第16話 晴海学園高校3年 川本百合花の証言

 4時をまわったばかりだというのに、11月の日は暮れかかっていた。『小川町警察署』と金色に装飾された掲示に夕日が反射している玄関に、また一人宮田朱里と同じ年頃の少女が足を踏み入れた。モスグリーンのブレザーは、これまでにここを訪れた誰の制服とも違っていた。川本百合花かわもとゆりかと名乗ったのは、献花台の前で藤田明美ふじたあけみ飯田美穂いいだみほに頼まれて写真を撮った少女だった。


 川本は進学校として知られる晴海学園高校の3年生だった。校則が厳しいことでも知られ、そのせいか制服から髪、鞄に至るまでアクセサリーの類は見られない。卒業が迫っているのにモスグリーンのブレザーはおろしたてのように瑞々しく、足元は白の短い靴下とくたびれた様子のないローファーで、育ちの良さを感じさせた。川本は語った。


「宮田朱里さんとはボランティア仲間でした。私は小学校の教師をしている母の勧めで中学生の頃にボランティアを始めました。特定の団体に所属していたわけではなく、その都度インターネットで探して参加していました。中学生ですし、毎日開かれているものでもないので2、3か月に1度とか、もっと間が空くこともありました。熱心だったわけではなく、あくまでも都合のつく時にという感覚でした。

 宮田さんとお会いするようになったのはお互い高校生になってからです。受験も終わり、時間に余裕ができたので、しばらく遠ざかっていたボランティア活動を再開して、そこで宮田さんと出会いました。その時は恵まれない国の子供たちの支援のために開かれたチャリティーバザーの、会場のクリーンスタッフでした。ゴミ拾いや会場案内です。

 ボランティアと一口にいっても主催団体はいくつもあって、活動内容も参加者も様々なんですが、意外と主婦の方とか年配の方が多くて。時間に余裕がないとできないことなので。あとは大学のサークルの方とかですね。高校生もいるにはいるんですが、学校の課題のためだったりして長く続ける方は限られていて、それで同年代の子と一緒になると嬉しくて、積極的に話しかけるようにしていました。

 ですが宮田さんは内気な方のようで、その時は話しかけても会話は少なくて。宮田さんもすぐに辞めてしまうと思いました。ですがその時の主催団体から次のボランティアのお誘いのメールが来て、参加したらまた宮田さんと一緒になって、それで少し打ち解けました。

 帰りの電車で一緒になって、始めた経緯などを話したんですが、ボランティアをされている友人に勧められたと仰っていました。以前から自分を変えたいと思っていたそうです。人見知りを克服したい、自分でも誰かの役に立てるかも知れない、それで始めてみたそうです。その友だちの名前ですか?そこまでは聞いていません。

 ただお互い高校生ですから頻繁に参加したわけではなく、まれに一緒になって空いた時間に会話する程度でした。宮田さんは子供好きなようで、子供と接するボランティアにも参加されていたそうです。障害のある子供たちと一緒に遊んだり、施設にいる子供たちと交流したり。そのせいか最初より明るくなったように感じました」


 そこで川本は間をとった。声の途絶えた小川町警察署の相談室に、音が聴こえそうなぐらいに喉を動かして唾液を飲み込んだ。


「それからしばらくして、柳さんともご一緒するようになりました。宮田さんと同じ泉川女子高校の柳美月さんです。柳さんもボランティアに参加されるようになったんです。高校1年生の終わり頃だったと思います。

 二人はたまたまボランティアで一緒になったそうで、それまで面識はなかったらしく、同じ学校だと分かって驚いたそうです。ですが気が合ったようで、すぐに連絡先を交換して、一緒にボランティアに参加するようになったと。現場で会う二人はとても仲良くて、3年生で同じクラスになって喜んでいました。

 それなのに、インターネットに、柳さんが宮田さんをいじめて、ああいうことになったって書かれているのを見かけて・・・」


 川本は唇をぐっと噛みしめた。口をつぐんでいる間、呼吸するのと鼻水をすするので小鼻がひくひく動いていた。一つ息を吐いて続けた。


「最後に二人揃っているのを見掛けたのは、半年ぐらい前です。その時は特に変わった様子はありませんでした。もちろん今にして思えばですけど、とりたてて違和感などは持ちませんでした。

 その日の作業は、中高生にボランティアの参加を呼び掛ける資料の封入作業でした。会議室のようなところで、テーブルの上での作業だったのですが、カードの束を輪ゴムで止める際、宮田さんの手元が狂って、跳ねた輪ゴムが柳さんの顔に当たってしまったんです。それで、狙ったでしょ?わざとじゃないって笑いあっていたのを覚えています。黙々と作業していた場が和んだのでよく覚えています。

 その日が、私が柳さんを見た最後です。それから少しして宮田さんとだけ一緒になりました。お一人でしたので、今日は柳さんは?と尋ねたら、分からないって。それとその日、宮田さんは当分来られないとおっしゃっていました。大学受験?と聞いたらそんな感じと。私も受験勉強のためにそろそろ控えようと思っていたところでした。終わったらまたご一緒できると思っていたんですが・・・。アイドルになられたというのも知りませんでした。

 柳さんが宮田さんをいじめていたのは本当なんですか?私が目にしていた姿からは想像つきません。隠していたとか、ぎくしゃくしていたとかではなく、本当に仲が良さそうでした」


 持ち込みは禁止されていないので、と言って川本は鞄の中からスマートフォンを取り出した。ポケットではなく鞄にしまっていたのは、普段からなのか、警察署だからそうしたのか。いずれにせよ、川本の生真面目さが窺えた。開いて見せた画像には川本、柳、宮田の3人が写っていた。宮田と柳は頭をくっつけてピースを作り、笑顔を見せていた。わずか半年前の写真だった。



 インターネット上は柳美月に対する誹謗中傷で溢れていた。悪意に満ちた書き込みには背びれ尾ひれに足ひれまで着いたが、ネット住人はそれを承知の上で溺れていた。


[柳が宮田さんを殴った。割れた眼鏡で顔が切れた。傷が残るかもしれないショックでアイドル人生を悲観して自殺した。でOK?]

[デビュー決まってて高校も卒業なのに自殺するかって感じだけどそれなら辻褄合うな]

[アイドルが顔に傷つけられるって可哀想すぎる]

[死にたくもなるわな]

[いじめじゃ足りない。完全な傷害事件]

[もはや傷害致死だろ]

[柳が殴らなかったら死んでないんだから殺人じゃね?]

[刑事だけじゃなく民事で訴えたら相当な金とれるだろ]

[事務所も大損害こうむったんだから訴えればいいのに]

[泉女も超イメージダウン。絶対受験生減るよな。泉女も訴えた方がいい]

[就職不利になるだろ。在校生も訴えていい]

[まきぞえくらったベルべッツも訴えろ]

[好き勝手叩いてたのお前らだろ。お前らが訴えられろよ]

[それも含めて全部柳の責任]

[悪いのは柳一人でーすw]

[こんだけ世論が盛り上がってるんだから警察もスルーできないよな。もうすぐ逮捕されるだろ]

[警察って世論とか関係あんの?]

[さすがにこんだけ騒ぎになったら無視できねーだろ]

[大学どころじゃなくなったな]

[柳美月刑務所行き大決定]

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