第19話 宮田朱里の小学生時代
「
そうですね。朱里とは友だちではなかったです。って何で知ってるんですか?でも家が近所なので小学生の頃は通学班が同じで、毎朝一緒に通学してました。朱里が住んでるマンションが私ん家のそばなんで。今もそのマンションに住んでたはずです。時々見かけましたから。声を掛けたりはしませんでしたけど。向こうからも掛けてこないし。
家での朱里の様子?家に行ったことないんで分かりません。うちに来たこともないです。忘れてるだけかもしれませんけど、たぶんないです。
朱里は母子家庭なんですけど、離婚したんじゃなくて、元からシングルマザーって噂です。お母さんは結婚してないっていう。お父さんには別に家庭があって、隠し子っていわれてます。噂ですけどたぶんホントじゃないですか。
こういうとあれですけど、朱里のお母さん、元々近所であんまり評判良くなくて。昔から派手な感じで、まだ朱里が小さい頃から夜遊びとかしてたみたいで、朱里は基本お婆ちゃんに育てられてた感じでした。お母さんは元々ホステスをしていて、でその客とデキちゃって、一人で朱里を産んだって話です。でもその相手がお金持ちだったみたいで、認知はされてないけど、かなり養育費をもらってて、経済的には苦労してないみたいでした。マンションもその人に買ってもらったらしいです。あくまでも噂ですけど、そんなに間違ってないんじゃないですかね。
そのお婆ちゃんが、朱里が小学3年か、4年ぐらいの時に亡くなったんです。それで母一人子一人になったんですけど、多分あんまり上手く行ってなかったと思います。それから朱里のお母さんと高岡優子って子のお父さんとの不倫騒動があったんです。誰か言ってました?近所ではやっぱりって感じでした。
でも近所の人は、どっちかっていうと優子はもちろんですけど、お父さんにも同情的でした。朱里のお母さんに騙された被害者って感じで。悪い女に引っ掛かったって。朱里には責任ないですけど、優子ん家のレストランが閉店したりしちゃったんで、朱里も白い目で見られてました。朱里が朝日中じゃなくて、黒須中に行ったのもそういうのがあったみたいです。
高岡優子ですか?転校してから1回も会ってないです。地元に帰ってきたこともないと思います。優子、バドミントンやってて、都大会で優勝したりして結構期待されてたんです。本人もオリンピックに出るのが夢って言ってたんですけど。全然名前聞かないから辞めちゃったんですかね。
ただ朝日小出身の子が、1、2年前に見かけたっていってました。たしかどっかの遊園地で。子供にキレてたらしいです。はしゃいだ子供が走ってきて足元にぶつかって、それでブチギレてたって。見間違いじゃないと思いますけど。
小学校のころは優しい感じだったんですけど。それがああいうことがあって変わっちゃったのかなって。強くなったのか荒くなったのか、ちょっとびっくりしたっていうかヤバイなって。
それと、これも見た人がいるんですけど、朱里が怖そうな人と一緒に歩いてたらしいです。半年ぐらい前です。中年の男と二人っきりで。2、3回見られてるみたいです。友達もロクにいなかった子がそんな人と一緒にいるって、なんかヤバイことに手ぇ出したのか、母親がらみでなんかヤバイことに巻き込まれたのか。もしかして、お父さん?とか思ったんですけど、全然そんな感じじゃなくて朱里もビクビクして連れてかれてた感じだったらしいです」
チャイムが鳴って、子供たちが駆け出した。秋の晴れ間に反射した混じり気のない緑色は人工芝。休み時間を迎えた朝日小学校の校庭に、ピンボールのように子供たちが続々と飛び出して行く。人工芝が敷設されたのは15年前だから、宮田朱里の目に映っていたのも今と変わらない風景、耳に届く喚声もさほど変わらないだろう。
正門を抜け、北に100メートルほど歩くとあたる都道に沿って東へ500メートル行ったところに、自動車が7台止められるコインパーキングがある。かつて高岡優子の両親が営んでいた『クムリポハウス』のあった場所。地元に愛されたレストランも今は跡形もない。
コインパーキングから北西700メートルのところにあるのが朝日中学校だった。同校の学区内に居住していた宮田朱里は、そこから北へ1キロほど離れた黒須中学校に越境入学した。奇しくも黒須中学校は宮田朱里が卒業した平成××年3月末日をもって閉校となり、朝日中学校に統合された。
老朽化していた黒須中学校舎は解体され、跡地に朝日中学新校舎が建設される予定だった。しかし工事を落札し仮契約を締結した請負業者が、別の土木工事の入札に関し取引妨害に該当する行為があったとして公正取引委員会から排除措置命令を受けたため、区は仮契約を解除。再度入札を開札するも入札事業者がなく、3年後に予定されていた新校舎への移転は延期となり、黒須中学校舎は手付かずのまま現存していた。
宮田朱里にとってこの校舎は色彩豊かな想い出を刻むキャンバスにはならなかった。たった一人の友人と別れた彼女はクレヨンの巻き紙を上手に剥けない幼子のように、小さな輪に融和できないまま3年間を過ごした。
しかし彼女はそれを望んだのでも、ただ甘んじたのでもなかった。高校に進学すると羽化を望んでボランティア活動を始めた。殻を脱ぎ始めた彼女は、アイドルとして、さらに飛躍することを望んだ。そこに明るい未来を夢見ていたはずだったが、叶えられることなく幕を閉じた。そう仕向けたものは何だったのか。
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