第18話 泉川女子高校3年 吉川実里の証言
濃紺のブレザーにえんじのネクタイ、泉川女子高校の制服がまた小川町警察署の相談室にあった。これまでに訪れた同校の生徒とは異なり、
吉川は、放送系の専門学校に進学する、入試に落ちることはまずないんで勉強しなくても全然大丈夫です、と時間とメンタルに余裕があることを知らせてから話した。
「宮田さんは同じクラスになったことないし、友達でもなかったんですけど、わたしアイドルが好きで。女ですけど女性アイドルが好きで。男のアイドルとかK-POP・・・韓国のアイドルとかも興味はあるんですけど、日本の女の子のグループが一番好きで、握手会とかライブとか行ったりしてて、それで同じ学校にアイドルがいるって知って、興味持ってたんです。
宮田さんは学校では全然有名ではなかったですけど。女子校なんで事務所入ってる子とか読モ・・・読者モデルやってる子とかほかにもいたりするんで、マイナーなアイドルだとそんなに話題性ないんで」
足元に置いたスクールバッグは使い古され、薄汚れているものの、女性アイドルの名前や顔写真が印刷された缶バッジやキーホルダー型のぬいぐるみが、パッチワークのように彩っていた。
「宮田さんが所属してるホシトソラのイベントは行ったことないですけど、デビュー曲のリリイベ・・・リリースイベントってCDを売るイベントのことですけど、デビュー曲のリリイベは1回は行こうって思ってました。情報はチェックしてて楽しみにしてたんです。握手会で宮田さんと話して、同じ学校って言ったらどんなリアクションするかなとか、それがきっかけで友達になれるかなとか。
アイドルと友達とか憧れるじゃないですか。すっごいチャンスだと思って。それがこういうことになっちゃって・・・。別にアイドルと友だちになれなかったのが残念っていってるんじゃないですよ。こういうことになって本当にショックで」
吉川は不意に顔を上げ、天井の四隅を見た。監視カメラを意識したようだが、そこにカメラはなかった。
「知ってると思いますけど、今ネットに、宮田さんはいじめで自殺したって書かれてます。確定って感じで。
それで今日来たのはですね、宮田さんが亡くなった日、帰りに見掛けたんです、宮田さんを。学校の最寄りの××駅のトイレです。放課後だから3時ちょっと前ぐらいですね。彼女も電車通学みたいで、よく駅とか電車とかで見かけました。オタクから声をかけられてるのとかは見たことないですけど。まだデビューしてませんからねって今はそんなことどうでもいいですけど。
それでその日、その時、わたしがその駅のトイレに入ろうとしたら、宮田朱里がいるって気づいて足が止まりました。
彼女、鏡に向かってコンタクトレンズを着けていたんです。ワンデーの、使い捨ての。容器が鏡の前に置いてありましたから。わたしもワンデーなんでわかるんですけど。彼女、学校では眼鏡かけてるんです。カモフラージュとかじゃなくて、単純に目が悪いんだと思います。こういう丸いヤツ」
両手で作ったOKサインを覗き込んだ。
「後からネットで知ったんですけど、あの日眼鏡を割られちゃったみたいですね・・・でもその時はそんなこと知らなくて。これから仕事かな、コンタクト入れるとアイドルスイッチ入るのかなって。
それで、こっからが重要なんですけど、彼女コンタクトいれたら、鏡に向かってニコって笑ったんです。満面のアイドルスマイルが鏡に映って。スポットライトを当てたみたいにパッと華やいで、テレビの画面に見えたぐらい。それから、わたしに気づいてそのまま笑顔を向けたんです」
吉川は一つ息を吸ってから続けた。
「めっちゃ可愛かったです。普段は眼鏡掛けてて地味な感じなのに、やっぱ可愛いって思いましたね。マジ可愛かった。これがアイドルスマイルかって感じで。ホームページの写真とか可愛いけど修正されてると思ってたら実物の方が全然可愛くて。さすがって感じで。女のわたしでもドキッとしましたから男はイチコロだなって。
わたしに気づくと恥ずかしそうに俯いて、コンタクトの容器を片付けてトイレを出ていきました。
警察も分かってると思いますけど、ネットで言われてる顔の傷なんてありませんでした。腫れてたとも思わなかったし。わたしに気づいたときはちょっと赤くなった気もするけど。
でも全然自殺しそうな感じじゃなかった。
いじめは、クラスが違うんではっきりとは言えないんですけど、あったみたいです。噂になったりとか、学年で問題になったりとかそんな大事にはなってませんでしたけど。私は結構気にしてみていたんで、そういえば最近元気ないかなって。で同じクラスの子に話し聞いたらやっぱりあったらしいです。結構やられてたみたいです。
アイドルって、昔いじめられてたって子意外といるんです。アイドルになるぐらい可愛かったら嫉妬されるし、ウチみたいに女子校だと男子の目がないから容赦しないし。彼女もいじめが始まったのはアイドルになったころみたいだし、やっぱり嫉妬されたのかなって。わたしが気付いてなかっただけかもしれないけど。
アイドルとしては本当にこれからだったんでもったいないです。マジ可愛かったんで。でも本当にいじめが原因で自殺したのかなって。デビュー直前に自殺なんてしないですよ。CDデビューってアイドルにとって憧れだし目標だし、誕生日みたいなものですから。プロの仲間入りって感じで、大きなステップで。芸能人になったって実感すると思うし。わたしだってもうちょっと可愛かったらアイドルになりたいですもん。もうちょっとじゃ足りないかもしれないけど」
そういって吉川は窓を見た。外の景色ではなくガラスに映る自分を見たようだった。
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