでしょう?]と街の風景を載せる。[コメ返(コメントに対する返信)するから質問募集!]と書けば[好きなマンガは?][お気に入りのメイク道具教えて][好きな男性のタイプは?]と普段はROM専(読むだけ)のファンも反応してコメント数がぐんと増えた。
毎日欠かさず更新した成果は数字となって表れ、少しずつではあったが着実に、アクセス数とコメント数が増えて行った。
更なる成果が表れるのが握手会だった。CDデビュー前のホシトソラはイベント出演時、ライブ後に特典会を開いてファンと交流する。1回1000円の握手会や1枚1500円のツーショット撮影会を行うのだが、熱心なファンは握手券を大量購入してループする。途切れがちの話題も「あのマンガ読んだよ」「同じコスメ買ったよ」等々ブログの内容が会話の種になるわけだ。
コメント数の少ないうちはハンドルネームを覚えるのも簡単で、握手会で呼んであげれば「認知された」と嬉々として推メン(一番応援しているメンバー)にしてくれた。SNSのプロフィール欄に『ホシトソラ五十嵐愛推し』と記載したり、撮影会で撮ったツーショット画像をアイコンにしたり、目に見える形になるからブログの更新にも一層張りが出る。
こういった作業は、いうなればアイドルの自主トレでもあって、その気ならいくらでもサボれる反面、根気よく続ければ、血となり骨となった。
五十嵐の日々の積み重ねが更に報われたのが、ファンの要望を受けて開催された『バレンタインデー記念個別握手会』だった。
アイドルの握手会は―グループによって異なるが―大別して2種類ある。メンバー一人とだけする「個別握手」と全員とする「全員握手」。個別握手は一人だけの分、時間が長い。―これもグループによるが―握手券1枚10秒程度で、複数枚を「まとめ出し」すれば相応の時間を独占でき、熱心なファンには嬉しいシステムになっている。
ただしホシトソラのように、駆け出しでまだファンの絶対数が少ないグループは、メンバー間の人気格差が露骨に表れてしまう個別握手会は開催しにくい。それでもファンからリクエストが寄せられ、メンバーからのバレンタインデープレゼントとして初めての開催に至った。
一番長い列が出来たのが五十嵐愛だった。他のメンバーがとっくに終えた後も一人残って握手し続けた。ホシトソラの顔が五十嵐であるとファンに強く印象づけ、この日を境に、それまで以上にライブでは五十嵐がセンターポジションを務めるようになった。新年度となって更新された公式サイトのトップ画像も五十嵐愛が真ん中に立っていた。
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