第23話 仮説
宮田朱里の死は事件だったのか、あるいは事故に過ぎなかったのか。
小川町警察署は宮田朱里の周囲の人間に対して事情聴取を重ねた。宮田が所属していたアイドルグループ・ホシトソラのメンバー、通っていた泉川女子高校のクラスメイト、母校である朝日小学校及び黒須中学校の同級生。社長の
それらは宮田朱里の不遇の生い立ちに光を当てながら、死の真相へと歩み寄らせた。
宮田朱里は目前に迫ったCDデビューを待ち望んでいた。たしかに学校でのいじめは認められたが、首謀者と目された柳美月は異母姉であることが分かり、ホシトソラのデビュー曲を作曲したのは二人の実の父親で作曲家として名高い
殴られて顔に傷を負ったというのはネット上のデマに過ぎないことも分かっている。
これらの状況を鑑みれば、宮田朱里にとって将来は悲観するものではなく、希望であった。自殺の線は消去してよかった。
巨額の遺産を巡っての殺人、との見解も寄せられた。地元の同級生数人が半年ほど前に、宮田が中年男性と二人でいるのを見かけたという証言がそれを後押ししたが、その男性はシエルプロ社長の浜岡満であったことが確認された。浜岡が宮田に対しグループ加入を打診した際の目撃談に過ぎなかった。
柳生隆星には巨額の遺産があり、認知と遺産相続を求めて、宮田朱里の母・順子が訴えを起こしているのは事実だった。宮田は柳生の実子であると関係者は証言してはいたが、裁判となると扱いは異なる。宮田朱里の死によって裁判の行方は不透明になっていたが、柳美奈代は遺産を巡っての殺人との見解を一蹴した。そんなことはありえないと。
仮に事実であったとして率直に認めるはずはなかったが、宮田朱里の死が、他殺や事故とした場合、共通する不可解な点が認められた。
事故だと証言したホシトソラのメンバーは口を揃えてこう言った。「宮田朱里は屋上が好きだった」「気分転換のためによくいっていた」「死の直前自分から屋上へ行った」と。
かつての親友・高岡優子は、宮田朱里は観覧車を見上げられないほどの高所恐怖症だったと語った。僅か4ヶ月前の出来事をあげて。
宮田の母・順子は娘と上手くいっていなかったようで、娘の性向を把握できているとは言い難かったが、子供の頃から高いところは苦手だったと証言した。
やがてある仮説が浮上した。
宮田朱里が屋上へ行ったのは自分の意志ではなかったのではないか。誰かが宮田朱里を屋上へと導いた。「殺意を持った誰か」だ。それは誰か?
答えは一つしかなかった。
ホシトソラのメンバーが小川町警察署に呼び出された。各々別々の部屋で事情聴取された。今回の事情聴取は、それまでの相談室ではなく、取調室が充てられていた。単に人数の多さからではなかった。
死の直後を含めこれまでも聴取を受けていたが、今回はこれまでとは毛色が違うことにメンバーも気づいていた。それはまるで真ん中に一つだけ穴の残ったジグソーパズルを見せられているような。
「え、高所恐怖症、ですか。朱里ちゃんが。そんな・・・それは・・・本当ですか。誰が言ったんですか、そんな・・・」
中村恵美の童顔が、怯えの青に染まっていった。グループ最年少、まだ骨組の十分でない中村の情緒は、支えを失った櫓のように脆く崩れ落ちた。
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