第24話 ホシトソラ結成前夜

「小さい頃からずっとアイドルに憧れていたので、選ばれて本当にうれしいです。この6人で力を合わせて、いつか武道館でライブができるグループになりたいです」


 オーディション受験者617人、最終審査進出者19人の中の6人が東京神田のビルの6階にあるシエルプロダクションの事務所に呼び出された。

 小田奈津美、松澤瑠衣、津久田咲良、角川みつき、中村恵美、そして武道館の夢を語った五十嵐愛いがらしあい。この6人でアイドルグループを結成すると、シエルプロダクション社長・浜岡満はまおかみつるの口から告げられた。


 松澤瑠衣まつざわるいの胸に去来したのは喜びより安堵だった。第二次審査の会場に居合わせた、一次の書類選考を通過したはずの候補者たちの顔ぶれは、ふるいにかければ網の目を易々と零れ落ちそうな、『アイドル』のイメージには程遠い顔立ちの子ばかりだった。大手プロダクションが主催するものとは違い、小規模オーディションはこんなものかと拍子抜けしてしまった。


 地元ではそれなりに知られた美少女だった松澤に、人気アイドルグループのオーディションを勧めたのはアルバイトしていたファストフード店の先輩だった。

 客に連絡先を渡されたことは1度や2度ではなく、スカウトされた経験もあったものの芸能界に興味のなかった松澤に、バイト代のほとんどをつぎ込むほどファンだったその先輩は当該グループの魅力を懇懇と説いた。極めつけとプレゼントされたライブDVDを観て興味を抱いた松澤は、「新メンバーを募集しているから是非」と説得されて応募した。その先輩は、松澤がグループに加入すればメンバーに近づけるかもしれないとの下心があったわけだが、松澤はオーディション会場で周りの熱気に圧倒された。みんなオーディションに賭けていた。それでもいくつかの審査を通過できたが、結局最終審査の1つ前で落とされた。


 準備不足への後悔が残った松澤は、次は自ら進んで応募した。結成から年月を経てなお人気を保ち続けているグループの新メンバーオーディションだった。食事制限で体重を落とし、カラオケボックスに通って歌の練習をし、表参道の人気美容院に行って髪を切り、興味のなかったそのグループに関してもネットで知識を仕入れて挑んだが、また最終の1つ前で落とされた。


 高校3年のラストチャンス、とインターネットで見つけたこのオーディションを受けてみたのだが、前の2つと比べて受験者の質も量も会場の規模も劣る、マイナーを絵に描いたようなオーディションだった。受かって当然ぐらいに思っていたから、合格しても素直には喜べなかった。


 ただ、手ごたえがないかと言えばそうでもなくて、オーディション会場で、この中で可愛いのは、あの子と、あの子と、あの子と・・・、と目星をつけていたのが一緒に受かった5人だった。悪くないかも。共に活動することに頼もしさを抱いていた。



 アイドルグループは結成されてもすぐにデビュー出来るわけではない。オーディション合格者はまだ素人同然で、ダンスやボーカルのレッスンを受け、アイドルとしてのスキルを身に付けなければステージに立つことは出来ない。ダンスレッスンで一際目を引いたのが、小田奈津美おだなつみだった。


 グループ最年長の大学1年生(結成当時)、171センチの最長身でもある小田は、モデルに憧れていくつもオーディションを受けたがすべて不合格。諦めかけていた時に知ったのがこのオーディションだった。告知サイトに記載されていた、社長の浜岡満がかつて勤務していたというのが人気モデルを何人も抱える大手プロダクションで「女優やモデルの活動もバックアップします」の文言にも惹かれて応募した。

 アイドルに興味はなかったが、長い手脚と中学時代に打ち込んだチアダンスの技術でダンスレッスンでは他のメンバーを圧倒した。小田のダンスにはキレもあったし華もあった。加えて、請われれば丁寧に教えてあげる最年長ならではのリーダーシップを発揮し、すぐに一目置かれる存在になった。


 ダンスが小田なら歌は角川かどかわみつきだった。父親の仕事の都合で中学2年で大阪から東京に引っ越してきた角川は、持ち前のマイペースで転校先の中学校に積極的に馴染もうとしなかったが、ひょんなことから文化祭で披露したアカペラの『翼をください』が喝采を浴び、一躍校内の有名人になった。ただし、携帯電話の持ち込み禁止の同校で、ネットにあげればバズるかも、と後日撮影を頼みに来た生徒には、興味がないと全て断った。

 歌手への憧れは抱きつつ高校進学後もアクションを起こさずいたものの進路を決める時期に差し掛かり、1度くらいはと記念のつもりで参加したのがこのオーディションだった。歌のレッスンでは、角川のソロのパートはメンバーも聴き入った。普段のキャラクターとのギャップが余計に胸に響かせた。


 唯一の芸能活動経験者、津久田咲良つくださくらはかつて子役をしていた。3才で児童劇団に入団、子どもらしい愛くるしい笑顔で順調に仕事を掴み、大河ドラマや大手食品会社のコマーシャルに出演したこともあったが、成長と共に仕事が減っていく子役の宿命に直面。中学時代に芸能活動から離れるも捨て切れない芸能界への思いに駆られ、オーディションを受けたのだった。


 グループ最年少、高校1年生(結成当時)の中村恵美なかむらめぐみは勉強もスポーツも苦手の引っ込み思案な性格で、高校に進学しても部活動に興味はなく、お金の計算や接客を上手にこなせる自信もないからアルバイトもせず、家で過ごすことも多かった。

 しかし高校に進学したのにこのままでいいのかと、漠然とした不安を抱くようになり、何かを始めてみようと考えていた時に、このオーディションを見つけた。子供の頃から唯一、顔だけは褒められ通してきた。中学時代も同級生から告白されたことも何度もあった。アイドルは自分に向いているかもしれない。これなら頑張れる気がする。初めて込み上げてきたやる気に掻き立てられ、自ら応募したのだった。


 誰よりも情熱を傾けたのが五十嵐愛いがらしあいだった。幼い頃からテレビの前でアイドルを真似ていた。テレビに映るアイドルグループに合わせて歌や振りを真似した。大人になったら自分もあそこに立つと思い込んでいた。微笑ましく眺めていた両親だったが、実行に移そうとした途端反対した。芸能界は怖いところだから。雑誌やインターネットでアイドルオーディションを見つけてきても、受験を許可してくれなかった。忘れさせるためかは定かでないが、色々な習い事をさせられた。学習塾、英会話教室、水泳等々、毎日なにかに通った。

 それでも夢を諦め切れず、両親に内緒で受けたこのオーディションに合格した。合格したことを報告すると眉を顰めた両親だったが、アイドルにかける思いを熱心に訴えると、成績を落とさない、大学に進学するのを条件に渋々認めてくれた。

 五十嵐はそれまでの鬱憤を晴らすようにレッスンに打ち込み、時には一人残って納得行くまで練習した。決して派手ではない顔立ちも、幼さを残す真っ直ぐ前を向いた目と清潔感のあるきれいな歯並びはアイドルオタクの好むところだった。


 レッスンで6つの個性が磨かれていく。もしかしたら、本当に頑張ればいつか武道館のステージに立てるかもしれない。メンバーは手応えを感じ始めていた。

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